第54話:アリシアさん、宣言します。
戦いから一夜が明けた。
俺たちはアトラスを「不思議な世界」に閉じ込めてマジナ村から馬車で出発した。
帰りの馬車は皆がはしゃぎまくって寝ていたアリシアがブチギレるなど最悪だったが、特に問題なく帰ってくることができた。
このクーデターを起こしたのはアリシアの兄、ダムスであった。動機はアリシアの持つスキル、『英雄の剣』の抹消と、歴史の改変だ。
彼は国家転覆の罪で投獄された。今後どのような処置がされるのかはわからないという。何も持っていなかった彼のことを考えると、かわいそうだなと感じる俺がいた。
リリーは門の前でシンシアを抱いて泣いていたところを発見し、確保した。馬車に乗るなり泣き疲れたのかスヤスヤと眠り始めた。
シンシアは棺桶に入れられ、故郷の墓に戻されるらしい。安らかな死に顔だった。
そして今日はアリシアが国王の座を継承することが決定したため、それを国民の前で宣言するらしい。
俺たちはそれを前の方で見せてもらえることになった。
高い位置にステージが作られて、アリシアはそこで演説する。俺たちは少し下で見るのだった。
「……こうやって見ると後ろに何にもないのが目立つな」
ステージの後ろは殺風景で、建物が激しく崩落した結果であり、昨日の侵攻が激しかったことを物語っている。
「また一からスタートっていうだけさ。……当然傷は大きいけどね」
レイは空を見上げる。どれくらい時間がかかるのだろうか。建物だけじゃなく、人の心も少しずつ治していかなければいけない。
「ただ今よりアリシア・アクストール様による王位継承の所信表明演説を行う!」
会議の時に司会をしていた老人が宣言すると、ザワザワとしていた会場が一瞬で静まり返った。
簡素な作りのステージの傍に設置された階段から、アリシアは一歩一歩と上る。
「アリシア様だ……」
「女の為政者ねえ。どうだか」
観衆たちは今度はヒソヒソと話し始める。アリシアについて、陰口のように小さな声で話しているので、どよめきのようになっている。
「……皆アリシアのことをよく思ってないのか」
「だろうね。少なくとも好感は持たれていないだろう」
レイウスが言い切ったことに俺は悲しくなった。信じたくなかったからだ。嘘でもいいからレイウスがそんなことはないと言ってくれれば……いや、それを言われても気休めにしかならないが。
どうすることもできず、ただ拳を握った。
「大丈夫さ。アリシア様なら」
俺はレイウスの方を見る。レイウスは心配なさそうな顔でステージの上にいるアリシアを見ていた。
好感は持たれていない、という言葉とは裏腹なレイウスを見て、俺も黙ってそうすることにした。
「皆の者。アリシア・アクストールだ。知らないものはいないと思うが先日のゴーレムたちによる侵攻によってラクシュは壊滅状態だ」
「今こそ国民たちが一致団結して復興を行わなければならない。次期女王として私が指揮をとり、尽力する。力を貸して欲しい」
「無理に決まってるだろ!」
アリシアが演説をしていると、ヤジのような声が飛んだ。声の主はひとりの40歳くらいの中年男性だ。
「女に王が務まるか! 民をまとめることができるはずがない!」
兵士たちが走って取り押さえようとするが、間に合わない。男が騒いだことで周りの人間たちが心の中に抱えていた火薬に火がついた。
「そ、そうだ! 国王は男であるべきだ!」
「反対! 俺たちは糾弾する!」
口々に群集たちは声を荒げ、叫び始めた。
「まずい! このままじゃ国民が暴徒になるぞ!」
近くに立っていたアンジェラはもう動き出そうとしている。セシアとレイウスは黙ってステージを見ており、ニーナはキョロキョロと周りをみて慌てている。
皆が慌て始めている。俺はどうすればいい。落ち着けと叫べばよりパニックに陥ってしまうだろう。俺は周りの数人の意思すら統一することも出来ないのだ。
「……そうか」
