第65話:カインさん、会議に参加します。
アランたちと別れて一時間ほどが経過した。
今頃あいつらはオルデガノスの観光でもしているだろうか? いや、ギルドに行ってクエストでも受けているかもしれない。
俺は今デルグレッソと共に会議の場に来ている。やはり相当な問題であるのか、王城の中の会議室と称されたその小部屋の円卓にはバルトロギア屈指の重鎮たちが一堂に会している。
ただ、気になったのは円卓に座っているのがほとんどバルトロギアの人間だけであるということだ。
俺はユマ王国のギルド一位ランカーとして、デルグレッソは俺の古くからの友人で、ライクリシア王国のエルフだからという理由で呼ばれているが、あまりにも他の国の人が少ない。和ノ国の人間などいても良さそうだが。
「カイン。よく来てくれた」
俺に話しかけてきたのは『緋竜』こと、バルトロギア王国のギルドトップランカーの獣人、ヴィットリオだ。
ヴィットリオは獣人には珍しい竜と人間の要素を同時に確立しており、ほとんど人間だが肩から腕にかけて鱗があったり、額には二本のツノ、肌は真っ赤な男だ。
髪は短いセンター分けの銀髪、黒い服を着ている。
年は確か俺とはあまり離れておらず、その戦いぶりと見た目から「緋竜」と呼ばれ親しまれている。
「ヴィットリオか。久しぶりだな」
「デルグレッソも来てくれたか。心強いな」
ふたりは握手を交わした。もともと俺たちは親しい仲なのだ。
「デルグレッソ。やけに人が少ないのは何故なんだ? あまりにも少なすぎる気がするが」
「……いや、エンシェントドラゴンはバルトロギア王国と有志のメンバーで討伐することになった」
聞いて驚いた。バルトロギアの人間だけで? いや、あまりにも少なすぎる。
「それについては会議で説明させていただきます。カイン様。デルグレッソ様」
いつのまにかひとり俺たちの横に少女が立っていた。
青色の髪に猫耳の、少女というよりは幼女といった子だ。だがここに来ているということは相当な手練れだろう。
「紹介が遅れたな。俺の弟子のビビだ。こう見えてそこそこ筋はいいんだぜ」
「お褒めにあずかり光栄です」
どうやらビビというこの子はヴィットリオの弟子であるらしい。たしかに身なり、礼儀作法共に少女のものとは思えない。
「それでは会議を始めますので席にお座りください」
ビビに言われるまま俺たちは席に着いた。
*
「では只今より会議を始めます。進行は私、ビビ・カトミラーズが執り行います」
「皆様はご存知かと思われますが、近々エンシェントドラゴンが目を覚まします。これは実に八百二十六年ぶりとなります」
記録では千年周期で目を覚ますとされるエンシェントドラゴン。やはりあまりにも早い目覚めだ。
「そこで、バルトロギア王国内で先日より討伐隊の募集を行っています」
気になるのはそこだ。何故他の国から人を集めない。前回の討伐の時はセネギア大陸の全員で討伐を行ったはずだ。
「先ほどカイン様からご質問がありました、『何故他の国で募集しないのか』という点にお答えします。先の大戦……二百年前の『セネギア大陸戦争』にて三国の関係が悪化したからです」
「……関係悪化?」
「はい。大戦ではバルトロギア王国が勝利し、三国の不可侵が条約で決められましたが、エルフたちによる人間へのヘイトは目に余るものがあります。また、人間には獣人をヘイトするものもいます」
「……二百年前の戦いのことでか」
「はい。当事者はほとんどいないものの差別の意識は人々の心に根ざしています」
「……わかった」
冷静になれ。今俺が熱くなったところで何か解決する分けじゃない。しかし正直に言えばどうして未だにそんなことをしているのかという気持ちはある。今困難が向かってきているというのに。
「そこで、募集要項はレベル20以上であること、武器は持参できることという二点を取り入れました」
「レベルはかなり高めに設定されているのだな」
デルグレッソが挙手して聞く。
「はい。一国では戦える人数が少ない以上、レベルの低いものを部隊に入れては死傷者が増えるのみという判断です」
無駄な犠牲を増やすわけにはいかない……か。
とてもじゃないがそんなことで勝てる相手ではないと肌で感じる。ここで食い止めなければセネギア大陸全体が危険になるというのに何を呑気なことを言っているんだ。
しかし現実問題、このままでは同盟を組むことは出来ない。
「エンシェントドラゴンはここ二週間あたりに目を覚ます予想となっております。それまでに準備を行います」
「ちょっと待ってくれ、いつ目を覚ますのかわからないのか?」
俺は思わず挙手して発言する。
「はい。和ノ国の高い技術をもってすれば詳細な日数がわかりますが、我が国の技術ではこのレベルの観測が限界です」
やはり他の国と協力しなければエンシェントドラゴンの討伐なんて無理だ。と改めて思う。
エンシェントドラゴンを倒すために協力することは三つの国で完全に利害が一致している。それなのに人々の根底にある、二百年も前のことがそれを出来なくしている。
会議が終わった後も俺はしばらくぼうっとしていた。俺は強い気でいただけなのかもしれない。
たしかにここまで様々な修羅場をくぐり抜けてきた。しかし俺は強いだけでこんな基本的なことの前では無力なんだと知った。
「くそっ……!」
思わず声が出た。
「カイン。気負うな。お前がそんなでどうする」
肩をポンと叩かれる。デルグレッソだった。
「……悪い」
「お前は昔から溜め込むタイプだからな。なに、決まったことは仕方ない。俺たちはやれることをやるのみだ」
ヴィットリオも言う。
「……ああ」
俺は思い出していた。あの日のことを。




