第60話:元村人A、国境を跨ぎます。
「アランさん! また帰ってきてくださいね!」
「ああ。なんかのタイミングで寄るかもな」
俺たちは店から出る。ガラガラと扉を閉めてまたこの大陸の光を浴びる。
「あんたなんであんなにヒートアップしてたのよ」
「いやー、なんか目線合わせてくるからつい?」
リリーにジト目で追求されて少し恥ずかしくなる。ちゃんと言い返すからついつい。
「そろそろいい時間ですしカインさんとの集合場所に行った方がいいですね」
いつのまにかニーナがタイムキーパーになっている。しっかりした子だ……と俺はしみじみした。
「……ご主人。なんですかその目は」
「いや、なんでもないです」
……変な目してたか? 親が子を見るような目だったと思うのだが。
「おーい! ボウズー!」
集合場所に足を進めようとするとまたあの耳障りなデカイ声がする。振り返るとアーノルドが走って追いかけてきていた。
「ボウズ。言い忘れたことがあった」
「……なんだよ?」
「この大陸には三つの国がある。どれも密接に関わっていて、複雑な歴史背景を持っている。せいぜい気をつけろ」
アーノルドは声のトーンが下がり、忠告とも取れる発言をする。
「……要するに文化の違いでトラブルが起こりうるってことか」
「そうだ。ま、お前らがどうなろうが知ったこっちゃねえがな」
こういう世話焼きなところがエマが悪いやつじゃないと判断した理由なのだろうか。
「あっそ。言われなくてもわかってるっつーの」
「けっ、言いやがる」
「あなたたち実は仲良いわよね?」
俺とアーノルドが話しているのを見てリリーが神妙そうな顔で突っ込んだ。
*
アーノルドと別れてしばらく歩き、カインたちとの集合場所に到着した。
「……来ないわね」
「……来ませんね」
時間が20分ほど経過してもカインたちはまだ来ない。リリーは退屈なのかイライラとした表情で、ニーナはカインの身を案じているのか不安げだ。
「……お前たちセシアを見てみろ」
「ん? ああっ!? こんなに待っているのに表情ひとつ変えてない!?」
セシアはいつもの無表情でボーッと立っている。その姿はまるで地蔵のようだ。リリーはあまりのその平常心に驚く。
「そういうことだ。リリーも寛容な心を持つんだ」
「いやその結論はおかしい」
「遅れた〜」
カインとエルフのデルグレッソが歩いてきた。
「「「遅い!!」」」
皆で指摘するとカインは悪い悪いとヘラヘラ笑い始めた。これは一生治らないな。
ともあれ集合したということで俺たちは馬車に乗り込み、国境を越えて獣人たちの国、バルトロギア王国に向かうことになった。
*
木が無数に生え、左を見ても右を見ても背が高い木が視界を埋め尽くしている中、それらが全く生えていない場所がある。そう、俺たちが今通っている道だ。
轍。この道を見ているとそんな言葉が思い出される。もともとは森の一部だったのだろうこの場所は木が切られて何度も何度も車が通ったことで道となり、今では盛んな道路となったのだろう。
辺りには森以外に特になにもなく、俺たちの他に馬車は一台も見当たらなかった。ただ馬車の車輪がゴロゴロと言う音と、馬の荒々しい呼吸音が耳に響き渡った。
「なるほどそんなことが……」
カインたちに先ほどまでのエマについて事の顛末を話す。カインとデルグレッソは深く頷いた。
「我がライクリシア王国では人間を差別しない、と言うことになっている。表では。しかし昔の差別意識はなかなかなくならないのだ」
デルグレッソが悲しい顔で言う。人々に根付いた意識というのはなかなか消えないものだ、という話を思い出した。
「ねえ、次行くバルトロギア大陸ではそんなこと無いわよね?」
リリーが心配そうに聞く。というのも一番滞在する可能性が高いのはバルトロギア大陸だからだ。何故ならバルトロギア大陸の首都オルデガノスには魔王がいる死界島へ向かう船が出ているからだ。
だからそんな場所でまたさっきのようなことがあれば生活がしづらくて仕方ない。
「いや、二百年前の大戦で戦勝国となった獣人たちは歴史的にも、種族的にも人間を憎むような性質ではない。もっとも一部はいるかもしれないが、むしろ人間の方が獣人を恨んでいるかもしれぬ」
それならほとんど安心しても良いだろう。ひとまずは店から締め出されたりすることはなさそうだ。
*
馬車での移動は一日を跨ぐらしく、明日の昼頃に到着予定なので今日は一泊することになった。
道を通る人たちが止まる宿屋にチェックインし、食事をとり、各々部屋に戻った。
「まさかこんなところでバーベキューとは……」
部屋へと向かう廊下で俺はつぶやいた。自然を満喫しようということで宿屋にある食材でバーベキューをすることになった。肉は美味しかったし、終わった後にキャンプファイヤーをするなど旅先とは思えないほど盛り上がった。
だが昼のことや移動もあり、かなり疲れてしまった。こういう時は部屋に入って……ん?
自室のドアを開けるため鍵をポケットから取り出そうとして気がついた。
「……鍵がない」
会場においてきたかな。俺は疲れているので早歩きで外のキャンプファイヤー会場に戻った。
暗い中、自分の席に置いてあった部屋の鍵を見つけ、拾う。見つかってよかった。
「ん?」
視線を下の席から少し上げると、キャンプファイヤーの骨組みを挟んで向かいの席にセシアが座っていることに気がついた。
「セシア。どうした、食べ過ぎたか?」
気になってセシアに声をかける。
「……いいえ。ちょっと考え事」
「珍しいな。ボーッとしてるだけじゃないのか」
「……失礼」
セシアは少し怒ったのか人にわからないレベルで微かに眉をひそめる。多分普段から接する人じゃないとわからないくらい。
「それにしてもこの前のラクシュの時は助かったよ。凄かったな、あの魔法」
俺はセシアの隣に座った。
「やるべきことをしただけ。それ以上でも以下でもない」
「はは、セシアらしい返答だな」
セシアらしいと言ったが、俺は彼女のことを何も知らない気がする。いい機会だし聞いてみよう。
「なあ、セシアは欲しいものとかないのか?」
「……ない」
無欲だな。
「じゃあ夢は?」
「……ない」
すごい魔法使いだから進路に悩むのはまあわかる。
「好きなものとかは?」
「……ない」
「な、何もないのか……」
驚愕してしまった。セシアは何一つとして自分の意思を持っていない。だからこそ欲しいものも、夢も、好きなものもないのだ。
「でも食べるの好きだよな!?」
「……食べるのは食欲を満たすため」
「そ、そうか」
しかしどうしたものか。普段からミステリアスな彼女だが、ますます何もわからなくなってしまった。
「じゃあセシアはどんな人生を送ってきたんだ?」
「……人生?」
「そう。人として、どういう道を歩んできて、どういうものを見たとか」
それを言った瞬間、セシアの顔が一気に暗くなった気がした。いや、彼女に表情はない。が、雰囲気というか、ある種の空気が一気に変わった気がした。
「……私は人じゃない」
「え?」
それだけ言うとセシアは立ち上がって歩いて行ってしまった。
私は人じゃない。
いやそんなわけがない。セシアはれっきとした人間だ。意思疎通ができて、直立二足歩行をしていて……。
「……どういう意味だよ」
俺はしばらくそこに座っていた。




