第45話:元村人A、スロースタートします。
「総員! 大砲を放て!」
ヴィルヘルムは離れた人と会話ができる魔道具、『通話石』を片手に叫ぶ。
次の瞬間、南の壁の上に並べられた砲台から炎のビームが放たれる。
あの砲台には炎の魔力を帯びた石、魔石が使用されており、点火とともに爆発的な威力が発生するので、それをビームとして利用している。
「今回のために十台は並べておいた。我が国の技術の結晶だ」
ヴィルヘルムは呟く。砲台はもともと発車に時間がかかり、魔石の魔力の放出する方向が不安定であるなどの問題を抱えており、実戦に用いられることは少なかった。
しかし、ヴィルヘルム率いる衛兵直属の技術者によって限界まで威力、安定、スピードを引き上げたことによって今回実戦投入されたのだ。
「あの威力ならドラゴンでも倒せるんじゃないのか?」
「フッ。かもしれぬな」
ヴィルヘルムは自信ありげに笑う。正直ここまでの攻撃を喰らってピンピンしているモンスターなどいないだろう。
「何っ……!」
刹那、ヴィルヘルムの表情が一変する。砲台から上がって煙が晴れて、巨大ゴーレムの姿が再び現れたからだ。
「馬鹿な……! あの砲撃を耐えるだと!?」
「予想以上って訳だな」
あまりの出来事に身震いがした。その瞬間、通話石から衛兵の声が入る。
「兵長! 南の壁が破壊されゴーレムが侵入してきました!」
「すぐに対処しろ! 一般市民を守り抜け!」
即座にヴィルヘルムは指示を出す。想定内だが、予想外の展開だ。ゴーレムがあの砲台を受けきるなんて。誰もがそんなことになるとは思っていなかった。
だが召喚魔法が使われたのだとすれば、あのゴーレムを召喚したやつがどこかにいる。
「……行ってくる」
俺は本部のドアを開けて、走った。
おはようございます。アラン・アルベルトです。ただ今起床しました。
……爆音で。
「寝坊したぁぁぁぁぁぁ!!」
窓から外を見ると南の壁の向こうに超巨大な大男のゴーレムが立っている。
やはりあのゴーレムは来た。そしてシンシアもまた来るのだろう。
「とりあえず行くぞ!!」
俺は全力疾走で部屋から出た。
あのゴーレムのところに行ってみて俺が何かの役に立つのかは全くわからない。しかし、俺は昨日の作戦会議では壁の中にゴーレムが侵入してこないように戦闘する補助係になっていたはずだ。
今回は住民たちがシェルターなどに避難しているから前回よりも比較的戦闘に人員を裂けるから、俺はサポートでも十分だということだった。
「だってのによ……」
俺が城の外に出て10分ほど走ってから見た光景は、住民たちが一斉に外でゴーレムたちから逃げ回っているものだった。
昨日の会議で住民たちはシェルターに隔離して安全を確保するって話だったはずだ。
「おい! なんで外に出てるんだよ! 危ないぞ!」
俺は走って逃げている住民のひとりの腕を掴む。
男は必死な表情で、血眼になっている。
「離してくれ! 俺たちのシェルターの中はゴーレムが来るかもしれないって聞いたんだよ!」
そんな話は聞いていない。第一、危険なシェルターに住民を送ることはありえないし、するメリットがない。
「誰にそんなこと言われたんだ!?」
「わからないけど、女の人が言ってたんだ!」
「どんな女だ!?」
「……あれ?」
男は頭を抱えて喋るのを止めてしまった。
「どうした!?」
「……覚えてない。」
男は訳のわからないことを話し始める。
「覚えてない? どれくらいの背格好だったとか、何色の髪だったとか!」
「覚えてないんだ! 本当にだ!」
男が必死に話す。嘘は言っていないようだ。
あれ。こんなこと前にあったような……?
