表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元村人A、繰り返しの日々から抜け出します。  作者: 艇駆 いいじ
第3章 王都ラクシュ騒乱編
60/121

第53話:リリーさん、終わらせます。

 私はラクシュに向けて歩みを進めていた。あそこにはシンシアがいる。


 ようやく城壁に差し掛かったというのに私は確信に近いほどの予感を持っていた。


 彼女は絶対に私の前に現れる。そんな気がした。


 大きく崩壊したその城壁は初めて見た時とは打って変わって貧弱そうで、頼りなく映った。


 門をくぐる。あの日絶対に戻りたくないと逃げ出したあの門をまたくぐることになった。一瞬だが、自分でもなぜ戻ってきたのだろうと思ってしまった。


 門番たちの姿はなく、静寂だけがそこにあった。レンガで作られたその壁はとても冷たそうで、私も真反対のものを感じた。



 先ほどまでの草原と違って、死んでいる。命を感じない。



 長い門の暗い道を進んでいくと、光が見えてくる。外だ。



 そして人影が見える。光を浴び、瓦礫だらけになった街を背景に私を待っていたのは二本の短刀を持ったシンシアだった。




「リリー。来ると思ってたわ」




 シンシアは微笑む。が、かつての少女らしい目で笑っていた彼女とは違う。


「ええ。終わらせにきたわ」


 私は腰から剣を抜く。


「終わらせる? 何をかしら」


 お互い一歩ずつ、前に進んでいく。コツン、コツンと靴がコンクリートにぶつかる音がする。



「あなたと私よ。全て終わらせるの」



「面白いかもしれないわね」


 シンシアがそういった瞬間、私たちはお互いの間合いに入る。


 私は剣を振り上げ、一気にビュンと下ろした。


 シンシアは持っていた右手の短刀で剣を顔の前で止める。


 私とシンシアはその瞬間最も近づき、お互いの目を睨み据えた。


「いい剣よ。リリー。伝わってくるわ。あなたの殺意が」


 力が拮抗きっこうしており、刃が擦れる音がする。火花が散る。


 短刀による追撃を避けるため、一度ジャンプで後ろに引く。シンシアも同時に下がった。


「私はあなたを倒さないといけないの」


「そう。それは結構なことね」



「私は私のしてきたことと向き合うのよ!」



「『連戟レンゲキ』!!」


 スキルを発動し、一歩前に踏み出し、勢いを利用する。右、左と剣を振るが、シンシアに上手く弾かれる。


「私はあなたに殴られたあの日からあなたを憎んだ!」


 剣を弾かれた反動で後ろに着地すると、今度はシンシアが前進してくる。


 目視で短刀の動く方向を追って、かわす。


「憎かった! 憎かった! 憎かった!」


 かつての黒かった目は真っ赤に変わり、黒髪は白くなってしまった。赤と白がコントラストとなり、どちらも私を殺そうとしていた。


「なのに、あなたは私を忘れてのうのうと生きてきたんでしょう!!」


 短刀を避けていて気がつかず、シンシアの蹴りを食らう。後ろに吹っ飛び、地面に倒れてしまった。


「……そうね。私は今日までヘラヘラと生きてきたわ」


 シンシアが一歩一歩近づいてくる。


「そうでしょう! 私がどんな思いで生きてきたか知らないでしょうよ!」


「知らないわ」


「だから、死んで」


 シンシアが私の首に短刀を突きつける。



「私はね。卑怯者なの。自分のしてきたことから、過去の自分から逃げて、なあなあにしようとしてたの」



「……なんの話?」



「あなたのこともそう。あなたがそんな思いをしてるなんて考えてなかったわけじゃなかった。でも考えているフリをしてただ生きてきたのよ」



 シンシアがナイフを上げ、私の首を突き刺そうとする。




「だから、今からでも向き合わなきゃいけないの!」




「『風刃フウジン』!!」




 次の瞬間、シンシアが剣で、正確には風で斬られる。胴を斜めに。衝撃でシンシアは短刀を落として後方へ吹っ飛ぶ。


「何を、した……」




「『風刃フウジン』よ。ここに来る前に覚えたの。設置型の風の太刀の攻撃なのよ。もちろん、相手が設置した位置に来ないといけないから使い勝手は悪いけど。」




 風の太刀、とはいえ、シンシアの胴体には剣で斜めに切られた跡ができている。しばらく立ち上がれないように見える。


 私は一歩一歩シンシアに近づきながらスキルを発動させる。剣を赤いオーラが纏う。


「リリー……! あなたを殺す……わ!」


「ええ。私も死ぬわ。でも私の手であなたを殺してからね」


「どういう意味だ……!」




「そのままよ。私は自分のしてきたことと向き合う。私が作り出したあなたをこの世界から消して、あなたを作り出した私を消すのよ」




 私がしてきたことと向き合う。それは彼女と共に死ぬことだと思った。彼女がどんな思いを抱えて生きてきたのかわからない。もしかしたら地獄のような日々を送ってきたのかもしれない。


