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元村人A、繰り返しの日々から抜け出します。  作者: 艇駆 いいじ
第3章 王都ラクシュ騒乱編
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第48話:リリーさん、決別します。

 私がエールの城に戻ってから一週間が経とうとしていた。


 あれから毎日のように私は味のない、砂のような食事をとり、ただベッドの上で怠惰に、何をすることもなく過ごしていた。


 こんな人生に何の意味がある?


 この問いはひどく無意味だ。人間は生まれて、最後には必ず死ぬ。誰だって。どんな英雄や知識人だって最後は命のろうそくの火が消える。


 だったら、どう生きても最後は皆平等ではないだろうか?


 私のように毎日味のしないパンをかじり生きた人間も、何か成果を残して死んでいった人間も、どのみち最後は惨めに死ぬのだ。


 『後世に残る』? そんなことはどうだっていい。


 私の中で、私が死ぬ。それだけが事実じゃないか。私以外の誰かがどうとか、そんなことはどうだっていい。


 ……私はここに来てから時々思う。あの夢の中の、シンシアがいた、あの瓦礫だらけの箱の世界。あっちが本物なんじゃないか? と。


 誰もそれを証明できる人間などいない。事実、私は寝ている間は必ずあの世界にいるのだ。シンシアに何度も腹部を刺され、快楽にも似た痛みと、モザイクに飲み込まれる感覚で目が醒める。


 あの美しい世界が本物なんじゃないだろうか?


 この城に来てから一日の、夢の中の世界にいる割合は徐々に増えていった。あの世界では痛みだって感じる。この世界とすり替わったとしても何ら不思議ではない。


 こんな話を誰かが聞けば、厭世的えんせいてきだとかペシミストだとか、私のことを呼ぶだろう。


 きっと皆気づいていないのだ。こんなに美しい世界があることを。


 ……ここまで考えていると、私の部屋がノックされる音を聞いた。


 使用人だ。寝たふりをしよう。


「リリアーヌお嬢様。眠ってらっしゃるのですか?」


 ドアを開けてメイドが話しかけてくる。いつもならすぐ帰るのだが。


「ご報告です。王都ラクシュがゴーレムたちの侵攻を受けています」


 ……ゴーレムたちの侵攻?


 その時、シンシアの顔がチラついた。


 ゴーレムたちがまたラクシュに攻めてきている? 何故?


「30メートルほどのゴーレムによってラクシュはほぼ壊滅状態です。エールに侵攻してくる可能性もあるので、厳戒態勢で守りを固めています。リリアーヌ様はこちらで待機していてください」


 メイドはそれだけ言うと廊下に出て、ドアを閉めた。


 ゴーレム達によってラクシュが壊滅状態?


 皆はどうしているだろう?


 アランは? セシアは? ニーナは? ポーラは? アリシアは?


 今まで出会ってきた人たちの顔が浮かんだ。


 ……やめろ!


 ラクシュを抜け出す前に、ホールで聞いた自分の声が頭の中で響く。痛い。思わず私は頭を抱えた。


 ラクシュが壊滅して、人が全滅したら、もう皆に会うことは出来ない。


 ……やめろ!


 あの楽しい日々を。分かち合った困難を。目のレンズで切り取って、脳に焼きついた皆の笑顔を。思い出を。全部を。


 ……やめろ!


 ……私はそれを抱えて生きることはできるだろうか?


 私は気を失った。



 気がつくと、私はあの空間に立っていた。簡素な箱の中のような空間。一面に靄がかかっていて、辺りを見渡すことができない。


 目の前には、私が立っていた。


「あなたは無力よ」


 目の前のもうひとりの私はそう言った。思わずハッとする。


「あなたは誰も守れないし、足手まといになるだけ」


「このまま生きていったほうが圧倒的に楽」


「そうやって生きてきたのよあなたは」


 口々にもうひとりの私は言う。……どれも否定できない。事実なんだから。私は拳を握りしめた。


「でもそれでいいの。あなたは逃げ続けるのよ」


「逃げて逃げて逃げて、自分を守ってもいいのよ。あなたを否定できる人間なんて誰もいないんだから」


 もうひとりの私はそう言うと私の手を握手するように取った。両手で強く握り締める。


「……私は弱い」


気がつくと言葉が出ていた。


「そう。あなたは弱いのよ」


「……私は今まで逃げてきた」


「そうよ。でもそれでいいの」


「……私は、私のままでいい」


「そう。あなたのままでいなさい」


 したり顔によく似た、笑顔でもうひとりの私は私の手を握り続ける。


 それを私は力強く払った。


「……どうして」


 もうひとりの私は驚いた顔で言う。


「私は弱くて、使えなくて、努力もしないで自堕落に生きてきた。罪だってたくさん犯したし迷惑だってかけた」


「でも、向き合っていかないといけないの!」


 私は心の中の思いを叫び声に出した。


「誰にも必要とされていないかもしれないし、受け入れられないかもしれない。でも自分のしてきたことは自分で終わらせなければいけないの!」


「誰かのためじゃなくて、私のために!」


 私がそう言うと、もうひとりの私はモザイクがかりはじめてきた。


 私はすかさず腰にあった剣を引き抜き、斬る。


 血は吹き出ず、真っ二つになって私が倒れ始める。


「……あなたは必ずまたここに帰ってくる」


 重力で倒れながらもうひとりの私は口を開いてそう言った。


「かもしれないわね」


「あなたは必ずまた私を必要とする」


「でしょうね。今の私がいるのはあなたのおかげよ」


 私がそう言うともうひとりの私は完全に地面に倒れた。


「……でもね。私は前に進まなきゃいけないの」


 そこまで言うと、私は自分の部屋にいた。


 急いで支度を済ませ、部屋から出る。


 今から私が行ったところで足手まといかもしれない。間に合わないかもしれない。


 でも、行かなくちゃ。


 ラクシュには、シンシアがいる。そう直感した。


「スキル習得!『風刃フウジン』!」


 スキルポイントを使い、スキルを習得した。これを選んだ理由も直感に近かった。


 今は考えている時間はない。走って城下町へと向かった。

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