第4話:元村人A、スキルを習得します。
スライムによるヌメヌメに耐え、旅館の風呂で体を洗い流した後、俺とリリーは部屋に集まって作戦をたてることにした。辺りはすでに真っ暗だった。
俺は既に夕食を作り、リリーが泊まっている部屋にふたり分の食事を配膳した。
「さてと、夕食の用意は出来たしリリーはどこに……」
「おまたせ」
襖を開けて部屋に入ってきたリリーは旅館に用意されている浴衣を着ていた。
さっきまで着ていたメイド服風の鎧を外し、楽な服装になったリリーは先程までの男性らしいイメージから体のラインを強調する女性らしい感じが対照的に感じる。ギャップってやつか。
「……」
「なによ」
「いや、なんでもない」
ちょっとだけグッときたのは内緒だ。
その後は普通に食事を終え、俺はエプロンにバンダナ姿で皿を洗い、そのままの服装で戦闘について教わるためリリーのいる部屋に戻った。
「アラン、ステータスを見せて」
「ステータス?」
言われるがままにステータスを表示する。
アラン・アルベルト(16)
レベル:2
「あ! またレベルが上がってる!」
今日だけでレベル0から2になったのは、実感はないが嬉しいことだった。
「そうだけどそこじゃなくて、こっち」
リリーはステータスの下を指さす。そこに目をやると、
スキルポイント:1
と表示されている。
「スキルポイント?」
「そうよ」
リリーはそう言うと自分のステータスを開いた。
リリアーヌ・オーリエン(15)
レベル:2
スキル:『連戟』
「前と変わっていないように見えるが?」
「私が言いたいのはこのスキルって言うところ」
「『連戟』ってやつか。なんだこれ?」
「これがスキルってやつよ。スキルポイントを使うとスキルを習得できるってこと」
「スキル? 魔法とどう違うんだ?」
「魔法はスキルの一部なのよ。強化スキル、技スキル、魔法スキルみたいにカテゴライズされてるうちのひとつ」
つまり、スキルの中に魔法があるってわけか。ふむふむ。
「ちなみにどういうスキルなんだ?」
「剣で攻撃する時に、一撃目は普通の力での攻撃なんだけど、返す刃でのもう一撃の威力が上がるの」
「つまり普通より高い威力で連続斬り出来るスキルってことだな」
「あなたにしてはよく分かってるじゃない」
リリーは無知な俺をからかうようにニヤリと笑う。
「どういう意味だ」
「さあね。次に魔力についての説明」
リリーは掛けてもいない眼鏡をクイと直す動作をする。先生を気取ってるな。
「魔力っていうのはスキルを発動するために必要な力のことよ。スキルによって違うけど、魔法系は消費量が多いかもね」
「魔力の正体ってのはなんなんだ?」
「まあ、血液に溶けてるエネルギーね。血液量が関わってるんじゃなくて、血が少なくても魔力が多い人はいるわ」
「自分の魔力量はどっかで確認できるのか?」
「感覚でつかむのよ。ただ、大体は血縁で決まるから、魔法使いは代々家系で続くことが多いわね」
我が家にそういった話はないので、残念ながら鷹が生まれることはないだろうな。
「ただ、レベルが上がると魔力量は増えるの。これがレベルアップの恩恵のひとつね」
助かった。努力しても無駄だったらこの世界を不平等にした神を恨むことにするところだった。
「難しい話が続いたけど、まずはスキルを習得しなきゃだな」
とりあえずスキルの覚え方をリリーに教わって、体験して覚えていくことにした。
「まずはステータスオープン同様に『スキルポイント使用』って言うの。そうすると覚えられるスキルが一覧で表示されるわ」
「そうか。『スキルポイント使用』」
すると、ステータスの画面の表示が切り替わって何やらスキルの名前が羅列された。
「さ、その中から好きなのを選んで」
「なになに…。『鍬効率1』、『計算効率1』、『トークスキル』」
「なんでそんなところ見てるのよ」
「いや、こういうのしか一覧にないんだ」
「はあ!?」
嘘をついているわけでは無かった。本当にスキル一覧には一般人向けのスキルと漫才みたいなスキルしか見当たらないのだ。
「うーん、私はもっと戦闘向きなのを覚えられるわよ?」
「じゃあなんで俺だけ?」
「……才能とか?」
「勇者のリリーは何でも覚えられるけど村人Aの俺は漫才スキルしか覚えられないみたいな?」