アリシアは小さく呟いた。それに応じて観衆たちの怒号は一瞬、ピタリと止んだ。アリシアの言葉に注目しているのだ。
アリシアは腰に差していた剣を抜き、手に持って、剣を地面と平行に、横に持った。
「戦場を駆ける歴戦の英雄達よ」
「こ、これは!」
アリシアが話し始めると、レイウスが驚き小さく呟く。
「ああ。それだ」
俺はニヤリと笑った。観衆はなんだかわからずにまたザワザワと話し始めた。
「歴史を作り出した鉄の刃よ」
アリシアの体の周りに、ステージ上になにやらモヤが現れ始めた。
「猛者達を牽引し、運命を変える御旗よ」
そこまで言うと、アリシアたちの周りにはかつての英雄たちの幻影が姿を現した。
「これが私の『英雄の剣』だ。」
アリシアがそう言う頃には皆が驚き、何も発することが出来ずそれに見入っていた。
「諸君が見ているのは、かつて、戦場で名を馳せた私の先祖と彼らについていった英雄たちだ」
「このスキルを以て為政者は民草を守り、民草は主君のために、国のために命を懸ける」
「そうして歴史は繋がれてきた。そしてこれからも時は流れる。私たちはその襷を受け取ったのだ」
「豪傑たちよ! この英雄たちに続き、『英雄の剣』の下に、私の下に続け! これからは私たちの時代だ!」
アリシアが高らかに剣を上げ、宣言すると、少しの沈黙の後、男たちは剣を抜き、同じように天に剣の切っ先を向けた。
「おおーーーーーーー!!!」
大きく、太い声で先ほどまで騒いでいた連中もアリシアの下に剣を掲げた。
「……まさか性別なんて関係なく、実力で黙らせるなんてな」
「本当に優れたお方だ。あれだけのものを見せられて、男だ女だなんて瑣末なものだろう」
深く感心した。アリシアの「これまでの人生を後悔したことがない」と言った言葉の意味がわかった気がした。彼女には躊躇うことのない、強い志がある。
「最後に。アラン」
ステージ上のアリシアからなぜかご指名が入る。
「ええ!? ここで俺!?」
「そうだ。アランよ。私と結婚しろ」
「あー結婚ねハイハイ……って」
「「「「ええ!?」」」」
会場にいる何百人という人間が驚きの声を上げた。
「バカ! なんだって唐突にそんなことを!?」
「バカとはなんだ。私のスキルと君の知性があればよい跡取りが生まれるだろう」
「わー! 余計なこと言うな!」
アリシアが俺に恋愛感情があって言っているのではないことは重々承知していた。……こいつはバカが付くほどのリアリストなのだ。
「えー、ということで後々式は上げるから民草よ、よろしく頼む。私からは以上だ」
「勝手に決めんな!! そして終わらせるな!!」
俺たちのやり取りを見て、レイウスが、セシアが、アンジェラが、ニーナが、ルリアが、会場の先ほどまでの険悪だった皆が、笑っていた。
……終わったんだな。
青い空を見て、改めてそう考えた。
*(リリー視点)
「シンシア、そろそろ私行くわね。」
棺桶の中のシンシアに声をかけ、立ち上がる。彼女の遺体の足は、自然につなぎ合わされていた。カインに斬られたはずなのにくっついているのはおかしいと思っていたが、傀儡が修理されるように、治されていたのだ。
……彼女をエゴで利用した奴らがいる。そして魔王討伐に向けて進んでいれば、いずれそいつらに会うことができる。
私は強く拳を握った。復讐のためではない。
「ちゃんと生きて、魔王を倒して。あなたにしか出来ないことなんだから」
シンシアの言葉が脳にフラッシュバックする。彼女との約束を果たして、平和な世界をつくるためだ。
「待っててね、シンシア。またあなたに会いに……必ず戻るから」
「いってらっしゃい」
シンシアの声が聞こえた気がした。そして手を強く握られる感覚も。
私はまた一歩、歩き出した。
三章はこれにて終了です!
かなり長くなりましたが、自分の書きたかったものが出来たと思います。
四章もお楽しみに!




