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第5話:リリーさん、振り返ります。

 次の日。


「お嬢様。今日は私が付いていきますからね」


 何故か普段と違い、使用人が自分から遊びに付いていくと言い出したのだ。


「な、なんでよ?」



「シンシア様から今日お嬢様と川に行くとお達しがありましたので」



「シ、シンシアが!?」


「はい。シンシア様から連絡が無ければお嬢様はこっそり行かれていたでしょうね」


 使用人は呆れたような表情をした。



 その時、幼心に思った。裏切られた・・・・・と。




 もちろんシンシアの行動は正しかったし、その私の考え方は限りなくエゴであったと思う。だがそれは私が恐らく初めて抱えた他人に対する怒り・・の感情だった。



 その後、私は使用人の目を盗んでシンシアとふたりきりになり、問いただした。



「なんで今日のことバラしたのよ?」


「だって危ないじゃない……」


「でも約束したでしょ!?」


「私はリリーのことを思って……」




 パチッ。




 私はシンシアの頬を叩いた。それが私が他人に向けた初めての暴力だった。



 衝撃で倒れたシンシアは地面に座り、涙も流さず私の顔を見た。




 その目は、明らかに私に怯えていた。




 その事をシンシアが親や使用人に言うと思い、私はビクビクとしていたが、それが他の大人に知られることは無かった。



 それからシンシアには会っていない。しばらくして私はふと気がついた。シンシアに嫌われたのだと。



 私はそれから友人を作ることを辞めた。遊ぶ時は心に一定の距離を置く。楽しそうに笑うようにしているが、心の中では笑うことが出来なかった。嫌われるのが、自分の力を制御できないのが怖いからだ。



 しかしこの二日ふつか間でアランに暴力を振るってしまった。それは今まで私が人と関わることを避けて、努力してこなかったことの代償だ。人との関わりと向き合ってくれば、今日のようなことにはならなかったのだ。


「ちゃんと謝らなきゃな……」


 アランにも嫌われてしまっただろう。私に近づく人間は皆私を恐れ、低い目線から接してくる。友人も。使用人も。彼も目が覚めればきっとそうなるだろう。



 私は部屋の片隅に座り込んだ。




 俺が目を覚ますと、既に外は朝になっていた。このパターンは二回目なので慣れてしまった。不本意だが。


 体を起こすとそこは自分の部屋で、どうやら布団の上で眠っていたようだ。リリーが運んでくれたのだと合点した。廊下にでも捨てられていなくてよかった。まだ春先といえ夜は寒くなるので風邪をひかないようにと布団をかけて寝かせてくれたのだろう。



 『エクスチェンジ』は一定範囲内の物の位置をランダムに交換する能力であったようだ。



 リリーの部屋に行くとリリーは既に起きていて俺を見るなりすぐに目を逸らしてそっぽを向き、腕組みをしていた。怒っているのだろう。


「あの……昨日はごめん」


 俺は正直に謝った。不可抗力とはいえまた同じようなことをしてしまった。すまん。


「別に怒ってないわよ」


 リリーは目を逸らしたまま言う。表情はよく見えないが、多分怒っているのだろう。


「でも何か不機嫌そうなんだが……」


「違う!」


 そう言うとフン、とさらにそっぽを向いてしまった首がすごい方向に曲がってるじゃないか。どうすればいいか考えあぐねていると、リリーが何かを覚悟したように目を合わせて口火を切った。


「……ケガはなかった?」


「ああ。全然」


「……ならよかった」


 それだけ言うとまたそっぽを向いてしまった。


「え、それだけ?」


 俺は拍子抜けしてしまった。


「何がよ」


 物凄く不満そうな顔をしながらこっちを向いてきた。


「目ぇ怖っ!」


「うるさ……! ゴホン」


 リリーは一瞬また怒りそうになったが、平静を取り戻し、咳払いをした。


「いや、何か深刻なことを言われるのかと思ったら……」


「違うの。あの時はどうすればいいのかわからなくてアランを殴ったけど、よく考えたらアランもわざとやったわけじゃなかったし……」


 その後もモゴモゴと何かを言った後、また覚悟を決めたようにリリーは俺の目を見た。


「ごめんなさい!」


 リリーは顔を真っ赤にして頭を下げた。


「あぁ、別に大したことないからいいぞ」


「本当に?」


「うん。腹減ったから飯食おうぜ」



「……私のこと嫌いになった?」



「えっ、なにそれ気持ち悪っ」



「そういう意味じゃない!」


 リリーは拳をグッと握り、胸の前に持ってくるが、怒りを抑えてふう、と息を吐いて拳を下ろした。


「もしかして殴ったこと気にしてんのか?」


「……気にしてるわよ」



「意外だな。お前って普通の女の子なんだな」



「どういう意味よ」



「そのまま。お前のことなんか嫌いにならねーよ。むしろお陰で毎日楽しいくらいだ」



 俺は本音で返した。リリーが来てから日々が大きく変わって、今は大変だが楽しいと感じているのは事実だ。


「良かったー!」


 リリーはホッとしたようにバタンと畳の上に倒れ、寝転んだ。


「私昔から力が強くて怒りっぽかったから友達が上手くできなくて、アランに嫌われたらどうしようと思って!」


「嫌われるって、お前友達から嫌われてたのか?」


「直接言われたわけじゃないけど、そう感じた」



「多分それお前が勝手にそう思って距離を作ってるだけだぞ」



「え……?」




 リリーはキョトンとしている。だが大抵そういうものだ。友達とは喧嘩をしても次の日には仲直りをしているし、一度や二度の喧嘩で相手を嫌いになったり、縁を切るなんてことはほとんどない。




「本当なの?」


「わからんけどほとんどそうだぞ。だからウジウジすんな」


「ウジウジなんてしてないもんっ!」


 リリーは大きく動作して否定する。しばらく目が合って、変な空気になる。


「……」


「……」


「とりあえず、今日一日よろしく」


「……うん」


 リリーは何を言おうか考えている。とりあえず仲直りしたわけだし、食事を取るのが一番だろう。


「飯作ってくる」


「私は何か手伝える?」


「じゃあ手伝ってもらおうかな」




 意外と女勇者様のリリーも普通の女の子で、可愛らしいところあるんだなと思った朝だった。





 私は部屋を出てアランの後に着いて台所に向かっている。


 アランに嫌われたかと思っていたら、予想外の返答が帰ってきたので今は頭の中がいっぱいだ。



 私がこれまでずっと抱えてきた、周りの人に関する悩みってもしかしてこんな簡単に解決するものだったの?



 確かに私は一度も面と向かって「お前が嫌いだ」と言われたことはなかった。あのシンシアでさえも。



 私が過剰なだけだったのかなあ。




 ふと前を歩くアランを見る。浴衣姿のアランの背中は何故かたくましく見えた。




 お陰で毎日楽しい、かあ。


 外に見える朝の太陽の光は、旅館を、そして私の歩く廊下を明るく照らしていた。



「なんだこれ? 本当に野菜か?」


 俺はまな板の上の、形や大きさがバラバラに切られた野菜を一切れつまみ上げた。


「黙りなさい。静かにしないと調理の対象をあなたに変更するわよ」


 リリーはめちゃくちゃ料理が下手だった。

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