そう思った瞬間、背後から殺気を感じ、俺は気づいて反射的に避けた。
「惜しかったわね。楽に死なせてあげたのに。」
「お、お前は……!」
背後から短刀で攻撃してきたのは聞き覚えのある声の主だった。
「ロリっ子暗殺者!?」
「毒蛾のメイジーよ!!」
青髪に露出の多い服装。間違いなく殺されたはずの暗殺者、メイジーだった。
「お前、なんで生きてるんだよ!?」
「さあね。なんの話かしら」
「とぼけるな。お前は王国の兵士に拷問される前に自殺したって聞いたぞ!」
俺は追及するが、メイジーはフフンと笑って答える気がないらしい。
おかしい。一度死んだ人間が生き返るはずがない。とすると自殺したという情報が出て間違っていた?
「こいつだ……! シェルターのことを皆に言っていたのは!」
男性が震えながらメイジーを指差す。次の瞬間一目散に走って逃げていった。
「レディーを見て逃げるなんて。どうなってるのかしら。」
やれやれ、とメイジーは言う。
「お前。なんで生きてるのか言うつもりはないんだな?」
「レディーにお前って。この国の男は礼儀のなってないやつしかいないのかしら」
「もう一回倒して教えるしかないのか?」
「……ええ。そうね」
メイジーはあの時と同じ目をした。凍るような眼差しに燃えるような殺意。純粋で鮮やかまでの殺意。見るだけでそれを全身に感じさせられるような目だ。
俺とメイジーの間に緊張が走り、沈黙が続いた瞬間、レンガが崩れる音がした。
音に気付いた時、メイジーは大量の壊れたレンガの下敷きになった。家が倒壊したのだ。身動きが取れる量ではない。
そして、家の陰からこの前のような人型の黒いゴーレムが姿を現した。
しかし圧倒的に違うのはその大きさだ。体長は前回の倍ほどになっている。
「……コケにしてくれるわね!」
ゴーレムを見上げていると、下から声がし、レンガの瓦礫からメイジーが出てくる。頭を打ったのか、流血していて、片腕が折れているようだ。
「スクラップにしてやるわ。人間を舐めた罰よ」
メイジーが飛びかかろうとした瞬間、それよりも早いスピードでゴーレムがメイジーの体を掴んだ。
「ダメだ! 逃げろ!」
俺が叫んだ瞬間、ゴーレムの手が紫色の光を放ち始める。最初はほんのりと明るかったが、だんだんとその光は大きくなる。
それに伴い、メイジーはだんだんと動かなくなり、顔が青くなり始めた。
「嫌……嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」
メイジーは涙を流しながら叫ぶ。
「メイジーーー!!」
このままではゴーレムにメイジーがやられてしまう。何か策を練らなければ。何か。
頭をフル回転させるが何も思いつかない。彼女は暗殺者だが、今はそういうのは関係ない。救わなくては。
すると後ろから空を切る音がする。その音が聞こえた瞬間、一陣の風が自分の真横を通る。
「な、何だ!?」
何が起こったか確認しようと頭をあげると、ゴーレムの腕が片方切り落とされていた。
「アラン。お困りのようだね」
コツン、コツンと靴が地面に当たる音がする。聞き覚えのある男の声だ。
真っ白な騎士の服に、銀髪をなびかせて剣を片手に持っていた。
「レイ!!」
それは一週間前に馬車に乗ったレイウスだった。彼が剣の風圧でゴーレムの腕を切り落としたのだ。
「とりあえずあそこのレディーの救出が先だね」
ゴーレムの左腕を落としたとはいえ、まだメイジーは足元に転がっている。彼女は気を失っているようで、地べたに倒れているため、回収しなければならない。
「見るにあのゴーレムは魔力を吸収している。彼女は今ひどい貧血みたいになってるんだろうね」
レイウスはゴーレムの本質を見抜いた。つまりあの手に捕まったら魔力量が一般人以下の俺はひとたまりもないというわけだ。
「レイ。前線頼めるか?」
「了解。その方がいいだろう」
レイウスは返事をすると、再び剣を構え、ゴーレムを睨み据えた。