 しかし私はそれを理解することができない。だからこそ、全てを終わりにしなければならない。彼女を殺すのは私だ。彼女を殺したという実感と共に罪を償い、死ぬ。



「やめろ……! やめろ!」



 シンシアがこちらを睨み付け、叫ぶ。


「ごめん」



 私は泣いていたのだろうか。




「『限界点の一閃リミテージ・ゼロ』!!!」




 私は剣を振り下ろした。衝撃で赤い稲妻のような光が一直線に走る。シンシアがその光の中に吸い込まれていく。


「さよなら。シンシア。もう少ししたら行くわ」



 それから数分ほど経っただろうか、私はぼうっとしていた。そろそろ私が死ぬ番だ。


 せめて、シンシアの隣で死のう。私は歩いてシンシアの亡骸のところまでいき、膝を折って座った。


「シンシア。ごめんね」


 私が、あんなことしたばっかりに。全てなあなあにして、自己解決して。そんなことがなければ目の前の少女は死ぬことはなかっただろう。


 涙が止まらなかった。嗚咽を隠すようにシンシアの胸に顔を埋めて、泣いた。




「リリー」




 その時、シンシアの声がした。幻聴ではない。思わず顔を上げる。


 先ほどまで死んでいたはずのシンシアがこちらを向いていた。しかし先ほどと大きく違うのは彼女の目だ。殺意を全く感じない、あの時の目になっていた。


「シンシア!? どうして!?」



「私実はね、あの日からしばらくして事故で死んだの」



 その言葉を私は理解できなかった。シンシアは笑顔で続ける。


「そしたらある日ね、ノーゼルダムっていう魔術師に甦らされたのよ。私。信じられないでしょ」


 全く信じられなかった。なんと返したらいいのかわからない。



「ノーゼルダムは私の体に『呪詛の悪魔』を埋め込んだのよ。相手が最も恐れる性格になる悪魔よ」



 その話が真実なのであれば、先ほど私が対峙していた人物はシンシアの皮を被った悪魔というわけだ。


 わたしが最も恐れるシンシア、つまりあの日のことを憎んでいるシンシアの姿をした、悪魔。


「ねえ、リリー。この門から外に出て、草原が見たいわ」


「わかった」


 私はシンシアを抱きかかえ、歩いて行った。


「リリー。昔のこと、覚えてる?」


「……うん」


「私、あの時から記憶が途切れてるから、あなたと遊んでた時間が一番楽しかったのよ。それからね……」


「シンシア」


 私はシンシアが話し始めるのを遮った。


「シンシアは私のこと憎んでるんじゃないの」


 シンシアは一瞬、驚いたような顔になった。


「私はあの日、酷いことをした。覚えてるでしょ!? あなたは私のことを憎んで……」



「憎んでなんかないよ。」




 シンシアは笑顔で言った。


「確かに叩かれた時は凄く痛かったし、辛かった。でもね、わかってくれるって思ってたよ」


 その言葉に私は驚いた。言葉が出ない。




「リリーはおっちょこちょいで、おてんばで、時々怖いけど凄く優しいんだもん」




「あ、ほら。そろそろ草原よ」


 シンシアの言葉に返事ができず、ただ足を進めることしかできなかった。




 門を出た。眼前には風に吹かれても草が静かに揺れている。




「綺麗」


 シンシアは呟く。


「リリー。生きて」


「シンシア?」


「私はもう死ぬわ」


「まだ大丈夫よ! 救護班の人を呼べばシンシアは助かるわ!」



「助からないわよ」



 必死でいう私を真顔でシンシアが否定する。



「悪魔と私は一心同体。引き剥がせば死ぬって魔術師が言ってたの」



 信じられなかった。


「きっと神様が時間をくれたんだよ」


 シンシアは全く恐怖しているように見えなかった。静かに草原を眺めている。


「ねえリリー」


「……うん」



「ちゃんと生きて、魔王を倒して。あなたにしか出来ないことなんだから」



「うん」



「それから、仲間は大切にね」



「……うん」



「私のことは笑顔で見送ってほしいな。リリーが泣いてるの見ると悲しくなるから」



「……うん」



「ご飯もしっかり食べて、毎日幸せでいてね」



「……うん」



「リリー。あなたがずっと大好き」



「……うん」



「……」



「…シンシア?」




 シンシアの方に顔を落とすと、すでに事切れていた。




「あ、あ……」


 シンシアの顔にポツリ、ポツリと涙が溢れる。上を向いていたのは、泣いているのがバレないようにだからだ。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 私は、泣いた。大声を上げて、泣いた。



 目の前に広がる光景は、世界を、運命を、命を賛美し祝福しているようで、美しかった。




 私は泣き続けた。ずっと泣き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