第59話:元ウェイトレスA、奢られます。
「あの……。ごめんなさい」
先ほどまで散々な目にあっていたエルフの少女はうるうるとした目で言う。
俺たちは追い出された足でそのまま他のお店に入ろうとしたが、結局入れたのは和ノ国スタイルのボロボロの店だった。
少々ほこりくさい気もするが、逆にそこに味があっていい、ということにしておこう。畳の座敷の席に座り、古くなった木のテーブルを挟んで俺たちは座っていた。
店は一軒家くらいのサイズで、灯りはなく少し暗い。贔屓目に見ても儲かっているとは言えないだろう。
さて、目の前の少女は先ほどから謝ってばかりいる。それも常に泣きそうな目で申し訳なさそうに言うのでどう関わればいいのかわからない。
「謝らなくていいんだよ、俺はアラン」
「私はリリー」
「ニーナです!」
「……セシア」
「私はエマ。エマ・アステラーゼっていいます……」
挨拶を交わすことでようやく名前がわかる。エマは緑色で髪をおさげにしており、服は先ほどのウェイトレス姿から
「なあエマ、俺たちは旅人でこの国についてよく知らないんだ、なんで俺たちが追い出されたのか教えてくれないか?」
「あいよ。蕎麦だ」
俺が聴くと店のエルフのおじさんが注文した蕎麦を人数分持ってきた。
「うう……この国では……ズズ。人間は嫌われていて……ズズ。入れないお店もあるんです……ズズ」
エマは涙をすすりながら説明してくれる。人間が嫌われている? カインは仲よさそうにしてたけどな。
「それで……ズズ。どういうことなの? ……ズズ……うま。」
「ややこしいから蕎麦をすすりながら話すな!」
リリーが蕎麦をすすりながら話す音とエマの泣く声が似てるからごっちゃになっている。とりあえずエマは鼻をかんで、俺たちは蕎麦を食べ終わってから話すことにした。
「落ち着きました。えと、ありがとうございます」
「それはよかった。エマ、なぜ人間はこの国では嫌われてるんだ?」
「はい、二百年前の『セネギア大陸戦争』のせいです……」
「なんだそれ?」
ーーー
セネギア大陸戦争。
エマが言うことをまとめるとこうだった。
今から二百年ほど前にエルフのライクリシア王国と人間の和ノ国が仲が悪かった時にエルフが人間を攻撃したという噂が立ち、開戦した。
今となってはそれは単なる噂話で、事実である証拠は何ひとつとしてないのだが。
結果としてはエルフたちが惨敗。当時軍事に重きを置いていた人間たちは文明があまり進んでいなかったエルフたちを圧倒的な力でねじ伏せた。
ライクリシア王国は和ノ国の属国として扱われ、時には労働力として、時には市場として使われた。
その後、獣人たちのバルトロギア王国との戦いで和ノ国は敗れ、バルトロギア王国の首都で調印された『オルデガノス条約』によって三国の中立が保たれたのだ。
ーーー
「つまりこの和ノ国スタイルのお店は当時属国にされてたなごりで、人間が嫌われてるのも当時のイメージのせいと?」
「はい、そういうことです……」
エマは長い説明で疲れたのか、お茶をぞぞぞと飲み、一息つく。
「ねえエマ? あなたは私たち人間を憎まないの?」
たしかに。さっきから普通に接しているが彼女もまたエルフだ。
「はい。人間がエルフのことを労働力として使ったのは教わりましたが、それは昔の話ですし、属国になって発展したっていう話も聞いたことがあるので」
エマは凄いな。周りがあんなに人間を憎んでいるということは教育も反人間よりになっているはずなのにそれと外れた考えを持っているなんて。俺は素直に感心した。
「あの、エマさんはなんでクビになったんですか?」
ニーナが不思議そうな顔で聞く。
「というと?」
「いえ、私たちを通したのはカウンターの方ですよね? あなたは私の対応をしてただけなのに、『なんで入れたんだ!』って言われてました」
