第64話:元村人A、ニンジンを狩ります。
「そろそろ目的地のはずだ」
ギルドでニンジンのクエストを受けることにした俺たちはすぐに外に出て目的地へと向かった。相手は弱いニンジンであるため特に準備はいらなかったからだ。
「ねえ見て! あれじゃない!?」
先ほどまで少し坂道を上り続けていたのだが、一番上までくるとそこからは下りになっており、一面が畑になっているのが見える。
そしてその畑には何やら小さいものがすごいスピードで駆け回っているのが見える。
「間違いない。確実にあれだ」
それから少し畑の上の方を見ると何体か空を飛んでいる個体も見えた。あれが高レベルなニンジンか。
どちらも時速百キロくらい出てるんじゃないだろうか。とにかく素早い。
畑の近くまで下りると、農家のおじさんが立っていた。首から上は羊である。
「君たちは冒険者かい?」
「ああ。このエクスペリエンスキャロット討伐で来たんだ」
「そうか、まあ頑張りなされ」
羊のおじさんは何故か申し訳なさそうな顔で言った。
「それにしてもこんな美味しいクエストに誰も来ないなんて不思議ですね」
ニーナが言って気がつく。たしかにこんなにレベル上げ効率がいいクエストなのに周りには冒険者はひとりもいない。
「いないんじゃない。君たちでざっと50人目だよ」
「え?」
「皆諦めて帰っていったんだよ」
羊のおじさんからとんでもない事実が打ち明けられる。50人目? このニンジンに?
「まあやってみればわかるさ」
おじさんは屋外に設置されたパラソル付きの椅子に座り、読書を始めた。
「アラン! とりあえずやってみましょう!」
リリーは剣を抜き、意気揚々と走り出した。
そこからが地獄だった。
俺たちは一時間、畑の中で走り、剣を振り、戦い続けてきた。
しかし一匹としてニンジンを倒すことは出来なかった。
「作戦会議ー!」
俺たちは急遽集まって作戦を練ることにした。おちょくっているのか頭にコツンコツンと空を飛ぶエクスペリエンスキャロットがぶつかってきて痛い。
「セシアが炎魔法ぶっ放せばいいんじゃないかな?」
「ご主人ダメです! 畑が焦土と化してしまいます!」
ニーナの厳しいチェックが入り、却下となった。もう人が走り回っちゃったんだからいっそ焦土にしてしまったほうが健康的だと思ったのだが。
「皆で一匹を狙えばいいんじゃないかしら!?」
「それだと動きが制限されて逃げられちゃうだろ」
「あーもう! アランの便利スキルでなんとかしなさいよ!」
リリーが匙を投げた。とうとう俺のスキルは漫才スキル、無能スキルという紆余曲折を経て便利スキルになってしまったらしい。もっともだいぶマシな評価ではあるが。
「一応見てみるか……。『シャッフルでカードが傷つかないスキル』、『帽子からハトが出るスキル』、『紙の束を扱う時に一枚ずつ分けられるスキル』」
「……知ってたけどロクなスキルがないわね」
リリーに事実を言われて俺は完全に肩を落とした。真っ黒なオーラが体から出る。
「ご、ご主人! 戦闘向きじゃないってだけですよ!」
ニーナ。嬉しいけどフォローになってない。戦闘向きじゃないスキルは覚える意味ないから。
その時、ひとつのスキルに目がいった。
「これならもしかしたら……!」
「何!? いいのがあったの!?」
「ああ。リリーのさっきの作戦だ。皆で叩くぞ」
スキルを習得し、俺たちは再び畑に赴いた。
「行くぞ!」
「「ラジャ!!」」
一匹のニンジンに焦点を当てて皆に合図する。このスキルならなんとかなるかもしれない。
「『スタンブル』!!」
俺がスキルを発動すると、ちょこまかと走り回っていた、先ほど焦点を当てた一匹が転び、地べたに倒れる。
「今よ!」
リリーが走りだし、剣を振り、ニンジンを包丁できるかのように真っ二つにした。
「ナイス!」
「リリ姉流石です!」
「へへーん!」
リリーが得意そうな顔をする。いや転ばせたのは俺だけどね?
新しく習得したスキル『スタンブル』は対象を転ばせるスキルである。戦闘において一瞬隙を作り出すにはいいかもしれない。
「き、君たち! エクスペリエンスキャロットを倒したのかい!?」
「ああ。見ての通り」
俺はリリーに真っ二つにされたニンジンを拾い上げておじさんにみせた。
「信じられない! あれだけの戦闘スキルを持った冒険者が触れることすらできなかったのに!」
……まあ非戦闘スキルなので。
「キーーーー!!」
喜んでいいのか悲しんでいいのか考えていると、何か動物の鳴き声ような高い声が聞こえる。
「あれはマーダーエイプだ! ニンジンを狙って森から降りてきたのか!」
おじさんが叫ぶ。マーダーエイプってさっき俺が選んだクエストのモンスターじゃん。
「君たち助けてくれ! 報酬は払う!」
「ああ。もちろんだぜ。セシア! 今日はニンジンでキンピラだぜ!」
「……じゅるり」
セシアが涎を垂らし、うっとりとした表情をする。
「……『バーン』」
セシアの炎魔法によって火の玉が生成されてこちらに向かってくるマーダーエイプ一体の胴体を捉え、炎が弾け後方へ吹っ飛ばす。
「……前のゴブリンの時より威力上がってない?」
「私も行くわよ! ニーナとアランは後方支援よろしく!」
セシアの成長ぶりに唖然としている俺をよそにリリーが前進していく。マーダーエイプは大群とはいえ俺たちは何もしなくてもあのふたりなら余裕だろう。
「ご主人! アレ見てください!」
ニーナがマーダーエイプとは全く違う方向を指差す。目を大きく開いて、驚いているのがわかる。
「なんだよ……ってええ!?」
ニーナが指を指していたのは空から飛んできたユニコーンだった。
ユニコーンはニーナの元に降り立ち、顔をニーナに擦り付ける。白くフサフサとした毛は毛並みが良く整えられており、気高い。
「や、やめてくださいよ〜! もう。えへへ」
なぜか既にニーナに懐いているようだ。なんだこの馬は。犯罪の匂いがするぞ。
……それにしても選んだクエストのマーダーエイプ、ユニコーン、エクスペリエンスキャロットの全てに出くわすとは。ついているのかいないのか。
「おーい! ふたりともー! 終わったわよ! ……って何その馬!?」
前線からリリーとセシアが戻ってくる。リリーは突然の事態に完全に驚いている。
「皆さま助かりました! いやはやあのマーダーエイプまで倒してしまうとは……って、それはユニコーン!?」
羊のおじさんが驚いて腰を抜かす。なんだこのわかりやすい驚き方は。
「……俺もう疲れた」
これが俺の本音である。
おまけ
ニーナ「この子の名前は馬場さんにします!」
アラン「……正気か?」




