第50話:カインさんたち、追い詰めます。
王都ラクシュ西の城壁。
ゴーレムたちは南から北の中心部を一本道のようにして侵攻しているため、西と東の領域は人もいなく静まり返っている。
城壁の上にはひとりの男が立っていた。
馬の骨のような装飾品を頭から被り、服は紺色のローブ。顔や姿が隠されているため彼がどのようなことを考えているのかはわからない。
「お前がこの事件の黒幕だろ?」
男は声の方を振り返る。男の横にはカインが立っていた。
「カイン・スティールか」
馬の骨を被った男は低く野太い声でカインの名をつぶやいた。
「よくご存知で。ただ質問に質問で返すのは感心しないなあ」
「……黒幕、というのはどういう意味でだ」
「お前があのゴーレムたちを召喚したんだろう」
「如何にも」
カインはその答えを聞いて男を睥睨する。予想通りだと身構えた。
「なぜここがわかった」
「黒幕は高みの見物決め込んでるんじゃないかなと思ってね。静かで見下ろせるところってここくらいだろう」
「東側の壁とは考えなかったのか」
「ここじゃなかったらそっちに行ってたさ」
ラクシュの東と西の壁は普通の人間が走っていくには遠すぎる距離である。カインの返答に男はフッ、と静かに笑った。
「面白い。用件はなんだ」
「お前の目的を教えろ」
カインは強く男を睨む。
「私に目的なんてないさ。言われたからやる。それだけだ」
「じゃあ質問を変えよう。お前は誰の差し金で侵攻をした?」
「そんなこと聞いて答えると思ってるのかね」
どうやら愚問だったようだ。
「わけねーよな」
カインは低い体勢になり、走る。手のひらに一本短刀を生成し、男に斬りかかる。
男は全く避けずに、短刀による一撃を受けた。しかしカインの手には男の体どころか小動物程度の感触もなかった。風を切ったようだ。
「流石にアトラスを召喚した後に君と戦える気はしないよ」
男の姿はあった。しかし体は切られているのにそこに沿って隙間があるだけで、体はつなぎ合わせられているように動かなかった。
「……幻影か」
カインは悔しそうな顔でチッ、と舌打ちをした。
「まあそう言うな。お前とはいずれ会う気がする名を名乗っておこう」
「私の名前はノーゼルダム。また会おう」
ノーゼルダムはそう言うと笑い声と共に霧のように消えていった。
「くっ、まだ近くにいるはず……」
カインがノーゼルダムを追いかけようとすると、違和感に気がついた。
足だ。足が動かない。そう思い下に目線を下げると、足に針が刺さっていた。
「毒針か……」
おそらく体を麻痺させる毒だ。すでに毒は体に回っているらしく、意識も遠くなっていく。
「ここまでか……」
カインは倒れた。
*
ここは王城の屋上。そのスペースはこの国を一望するには絶好のスポットであり、普段はその広さから洗濯物に利用されることが多い。
もっとも今日はただの広い空きスペースになっているが。
そこにポツンとひとり、男が立っていた。
屋上のドアが開かれた。
「やあダムス殿。こんなところで何をしてらっしゃるのかな?」
ドアを開けて屋上に入ってきたのはヴィルヘルムだった。屋上から下を眺めていたのはアリシアの兄であり次の国王候補、ダムス。
「ヴィルヘルムか。あのゴーレムがこっちに向かってきているだろう。それを見ている」
「今は衛兵たちが命を賭して足止めしておりますが、いずれここも危険でしょう。お逃げください」
「そうするわけにもいかない。私が率先して逃げては国民に示しがつかない」
ダムスは凛々しい表情でゴーレムを見ながら言う。ヴィルヘルムは笑った。
「素晴らしいお方だ。感服しました」
「ここまで大規模に侵攻を起こしておいてまだそんな嘘をつくとはな」
ダムスはヴィルヘルムの言葉を聞いて表情を一変させた。
「……ヴィルヘルム? 何を言っている」
「とぼけるな。このゴーレムたちの侵攻を指示していたのはお前だろう。ダムス」
ヴィルヘルムは強い言葉で追及し、ダムスの胸ぐらを掴む。
「ヒッ、なんのことだ! その手を離せ!」
「暗殺者の女は自殺したはずだった。しかし生きている。それはお前が部下に指示し事実を捻じ曲げたからだろう!」
「し、知らない!」
ダムスは必死で今にも殺されそうだと言わんばかりの恐怖の表情を浮かべる。
「前回の警報装置の誤作動も、シャッターが閉じられていたのも、全てお前なら指示できる!」
「だ、誰かが俺を嵌めようとしてるかもしれないだろ!」
