第46話:セシアさん、立ち回ります。
「セシア! 急げ!あの辺やられてるぞ!」
アンジェラが指を指す方角には前回よりも一回りほど大きくなったゴーレムが居た。建物を蹂躙している、と言い表すのが適当だろうか。まるで何もないかのように壊しながら歩いている。
アンジェラはこちらを見ながら私の前を走りゴーレムの元へ向かう。私もそれについていく。
「セシア! 行けそうか!?」
「……大きすぎる。どうだか」
ゴーレムは建物を壊しながら歩いていたが、私たちに気がつくと歩みを止め、顔をこちらに向ける。
「先手必勝! 『アイスバレット』!」
アンジェラは手のひらを胸の前に掲げ、左手で手の付け根を抑える。
手のひらの前に魔法陣が現れ、3センチほどの鋭い氷の塊が生成される。
「そのシケた顔面歪めてやんよ!」
そう言い終えると氷塊が次々と手のひらから加速して放たれ、文字通り弾丸のようになった。数十発ほど撃っただろう。
しかし金属で出来たゴーレムの機体はまるで鎧のようにそれらを弾き、何事もなかったようにこちらを見据える。
「全然効いてないじゃねえかよ!?」
「弾丸が傷をつけるに至ってない」
「なるほど! 流石だぜ! じゃあよ……」
そう言うとアンジェラはもう一度手のひらを前に掲げる。
「もっとデカいの打ち込めばいいってことだよな!」
「『アイスキャノン』!!」
今度は先ほどよりもふた回り大きい魔法陣が現れ、一本の氷柱、それも建物の柱サイズのものが姿を現す。
「とっておきだ! これ食らったらひとたまりもないだろ!!」
柱を一気に放つ。先ほどの弾丸のようなスピードで氷柱が空中を飛ぶ。
「これいったろ!」
アンジェラはドヤ顔で後ろに下がり、着地。柱を放った反動で後ろに力が加わったのだろう。
しかし、ゴーレムは手のひらを前で広げ、氷の柱を掴んだ。直径2メートルはありそうな柱を片手で、だ。
「いやそれは絶対無理だろ!?」
アンジェラは驚いた顔で言ったが、ゴーレムは柱を受け止め切り、地面に投げ捨てた。大きな音を立てて氷が砕ける音がする。
「よし、打つ手なし。逃げるぞ」
クルッと方向を変えて逃げようとするアンジェラの首根っこを、セーニャにするように、掴む。
「なんでだよセシアさん! 頼むから! 逃げよ!? な!?」
「ダメ。怪我してる人いる」
「そんなこと言ったってあのゴーレムにノーダメージだぞ!? 無茶だ!」
「そんなことない。あれ」
私はゴーレムの手を指差す。先ほど氷の柱を止めた手だ。先端が尖っていた影響で手のひらが貫通して穴が開いている。
「一応あれで貫通はしてるのか……!」
「うん。ふたりならなんとかなるかもしれない」
「そうだ! なんでセシアは助けてくれなかったんだよー!」
アンジェラは頬を膨らませてブーイングする。
「……アンジェラが勝手に魔法を使い始めたんでしょ」
「あれ? そうだったっけか!? いっけね!」
素でやっているのが恐ろしい。
「わはははは、わりぃわりぃ。そんなことより次、来るぞ!」
ゴーレムは再び動き始め、また一歩、ズシンと音を立てて歩く。
「で、どうするよ!?」
アンジェラがゴーレムを睨み据えながら尋ねる。
「ゴーレムの動きが少し止まれば」
作戦は、ある。だがそれに至るまでが難しい。アンジェラを引き止めたものの私も少し困っている。
「時間を稼げばいいんだな!?」
「……できるの」
「やってみるから、セシアもやってみてくれ!」
それを聞いて私とアンジェラはゴーレムの右側と左側に回り込んだ。
「こっちだ! もう一発柱ぶち込んでやろうか!?」
アンジェラは動き回りながら言葉でゴーレムを挑発する。……多分それは意味がないが。
が、先ほどの魔法の効果もあってか、結果的にゴーレムは私にそっぽを向く形になった。
「いくぜ! 『アイスバレット』!」
再びアンジェラが氷魔法を使うと、対抗するようにゴーレムも同じ魔法を使う。このゴーレムの魔法を真似する機能は失われていないようだ。
「お前もそれ使えんのか!? ……いいぜ」
互いの氷魔法が弾丸のように相手に向かい、撃ち抜こうとする。が、アンジェラの目的は時間稼ぎであり、氷魔法を相殺することに徹している。当然、ゴーレムの機体が硬すぎるというのもあるが。
氷の弾丸たちは放たれては、互いの体をぶつけ合い、氷の礫となり地面に落ちる。
「セシア! そっちはどうだ!?」
「……そろそろいける」
『スパーク』。相手の頭に雷を落とす魔法スキル。
このスキルは習得した当初から実戦での使用が難しかった。
理由はふたつ。ひとつは相手の真上に雷を生成し、落とすスキルだから、タイムロスや若干の位置のズレでダメージを与えることが難しくなること。
もうひとつは、魔力とダメージの効率が悪い。先ほど述べた条件を全て満たせば魔法を当てることが出来るが、そもそも感電させるに至らない。
雷魔法は魔力の燃費が悪く、威力をあげると自ずとその後の戦闘に影響が出てしまう。
以上の二点の理由から『スパーク」はあまり実戦では使っていなかった。
しかし、今は違う。
アンジェラが相手の足止めをしているためゴーレムの位置は動きにくい。
そして魔力。ここ一週間の修行の成果を一度試すことが出来るのはこの上ない幸福だ。
『魔力増強』。
少しずつ、体を温めるように、内側へ、内側へと魔力を集中する。
急激に行うと身体への損傷が起こるので、局所から全身に少しずつ行き渡るように。
「……結構上手にできてんじゃねえか」
アンジェラがニヤリと笑う。『アイスバレット』を撃ちやめ、ゴーレムの弾丸を避ける。
「『フリーズ』!」
アンジェラは新たな氷魔法を唱える。するとゴーレムの足はたちまち凍り始め、つま先から足全体へ、そしてすねの位置へと凍りつく。
「オッケーだセシア! ぶちかませ!」
足元には氷が溶けて水がある。ここまで完璧なシチュエーションはないだろう。
魔力を増強していくと、私の体からバチバチと雷が発生し始めた。
同時に、ゴーレムの上部に雷が発生し、少しずつ大きくなる。
「……大したもんだな」
アンジェラはボソリと呟いた。
「『スパーク』!!」
詠唱と同時に、ゴーレムの上の雷が増したにズドンと落ちた。威力、スピード共にかつてないものだ。
ゴゴゴゴゴゴと大きな音を立てて雷はゴーレムの体全体を包み込んだ。あまりの衝撃に私たちは後ろへ退いた。
数秒、雷は光っていた。そしてある時を境にプツリと消えた。
目の前に現れたのは腕を無くし、機体がボロボロになって機能停止しているゴーレムだった。
「感電したってよりか、外側から衝撃で核を破壊した、って感じだな」
アンジェラはこちらに歩み寄り、ポンと肩を叩いた。
「やったな。セシアは凄かったぜ」
「……そんなことはない」
「いやいや、これならドラゴンを倒すのも夢じゃないかもな!?」
「ドラゴンを倒すのは無理」
「ギャァァァァァァ!! ストレスでハゲる!!」
アンジェラが頭をかきむしると、轟音が響いた。
「……やってる場合じゃねえか。ホールの方だ、行くぞ!」
私たちは走ってホールへ向かった。嫌な予感がした、が。




