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元村人A、繰り返しの日々から抜け出します。  作者: 艇駆 いいじ
第3章 王都ラクシュ騒乱編
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番外編3:ダムスさん、生い立ちを振り返ります。

 思えば、散々な人生であった。


 今俺は、鉄格子の中、ひどく冷たい床に座り込んでいる。


 ここはラクシュの地下牢。俺はダムス・アクストール。国家反逆の罪で牢屋に閉じ込められている。


 ここでの生活はひどく惨めで、生きている心地がしない。苦しく、辛く、何もない。


 どうしてこうなってしまったのだろう。


 どこで間違ってしまったのだろう。


 ここは何より退屈だ。俺は自分自身の半生を……もっとも、一生になってしまいそうな、半生を省みることにした。


 一番最初の記憶は、三歳の頃だ。僕はこの頃からいわゆる習い事をしていた。


 基礎的な計算の仕方や体育術、この世界についてを毎日朝から夕方までみっちりと教わった。


 勉強は、間違えればひどく怒られるし、体育術は好きではないのに延々とやらされた。失敗すればひどく叱責され、父に「お前はダメだ」と言われる。だからこそ躍起になってやった。


 辛い日々の中だったが、母親だけは別だった。リメラ・アクストール。母は毎日満身創痍まんしんそういになって帰ってくる俺に愛情を注いでくれた。


「今日もよく頑張ったわね」


 そう言って母は俺の頭を撫でてくれた。それだけで俺は一日を乗り切ることができた。


 二歳年下のアリシアが生まれて間もなくで忙しい中、母は毎日必ず俺の相手をしてくれた。なんとなくその時の母の目が悲しそうで、俺はそれ以上はねだらなかったことを覚えている。


 それから少ししてだった。俺に『英雄の剣レイ・ジェルド』を持っていないことがわかったのは。


 その日は随分と慌ただしかったことを覚えている。言われるがままにスキルウィンドウを開いててみると、大人たちの表情が一変して凍りついた。


 この時から俺の「持たざる者」としての人生が始まった。


 それからしばらくして、母は自殺した。


 今になって思えば、跡取りである男子を産まなければならないという外からのプレッシャーが強かったのだろう。母の悲しそうな顔はこれが理由だったのかもしれない。


 母との最後の会話はこれだった。


「あなたはあなたでいいのよ」


 ……今思えば、あれは自分自身に、一番言って欲しかったことを言い聞かせていたのだろう。


 母がいない毎日は地獄だった。一番辛かったのは、大人たちが態度を変えるように厳しくなくなったことだ。


 期待している人間には大人は厳しく接し、そうでない人間は無視されるのだと初めて知った。俺はどうにかして大人たちの関心を引きたかった。どうすればいいかわからずひたすら勉学に打ち込んだ。


 ……結果は、「何も変わらない」だった。勉学どうこうでなんとかなる問題ではなかった。


 俺は、俺であることを否定されたのだ。俺は所詮『英雄の剣レイ・ジェルド』とセットで輝ける人間であった。……いや、人間であるかすら怪しい。俺はそれ無しでは存在感すらないのだから。道具というのが正しいだろうか。


 俺が城を歩けば大人たちはヒソヒソと何かを言っていた。どうせ役たたずだとか持たざる者だとか言っていたのだろう。子供の頃はそれがどうしても耐えられなかった。



 俺は14歳になった。つまり三年ほど前の話である。


 母を失ったショックもとうに消え、周りの人間に対する期待すらもなかった。


 話しかけられれば薄紙を一枚貼り付けたような笑顔で対応するし、皇太子としての仕事は卒なくこなした。


 一番驚いたのは、スキルを所有したアリシアではなく俺のほうが王位継承権が上だったことだ。


 アリシアは女だから、スキルを持っていても俺のほうが優先されるらしい。


 ……そんなことならアリシアに王になってもらったほうがよかった。


 貴族や使用人たちの不満の声はその時になっても止まらなかった。スキルを持たない俺と、女のアリシア。生まれた時点で全ては決まっていた。


 ある日、街を視察しているとひとりの女性が目に止まった。彼女の名はアルシェナ。


 母によく似た、金色の髪を長く伸ばした女性だった。年は俺と同じくらいの。


 彼女は貴族の娘だった。俺はその少女に一目惚れしたのだ。


 それから俺は彼女の元へ足繁く通った。一緒に紅茶を飲みながら庭で話したり、時々城下町へ遊びに行ったこともあった。


 楽しかった。彼女の笑顔を見るとこれまでの人生が救われたような気がした。


「アルシェナ。俺は将来君と結婚したい」


 ある日突然俺は言った。どうしてそれを言ったのかはわからない。しかし彼女の顔が暗くなったのが答えだ。


「……ごめんなさい。いつか言わなければいけないと思っていたの」


「……何をだい?」


「……お父様が言っていたの。あなたに近づくなって」


「どうして!?」


 今思えば、どうして聞いてしまったんだろう。答えなんてとっくのとうに分かりきっていたはずなのに。


「あなたにスキルがないからって……」


 そこから先はよく覚えていない。彼女が泣きながら俺に謝っていた。俺は何もせずただ歩いていた気がする。


 ……いや、彼女が悪いわけではない。彼女は優しすぎたのだ。俺に気を使って事実を言わなかったばかりに悲しい思いをさせてしまったのだ。


 ただ、彼女の凍りつくような、俺を憐れんだあの目が俺の心から熱を奪ったのは事実だ。


 しばらく歩いていると、冬だというのに、雨が降ってきた。惨めだ。俺は服のまま雨で濡れた路上に寝転んだ。


 服がグチャグチャになろうがどうでもよかった。もう何も考える気にもならなかった。手が冷たい。今にも千切れてしまいそうな寒さだ。だがそんなことすら気にならないほど、心が冷たい。


 もうどうでもよくなった。


 俺は何にもなれないし、何をすることもできない。


 そう悟った。


 それから俺は国王になるという体で勉学を続け、国の有識者たちと会話をする程度には知識をつけてきた。皆は口々に俺のことを優秀だ、優秀だと言ったが、本音なんて見え透いていた。


 それから少ししてだ。ノーゼルダムという魔術師に出会ったのは。


 ……もっとも、今となっては俺はただの捨て駒となってしまったわけだが。


 俺の罪は、「何も持っていないこと」だった。


 何も持っていなかったことが理由で、人から蔑まれ、罵られ、無視されてきた。


 思えば、散々な人生だった。


 ここでの生活はひどく惨めで、生きている心地がしない。苦しく、辛く、何もない。


 どうしてこうなってしまったのだろう。


 どこで間違ってしまったのだろう。


 しかし、この空間と冷たい床の感触は、今まで生きてきた世界で最も居心地がいい。

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