「お前以外に」
叫ぶダムスにヴィルヘルムは低い声のトーンをさらに落としてピシャリと言う。
「お前以外にできる人間がいないんだよ」
ダムスは今にも気を失いそうだった。ヴィルヘルムのその目はダムスを食い殺そうとする虎の目そのものだったからだ。
「ハハ……ハハハハハハハハ!!」
ダムスは突然発狂したように笑い始めた。
「何がおかしい!!」
「そうだ! 俺がやったんだよ!!」
「どうして次期王のお前がそんなことを!」
「『英雄の剣』だよ」
ダムスは死を覚悟した目で笑いながら話し始めた。とうに理性が残っていないのだろう。
ーー
『英雄の剣』は英雄、ラクサル・アクストールから代々引き継がれてきたスキル。
そのスキルを持っているか、持っていないかで王として認められるか、認められないかが大きく変わる要素だ。
俺はそれを持たなかった。家族や使用人たちは俺の顔を見ると残念そうな顔をした。俺が長兄で、ただ何も持って生まれなかったばっかりに。
スキルはアリシアに受け継がれた。唯一の救いといえば、アリシアが女であったことだ。王位の継承は俺がすることになった。
だと言うのに、どいつもこいつも俺を国王にすることを反対した。
国の知識人とかいう偉そうな奴らは歴史だ、歴史だと言って俺を国王にすることを断固として反対し続けた。スキルが、歴史がなんだと思った。
その時、先生に出会った。
ノーゼルダム先生はある日突然俺の目の前に現れてこう言った。
「アリシアを殺してこの国の歴史をなかったことにすれば必然的にお前が王だ」ってな。
俺を縛り付けるものには、俺のほうが優れていることを教えてやればいいんだってことを理解した。
壊して、壊して、壊し尽くせば、いずれ俺がこの世界の頂点になれる。
そこから先は大して時間がかからなかった。表向きは時期国王の皇太子、裏ではクーデターの準備を着々と進めた。
部下たちは皆クーデターの後の自分の地位が確保さえされればどこまででも着いてきた。
『英雄の剣』を持つものを王とした歴史を無くし、完全に壊されたラクシュで、俺が巨大なゴーレム、アトラスを従えれば誰もが俺を崇め、敬い、讃えるだろう。
ーー
「なのに」
「なのになんで!! お前らは邪魔しやがって!!」
ダムスは頭を掻き毟る。整えられた髪型はぐちゃぐちゃになり、毛が何本も抜ける。
「幼稚だな。民をなんだと思っている」
ヴィルヘルムはその様子を見ながら冷静に言う。
「うるさい! そんなものは後からなんとでもなる! 歴史は嘘でも語られたことが事実になるんだ!!」
ダムスは怒り、涎を垂らしながら言う。
「救えないな。クズが」
ヴィルヘルムはダムスの顔面を蹴る。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!! 痛い!! 痛いぁぁぁぁぁぁ!!」
ダムスはとち狂ったように騒ぎ、顔の蹴られた部分を抑える。
「今殺してやる。罪のない民を傷つけたお前はせめて地獄で苦しませてやる」
「……おいおい。殺すって言ったのか?」
ピタリとダムスは暴れるのをやめて笑い始めた。
「それは無理だよ。お前じゃ俺は殺せない」
ヴィルヘルムはダムスが何を言っているのかようやく気がついた。が、その時にはもう遅かった。
「毒蛾から教わったスキルだよ。死ぬのはお前だヴィルヘルム」
「まさか長話をしていた時に……ずっと……」
「気づくのが遅いんだよ。軍神さんよ」
その言葉を聞いた瞬間、ヴィルヘルムはダムスを睨み据え、起き上がったダムスの腹に蹴りを入れた。
ダムスはあまりの威力に後方へ吹き飛び、水切りの石のように何度かバウンドして転がった。
「な、なんで動けるんだよ! お前!」
ダムスは恐怖の顔を浮かべた。ヴィルヘルムは苦しそうな顔をしながら少しずつダムスに近づく。
「ヒィッ! く、来るな!」
ダムスは吐血し、後ずさりしながら懐から石を取り出す。
「アトラス! 方向転換しろ! アリシアだけでも殺せ! 」
石の正体は巨大ゴーレムに命令ができる魔道具だったようだ。
ダムスはそれだけ言うと走って屋上のドアを開けて、逃げ出した。
ヴィルヘルムは地べたに倒れながら懐の通話石を取り出した。
「アラン・アルベルト。聞こえるか。アリシアが狙われている。アリシアを遠くに、出来るだけ遠くに逃がしてくれ……」
言い残すことは出来た、とヴィルヘルムは気を失った。
「ラジャ」
アランは通話石を強く握りしめた。




