第55話:元村人A、出発します。
「なんで断っちゃったのよ!」
リリーが頬を膨らませ、ジト目でこっちを見てくる。
「し、仕方ないだろ!」
必死に弁明するがリリーは聞く耳をもたない。なぜこんなことになっているのか、この話をするのには少し前に遡らなければならない。
二回目のゴーレムたちの侵攻から一週間の時が経った。
俺たちは次の大陸、セネギア大陸に移動する船の手配を済ませ、出発までの一週間を復興作業の手伝いに充てた。
「アランよ。私と結婚しろ」
アリシアに求婚されたのは、正直驚いた。
「私のスキルと君の知性があればよい跡取りが生まれるだろう」
「でも、逆のパターンもありえるだろ?」
「……確かに。婚約はやっぱり無しだ」
というお決まりのフレーズで諦めてもらった。元々彼女に恋愛感情なんてなかったのだし、彼女の幸せを考えれば最善の返答だっただろう。
……ちょっと惜しい気はするが。
さて、なぜ今リリーと揉めているかの話から離れてしまった。事の発端はこの後だった。
「アラン・アルベルトのパーティには巨大ゴーレム、アトラスの討伐を讃え、1億ギルの報酬を与える!」
「い、いちおく!?」
一億ってどれくらいなんだ? えーと、夕食が大体ひとり千ギルだから何食ぶんだ?
……十万食。
言葉が出なかった。一生食べ物に困らないくらいの額だ。想像ができないし、いきなり受け取れと言われてもどうすればいいのかわからない。
「さあ、受け取ってくれ」
司会の老人が小切手を手渡してくる。これを受け取れば大金持ちだ。無論これからの冒険にも役立つだろう。だが……。
「パス!!」
「「「「ええーーー!?」」」」
で、こういうことになっているわけだ。
「なんで一億貰えるところを百万ギルにしたのよ!? 魔王倒すのが一気に楽だったのにー!!」
「あのなぁ。今ラクシュは壊滅状態だろ。そんな中で一億まるまる持ってたらどうなると思う?」
「……あ」
そう、俺が一番懸念したのは金を持っていることでトラブルに巻き込まれること。今回のゴーレムの侵攻で家族を失った者や住む場所を失った者など、被害は小さくない。
その中には、大切なものを無くしたショックで倫理観が失われたり、自分の生活に必死な人たちは少なからず出てくるだろう。
もし俺たちがそんな人たちの前で一億ギルなんて貰ったらどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。
「なるほどね……それは浅はかだったわ」
「なんだ、お前が自分の非を認めるなんてらしくないな」
「……アランの中での私の評価ってなんなの?」
まあ悪い変化じゃない。彼女なりに考えることがあったんだろう。俺はあまり詳しく聞かないことにしている。
「船代はカインさんがなんか出してくれるらしいし、まるまる使えるだけ良しとしようぜ」
今回船に乗るのは、俺、リリー、セシア、ニーナ、ポーラ、カインの六人だ。
カインは向こうの大陸の会議に参加するとかで、船に乗って行くから貸切にして乗せて行ってくれるらしい。気前のいい大人だな。あれで20歳らしいが。
ポーラはセネギア大陸にしばらく滞在し、得た情報をまたラクシュで売るという。見聞は広いに越したことはなく、定期的に往復しているらしい。
ニーナが付いてくると言ったのは驚きだった。彼女は俺たちのパーティに参加するらしく、大事な癒術士として魔王討伐に参加してくれるらしい。
彼女の話を聞いた時は驚いた。
*
「ご主人! 私も付いて行きますよ!」
「……別にいいけど危ないんだぞ?」
「見くびらないでください! 私だってやればできるんですから!」
「……お前そんな喋るタイプだったか?」
「失礼な! ご主人が知らなすぎるだけです!」
ジト目で怒ってくる。前までもっとオドオドしてた気がするんだけどなあ。
「つーかそのご主人って言うのやめない?」
「やめません!」
最近はリリ姉とかセシア姉とか呼んでるみたいだし俺もそういうのがよかったな……。俺にだけ懐いてないのかな?
とまあこんなことがあってニーナも旅についてくることになった。
リリーとの一億円事件についての諍いの後、俺たちはラクシュで出会った皆と別れて、船に乗ることになった。
「アラン! 旅の安全と武運を祈るよ!」
「レイ、ありがとう。また戻ってくるよ」
俺とレイウスは握手を交わした。
「セ゛シ゛ア゛ーーー! 行ってしまうのかー!!」
アンジェラが号泣しながらセシアに泣きついている。
「……うるさい」
「ああん!? うるさいってなんだよ!?」
「……でも、アンジェラのことは好き」
「うわーーーーん! オレもだよーーー!」
あのふたりは静と動って感じだけど、いいコンビになったな。
「ニーナたん!? 怪我しないようにね!?」
「あのー、ルリアさん。その『たん』っていうのはやめませんか?」
「だってぇ、心配なんですもの! 魔力がちゃんと使えるかとか!? あーまじ無理尊い」
ルリアがダラダラ鼻血を垂らしているのをニーナが困った顔で見ている。
……あのふたりはどういう関係なんだ? いつ見ても理解ができない。深淵という感じだ。ちょっと言葉で表現できないが。
「リリアーヌ殿」
アリシアがリリーに話しかける。
「貴女は勇者として、頑張ってくれ。私も頑張る」
「ええ。もちろんよ。任せなさい」
「……迷いは断ち切ったのだな」
「ま、そんなところね」
「それは頼もしい。それに……」
アリシアはリリーに何かを耳打ちした。
「それでは、さらばだ」
アリシアはリリーに背を向け、歩いて行った。
こうして、俺たちはラクシュで出会った仲間たちと別れて出航した。
船のサイズは客船くらい。普段は何十人も乗るところを貸切にしているのだ。
階段を降りると食事をとったりする部屋や、寝る部屋などがそれぞれ設置されており、そのどれもが快適そうだ。
広々としたデッキから海を一望してみると、果てしない水平線に、青々とした空、白い雲がさわやかな雰囲気を醸し出している。
白い鳥たちがバサバサと空を飛び、鳴き声が聞こえる。海の波の音も相まって、まさに快適な船旅、という感じである。
「……最高じゃん」
思わず言葉が溢れる。ここまで人間同士の裏切りやモンスターとの戦闘、時には死と隣り合わせになる場面も多かった。そんな忙しかった毎日とは対照的な天国のような空間である。
「よ、旅は快適か」
カインが後ろから歩いてくる。サングラスを頭にかけて、完全にバカンスといった感じだ。短く整えられている茶髪が海の風で揺れる。
「ああ。カインさん、載せてもらって助かるよ」
「どういたしまして。可愛い年下にはカッコつけないとな」
「……なんか先輩風吹かせようとしてるだろ」
「……バレたか」
カインはそう言うとニッと笑った。戦闘のところではカッコいいがやはりこういうところはカインである。
「ところでカインさんはどうしてセネギア大陸に?」
「ああ、なんか会議らしくってネビリオ大陸の代表って形で出席しないといけないらしいんだよ」
この人大陸代表なのか。前々から強いと思っていたがもしかして大陸で一番強いのか?
「それにしてもなんでこのタイミングなんだ? アレにしては早すぎるしな……」
カインは表情を顎に手をやり考えながらつぶやいた。
「アレっていうのは?」
「エンシェントドラゴン」
エンシェントドラゴン……だと!?




