第57話:元村人A、語ります。
夜。船で迎える初めての夜だ。海の上であるため辺りは完全に静まり返っており、波の音がこだまするかのように音を立てているだけだ。
俺たちは客室を個室のようにひとりに一部屋割り当てられ、ぐっすり眠ることになっている。
「……眠れない」
ふかふかのベッドと暖かい掛け布団の狭間で夢の世界へと揺蕩う予定であった俺は、今頃は夢の世界で宙に浮かんでいるはずが、現実の世界で重力で地面に縛り付けられていることに自分で驚いていた。
ダメだ。完全に目が冴えてしまっている。はしゃぎすぎたからだ。
というのも、豪華な夕食を取った後、俺たちはまたしてもゲームに興じていたのだ。これが楽しい。戦いの毎日とは対極の位置にあるようなただ遊ぶだけの時間は昔は腐るほど過ごした日常だが、今は貴重なものになっている。
昼にやったトランプはもちろん、船に設置されたビリヤードや卓球も初めてやったが楽しかった。ほとんどカインの独走であったが。
もちろんそれだけ遊べば疲れて眠くなるだろう、とたかを括っていたらこのざまだ。こういう時は外の空気を吸って、月の光に照らされた方がいいだろう。
起き上がり、足元にある邪魔な荷物を足で退けて歩いて部屋を出る。海の上でさらに夜だと少し寒い。
デッキに出ると、空には雲ひとつない満点の星が並んでいた。
月の光がほんのりと船を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。
海はどこまでも寡黙で、光を吸い込み真っ黒で、船体に波が当たる音が耳心地よい。
少し歩くと俺と同じことを考えて海を眺めている人間がいた。リリーだ。
彼女は船の柵に両肘を置く形で手を乗せていて、体重をそこに預けながらぼんやりと、虚空を眺めるような目で海を眺めていた。
「よ。眠れないのか」
俺の声に反応して、先ほどまで何も考えていないような顔をしていたリリーはこちらを向いた。
「あなたも?」
固い表情だったリリーはフッ、と笑う。俺はその横に立った。
「綺麗ね」
リリーは再び空を見上げて言う。俺も同じように空を見る。
「星って素敵よね。どれくらいあるのかは知らないけど、きっとこの世界の人より多いのよ。私たちと同じくらいちっぽけなのよ」
「……ここから見れば確かにちっぽけだな」
「でも、ひとりひとりに人生があるように星たちもそれぞれ違う輝きを発してるのよ。そう思うと、誰ひとりとして無駄な命なんてないって言われてる気がするの」
好意的な解釈だな。だがそれはリリーの考えていることであって、それが彼女の支えになっているなら別に否定するつもりはない。俺は沈黙した。
「ねえ、アラン。ごめんね」
「……いきなりどうした?」
「私がいない間皆と一緒に戦ってくれたこと」
リリーは悲しげな表情で海を見ながら言った。こっちに目を合わせたくないのだろう。
「あなたがいなかったらラクシュの運命は破綻していたし、何より皆が死んでしまっていたかもしれないわ」
「……だったら『ごめん』じゃなくて『ありがとう』って言ってくれ」
ありきたりだが、今の気持ちだ。
「確かに厳しい場面もあった。毒蛾のメイジーと戦った時は一般人の俺でもやれるのか、って思ったよ。色々考えたし、実際悩んだ。」
「でもな、その代わりいろんな奴に出会えた。アリシアやカインさんはもちろん、レイウスやアンジェラだってそうだ」
「そういう奴らに助けられたから頑張れた。それにお前は絶対戻ってくるって確信してたから俺は戦ったんだよ」
「だから、『ごめん』じゃなくて『ありがとう」 』って言ってくれ。……これからも一緒に戦うのに謝る必要なんてないだろ」
「……ありがとう」
リリーの方を向くと、月の光で目が彼女の目に溜まった涙を照らしていた。見なかったことにしてやろう。
「私、エールに帰って逃げてたの。何からって言われると難しいんだけど、多分自分から。そして自分のしたことから」
「でもね、向き合わなきゃいけないなって思ったの。もう嫌だ、って思った時に皆の顔が浮かんだのよ。だからここまで来れたんだと思う」
「私、自分が弱いのはわかってる。だから、これから私が折れそうになったら助けて。その代わりこれからは私逃げ出したりしないし、向き合うから」
リリーの言葉には強い覚悟を感じた。前までのリリーとは明らかに違う。信念に近いものを持っている。
「わかったよ。これからもよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくね」
「……眠くなってきた」
「私も。そろそろ寝ましょ」
俺たちは自分の寝室に戻った。
ニーナにしてもリリーにしても、ここ二週間くらいで見ないうちに成長してるんだな。
ニーナは前と見違えるほどハキハキ喋るし、社交的になっている。世界のいろんな部分を見たからだろう。視野が広がったからこそ今までの内省的な性格が変わったのだ。
リリーは見た感じはわからないが、自分の核の部分が大きく変化している。うまく言葉に表せないが、大人になった気がする。
セシアは元々精神的には大人びているというかおとなしい中、戦闘的に大きく発展している。『魔力増強』の技術を得て、前よりも格段に魔法の幅が広がっている。
……皆なんだかんだ言って強くなってるんだなあ。それに比べて俺は……。
今日はふたりの旅に対する覚悟みたいなのも聞いたし、俺も帯を締め直さないといけないな。
……あれ、そういえばセシアってなんで俺たちの旅に着いてこようと思ったんだ?
彼女が戦う理由を俺は知らない気がする。
……まあいいや。今は眠いから寝よう。
*
次の日は特に何をすることもなく楽しく過ごした。若干やることは変わったが、トランプは色々なゲームができて凄いという結論に至った。
さらに一夜明けて、とうとうあと少しで到着まで来た。
「見て! セネギア大陸よ!」
リリーが指を指す。その先には、民家のような家が何軒か並んでいて、木が繁茂している島が見える。あれこそがエルフのライクリシア王国だ。
おまけ
夜の船にて
リリー「その顔で真面目に言われても……」
アラン卍アルベルト「お前も言うのか!」




