第62話:元村人A、レクチャーします。
ギルドに到着するのにはそれほど時間がかからなかった。
ラクシュよりもやや低い軒並みの一階建ての家が続き、様々な種類の獣人たちが和気藹々と生活をしている。
気になったのは、彼らの服装だ。男は民間人でも鎧をモチーフにしたような服を着ており、女は逆に軽装であるワンピースのような服を着ている。
ここは他の地域よりやや暑いのでどちらの服も通気性はよさそうだ。着ている理由としてはそういった気候的な理由か、はたまたファッションか。
ギルドはラクシュのものと大きさはほとんど変わらず、三回建てでかなり大きいものだった。
違いとしては、石造りのレンガであるのでラクシュは全体的に赤茶色という感じだがここは白や灰色と表現した方がいいということと、出入りしているのが獣人であるということだ。
扉を開けて建物に入ると、眼前に広がっていたのは酒を飲む獣人たちの姿だった。
まさに豪傑と言わんばかりのその姿は荒々しく、楽しそうに酒を飲んでいるだけなのに漢らしさを感じざるを得ない。
部屋は広さは見た感じ百メートル×百メートルといった感じで、手前には広めに飲食のスペースである酒場が、奥には受付やクエストの掲示板があるようだ。要領はラクシュのギルドと同じだ。
「酒くさいわね……ふたりとも大丈夫?」
「はい、ちょっときついですけど……」
「大丈夫」
ニーナもセシアも頼もしいな。たしかにこの空間は酒の匂いが充満していていて呼吸をするのが辛い。
「私はちょっと……」
「なんでお前の方がダメなんだよ」
皆に気を配っていたので大丈夫かと思っていたがリリーの顔は真っ青になっていた。
「おい兄ちゃん! ちょっとこっちこいよ!」
強面のイノシシの獣人のおじさんがこちらを手招きしている。周りにも何人か仲間と思われるイノシシ男がいて、どうやらだいぶ酔っているらしく危険な雰囲気だ。
「リリー? 呼ばれてるみたいだぞ?」
「百パーセントあなたのこと呼んでるわよ。生贄にしようとしてるでしょ」
「頼むよ! お前のが実際力強いだろ! 勇者様!」
「都合がいい時だけ勇者って言うな。ご指名なんだから行って来なさい」
俺とリリーが揉めていると肩をギュッと掴まれた。
「悪いようにはしねえよ、ちょっと来てくれ」
「いやあああああああああああああ!!」
俺はズルズルとイノシシの男に引きずられていった。
「兄ちゃんよぉ、冒険者か?」
イノシシの男はニヤニヤしながら聞く。周りのイノシシ男たちも人相が良くない。ヘラヘラ笑いながらこちらを見ている。
「ははははははははははははい」
俺は恐怖からもはや声が震えるとかそういうレベルで無くなっている。
「そんなに緊張するなって、聞きたいことがあるだけなんだよへへへ」
「なななななななななななんでしょうか?」
俺が返事をするとイノシシの男は声のトーンを落としていった。
「誰にも言わないって約束できるか?」
終わった。これやばいやつだ。
怪しい取引の話とか聞かされてブローカーにされてしくじったら始末されるやつだ。
「フラドミア火山に沈めろ!」
ってなるやつだ。こんな所で惨めに生涯を終えるなんて……。
「兄ちゃん?」
「はははははははい! わわわわかりました!!」
とうとう返事をしてしまった。もう後には引き返せない。思い返せば色々なことがあったな。俺の脳裏に走馬灯が走る。
生まれる。
村人Aになる。
リリーに殴られる。
手品師になる。
リリーに殴られる。
死ぬ。
「いやまだ死にたくねえええええええ!!!」
一瞬ショック死に入りかけていたが気力で復活して俺は叫んだ。
俺の人生こんな感じだったか? いやこんな感じだった。何も成してないじゃないか! 俺は死なないぞ。ここでなんとか逃げ切って魔王を……
「兄ちゃんどうしたよ? 死ぬってなんだ?」
「え?」
イノシシの男が不思議そうな顔で聞く。俺もその顔を見て不思議な顔をしている。
「俺はただ兄ちゃんに恋愛相談をしようとしただけだぞ?」
「え? 恋愛?」
「しっ! 声がでけえよ!」
なんなんだこいつ。恋愛相談? え? そんな強面の表情してるのに? は?
「あそこでお酒を運んでる子いるだろ? 実はよ〜俺あの子が……その、気になっててよ〜」
「……ガチで恋愛相談じゃん」
「話したことはないんだけど告白すれば気持ちは伝わるんじゃねえかなと思うからプロポーズしようと思うんだけどよ、どういう言葉にすればいいかなって思ってよ〜」
「まてまてまてまてまて」
話したことはないけど告白? しかもプロポーズとか今口走ってたぞ。
「やっぱり花束が一番だろ!」
「いやいや、まずはディナーに誘ってだな……」
「バカ、男はやっぱり気持ちよ!」
あ、こいつら全員バカだ。
「で、兄ちゃんの意見を聞かせてくれよ。どれがいいと思う?」
これは正直に言おう。
「まず話したことないのに成就するわけないだろ」
俺がそう言うとイノシシの男たちは頭に雷を受けたように衝撃で動きを止めた。
「いやいや兄ちゃんよぉ、男はやっぱり気持ちをストレートに伝えるべきじゃねえか?」
「それはお互いに好意がある上でのストレートならいいんだよ。でもお前ら見ず知らずなんだろ? 最悪ストーカーだぞ」
「「「「ストーカー……」」」」
男たちはぽっかりと口を開けた。ここそんなに驚くようなところじゃないだろ。
「じゃ、じゃあよぉ!? 俺はどうすればいいんだ!?」
「簡単だろ。話して少しずつ距離を縮めればいい」
「で、でも恥ずかしくて話せねぇんだ!」
「今話せないのに結婚した後話せるようになるか?」
「うっ……」
イノシシ男はまるで驚愕の事実に直面したような顔で俯く。ここそんなにすごい場面じゃねえから。
「大丈夫だ、少しずつ練習すればいい。最初は相手を男だと思って話すといいって聞くぞ」
「ありがとよ……兄ちゃん……」
イノシシ男は涙ぐみ、嗚咽を漏らしそうになりながら話す。
「兄ちゃんじゃない。俺はアランだ。」
「……ローズ・アルバロッサ。ありがとよ、アラン」
こうしてイノシシ男改めローズと知り合うことになった。
「よし! さっそく遊びに誘ってくるぜ!」
ローズは立ち上がり文字通り猪突猛進の勢いで意中の女の子の元へ走り出そうとする。
「待て! 早まるな! まず名前から聞いてこい!!」
俺は全力で腕を引っ張る。まだまだ先は長そうだ。
おまけ
ニーナ「何話してたんですか?」
アラン「それは男同士の約束だ。言えねえ」
リリー「くだらないこと話してたのはわかったわ」
セシア(お腹すいた……)