「あー、えへへ。それは仕方ないんです。私はお店では一番結果が出てませんでしたから……」
エマはアハハと笑いながら言うが、表情は少し悲しげだ。
「いや、それにしたっておかしいだろ。結果が出てないのと別件でクビになることの関係性がない。エマ、何か隠してるのか?」
俺が聞くと彼女は驚き肩をビクッと震わせ、観念したとばかりにため息をついた。
「……はい。実は私は平民出身なんです。スタッフやお客様はほとんど貴族出身」
「つまり腹いせってわけか」
「端的に言えばそうです。身分が低くて仕事が出来ない私を辞めさせる機会を狙っていたんでしょう」
種族だけではなく、身分ですら差別がある。俺たちは少しずつこの国の実態がわかってきて身震いした。しかもこれはほんの一部分でしかないのだ。
「エマはこれからどうするんだ?」
「そうですね、新しい仕事を探さないとですね。ここから少し離れたところになりますけど」
「なんでだ? 他の店で働けばいいんじゃ?」
「……あそこが唯一平民身分を雇ってくれる所だったんです。お給料がいいから、母さんが無理して学費を出して少しだけ勉強したんです」
つまり俺たちはエマが必死に勉強して掴んだ働き口をつぶしてしまったというわけか。この国のシステムを憎むとともに、罪悪感が湧いてきた。
「ねえアラン、なんとかならないかしら?」
リリーが言う。だが旅に来たばかりの俺たちにはどうすることもできない。
「話は聞かせてもらったぜ」
俺が頭を抱えて考えていると、店の奥から声がする。
「誰だ!?」
暖簾を潜って歩いてきたのは先ほど蕎麦を運んできたおじさんだった。
身長はかなり高く百八十センチメートルほどで、40代くらい。エルフ特有の尖った耳を持ち、全体的に体がゴツゴツしていて黒い和服のようなものを着ている。
「俺か。俺はこの店の店主、アーノルドだ」
「……アーノルドさん、話を聞いたって言うのはどういう……」
エマが不思議そうに聞く。
「ああ。お嬢ちゃん、うちで働かないか?」
「そんな勧誘で働くわけないだろ!」
俺は話に割って入った。こいつは危険そうだ。
「ああ? ボウズ。文句あっか!?」
「あるに決まってるだろ! 女の子に詰め寄って!」
俺が言うとおじさんは確かにな、と言って両手を上げて一歩引いた。
「いや悪い悪い。でもお嬢ちゃんにも悪い話じゃないと思うんだがな」
「アーノルドさん、どうして私に?」
エマは突然のことについて行けないのか、キョトンとした顔で聞く。
「ああ。ここは王都に近くて人も多い。お給料は前の店より減るだろうが、仕事があるっていうのはいいだろ?」
「……店はボロボロだけどな」
「ああ!? ボウズ! 今なんか言ったろ!」
「じゃあ言わせてもらうけどな! アンタめちゃくちゃ怪しいんだよ! ボロい店でいきなり出てきて雇うなんざ! エマの身に何かあったらどうすんだ!」
「悪いことなんかするわけねええええだろ!! 女の子が困ってたら助けるのが漢ってもんだろうが!!」
俺とアーノルドは言い合いで息を切らしハアハアと肩で呼吸をする。このおっさんにつられて俺も声が大きくなってしまった。
「で、嬢ちゃん。どうだ? やってみないか?」
「エマ! 恐れることはない! 断っとけ!」
「ボウズはうるせえ!」
エマは俺とアーノルドが争っているのを見てクスリと笑った。
「働かせてください。アーノルドさん」
「ほらな見ろボウズ! やっぱわかってる子はこっちを選ぶんだよ!」
「……エマ、本当にいいのか? こんなのだぞ?」
「こんなのってなんだ!?」
俺とアーノルドはまた目線を合わせバチバチとさせる。
「はい。アーノルドさんを見ていると、悪い人じゃないって気がするので」
……こうしてエマはアーノルドの店で働くことになった。俺はオススメしたくないが。




