第61話:元村人A、断られます。
一夜明けてまた馬車に乗り数時間後、バルトロギア王国に近づいてきた。
鬱蒼とした森を抜けると、だんだんと草原が多くなった。地形もだんだんと山がちになり、バルトロギアの風土はこんな感じなのかと認識した。
「見ろ! あれがフラドミア火山だぞ!」
カインが指をさした方向には今まで見たこともないような大きな山が見える。
山は一見すると他と大差ない木々が生えた普通の山だ。しかしその圧倒的なスケールと、頂点からもくもくとあがる白い煙は他とは違う存在感を放っていた。
「標高約七千メートル。八百年前に噴火した時はセネギア大陸のほとんどが火山灰に覆われて一週間ほど人々は太陽を見ることができなかったという」
「……すげーなおい」
雄大で、どしんと構えているが内側には暴力的な面も含んでいる。心の底から自然に畏怖した。そして何よりエンシェントドラゴンが眠っている。
「そして、あれが首都のオルデガノスだ」
馬車の進行方向を見ると、眼前には山にも近いような大きな丘があり、民家が層になるように建てられ何軒も並んでいる。
「……あんな丘に住んでて移動とか大変じゃないのか?」
「人々が集まる地域はあの丘の先にある。そこは平地になっていて、祭事、政治、市場などの生活の場になっている」
なるほど、人々の生活と交流の場所が別々なんだな。この地形ならではの文化といえる。
降り場に到着したのはそれから数十分後のことだった。
*
「とうちゃーく!」
リリーが馬車から降りて大きく伸びをする。
「ここがオルデガノス……」
昨日までいたライクリシア王国とは全く違う風景だ。まず周りは丘に囲まれているので、たくさんの家々が街から一望できる。
周り一帯が丘で囲まれている平地であるここは例えるならばドーナツの穴部分に当たる場所だ。穴の部分、といってもかなりスケールが大きく、普通の都市と言っても差し支えないほどの広さだ。
街は基本的な石レンガ造りで、古い建物には苔が蒸していて、ビルのような建物も何軒か見える。
「じゃあ俺とデルグレッソは会議に参加してくるから。お前たちは船着場に行くだろ?」
「ああ。ここで一旦お別れだな」
俺とカインは握手をして別れた。
*
降り場から船着場までは大して時間がかからなかった。歩いて10分、ゴツゴツとした岩場に豪快に波が立つ。
海面は太陽の光を浴びてキラキラと光り、磯の匂いが鼻腔をくすぐる。
「いらっしゃい」
声がした方を向くと、犬の顔をしたおじさんがプレハブのような建物から声をかけてきていた。
犬種は……ドーベルマンといったところか。本当におじさんといった感じで、表情は朗らかだ。
「こんにちは。船をお探しかな?」
「ああ。死界島に行きたい」
「……死界島。というと皆さんは勇者様か?」
「ああ! 俺が勇者だ」
「嘘つくんじゃない!」
俺が嘘をつくとリリーがすかさずゲンコツを入れる。おじさんは訳がわからず困惑している。
「ハハハ。愉快だね。しかし、死界島への船はしばらく出ないんだ」
「「「え!? なんで!?」」」
俺たちは声を揃えて驚く。ここに来れば死界島に行けると聞いていたからだ。
「実は昨日国の役人さんがいらっしゃっての。安全のために船の運行はストップしてほしいとのことじゃ」
「……一応なんでか聞いていいか」
「ああ。エンシェントドラゴンだよ」
出たよ。エンシェントドラゴン。
どうやらカインの予感は的中していたらしい。エンシェントドラゴンは復活する。しかも恐らく近々だ。
「えー! じゃあどうすればいいの!?」
「そうじゃなあ、エンシェントドラゴンを討伐して一週間くらい待ってもらわないと運行再開は難しいんじゃないかな」
「噴火で影響が出たら、もしくはもっと、って感じか」
「その通り。まだ私にもなんとも言えんのだ」
これは困ったな。足が確保できなければ魔王退治なんて夢のまた夢だ。エンシェントドラゴンをうまく討伐しなければ旅が断念する可能性だってある。
「アラン、どうする?」
「とりあえず待つしかないだろ。カインたちの会議の結果を聞いたら討伐に向けて特訓しないといけないしな」
「私たちも加わるんですか!?」
「……ビビってるのか」
ニーナはエンシェントドラゴンの話を聞いて実際にどんなのを想像したのだろうか。多分心配性で真面目なニーナ的にはこの大陸を覆うほどのドラゴンとサシで戦っている想像でもしているのだろう。
「心配することないわよ! みんなだっているし!」
リリーの頭の中のエンシェントドラゴンはトカゲかなにかなのだろう。こいつは楽観視しそうだしな。
「……失礼だけど、君たちのレベルはいくつなんだい?」
「俺たち? 平均で六とかその辺じゃないかな?」
「はて? 討伐隊への参加の最低レベルは20じゃなかったかな?」
「え?」
「あれ? 違かったかな?」
おじさんの一言で俺たちは凍りつき、おじさんは不思議そうな顔をする。
そんな情報は初めてだ。だとしたら俺たちはただ指を咥えてエンシェントドラゴンを見ていなければいけなくなってしまう。
「お前たち集合!」
俺は手叩きをしてパーティーの三人を集めて円陣を組む。
「どうする? 問題外らしいぞ俺たち」
「いっそエンシェントドラゴン討伐はスルーで観光モードに切り替えるっていうのはどうかしら?」
「却下」
リリーの意見を一蹴する。それやったら船が出なくなるかもしれないだろ。
どうすればいい、と考えたとき、妙案が浮かぶ。
「おじさん、この近くにギルドはあったりしないのか!?」
「ギルドか、確か少し歩いたところにあったらずだよ」
そうだ。俺たちは腐っても冒険者なんだ。ギルドで依頼をこなしながら生活をしていけば自ずとレベルも上がってお金も貰えるのだ。
「ありがとう、おじさん。また来るよ」
「ああ。健闘を祈る」
おじさんたちと別れて俺たちは歩き出した。
「で、これからどうするの?」
リリーが聞く。
「話聞いてたか? ギルドで依頼を受けて金を稼ぐんだよ」
「ちょっと気になったんですけど、エンシェントドラゴンの復活までどれくらい期間が空いてるんですかね?」
ニーナがポツリと言った。それは重要なことだ。俺たちがレベル上げをできるタイムリミット、と言ってもいいかもしれない。
「多分そろそろなのよ。だって船を止めるって損失大きいでしょ?」
「リリ姉なるほどー!」
リリーの回答にニーナが拍手する。リリーはえっへんとばかりに胸を張りドヤ顔だ。
……その自信が続いていればいいのだが。