「そういうことね」
「なんでだよぉ!」
俺は床の畳を腹いせに叩いた。やっぱり神様は不平等じゃないか。
ただそのリリーの発言が一番信憑性が高かった。確かに俺は村人Aであって、特別なものは何一つとして持っていない。
リリーは自分が才能があるからといってニヤニヤしながらこっちを見ている。優越感に浸っているな。
こうなったらなんでもいいからスキルを習得してあいつをギャフンと言わせてやる。数分間俺はスキルの一覧を眺めた。
「よし、このスキルが今のところ一番便利そうだな。習得はどうすればいいんだ?」
「決まったのね? スキルの名前を宣言した後に習得を付け足せばいいのよ」
「『エクスチェンジ』習得!」
そう宣言すると俺の体が少し輝いた。
「……これでいいのか?」
「バッチリよ。で、『エクスチェンジ』はどういうスキルなの?」
「『近くにある同じ価値のものを交換する。ただし生き物は除く』だそうだ」
「無能だなんて言ってる割にはまあまあ便利そうなのあるじゃない」
「言ってないです」
「面白そうじゃない。ちょっとやってみてよ」
「よし、わかった」
俺は手に剣を持って、リリーの剣と交換するイメージでエクスチェンジを行ってみることにした。
「よし、いくぞ。『エクスチェンジ』!」
俺は勢いよくスキルを発動させた。しかし剣は交換されるどころかピクリとも動かない。
「……失敗か?」
まさかこんな漫才スキルすらまともに発動できないなんて。まさか魔力量が足りていないとか!? 俺は完全に自分に情けなくなってため息をついた。
「……あ、アラン……!」
何故かリリーがこちらを見て真っ赤な顔をしている。何だか怒っているようにも見える。
「どうした?」
リリーの視線の先が俺の頭にあることに気が付いた。
「バンダナ……?」
咄嗟に俺は頭のバンダナを外す。
「あっ、駄目っ!」
リリーが声を上げる。
頭から手のひらに取り外されたその布切れを見るとそれは女物の白いパンツであった。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、俺は全ての点を繋ぎ合わせることにした。『エクスチェンジ』、バンダナがパンツになった、リリーが顔を赤くしている…。
全ての点を繋いだ結果、導き出された答えはこれだ。
『リリーのパンツと俺の頭にあったバンダナが交換された。』
「うわぁぁぁぁぁぁ!! ち、違う! 不可抗力なんだ!」
必死に否定するが、リリーは顔を真っ赤にしたままこちらに歩いてくる。傾向から分析してみるに、顔面パンチのパターンだ! こうなったら即座に『エクスチェンジ』を発動させてパンツを戻すしかない!
「頼む、成功してくれ! 『エクスチェンジ』!」
俺は恐怖のあまり目を閉じて叫んだ。失敗したら殴られる失敗したら殴られる失敗したら殴られる…。
数秒が経過した。しかし俺は自分が無傷であることに気がついた。殴られていないということは…
成功したんだ!!
「よしっ!!」
目を開いて手に持っている布を見てみると、それは変わらずリリーのパンツであった。見間違いではない。驚きのあまり三度見したがそれは間違いなくリリーのパンツであった。
「あれ……? 俺の着てる浴衣が二重になっている?」
さっきまで俺は上にエプロンを着ていたはずなのに…?
俺は不思議に思ってリリーの方を見た。
なんと目の前に立っているリリーは下着姿でエプロンを着用していた。
「は、裸(裸じゃないが)エプロン!?」
つまり、俺は今度はリリーの浴衣と俺のエプロンを交換してしまったのだ。
「……覚悟はいい?」
鬼気迫る表情に、怒りのためか拳がわなわなと震えている。
「違うんだ! 不可抗……」
そこから先は覚えていない。
*
「またやっちゃった……」
ここはユミル村、アルベルト家が切り盛りする旅館の一室である。
部屋の中では一人の黒髪の少年が気を失って倒れており、もう一人の金髪の少女は下着姿にエプロンを着用しているという奇妙な構図が展開されていた。
私の名前はリリアーヌ・オーリエン。クレイア国王の孫娘で勇者。
つい五分ほど前に目の前の少年、アラン・アルベルトを張り倒した所である。
「なんでこう昔から手がでちゃうかな……」
昔からそうだ。私は怒りっぽく、カッとなると手が出て周りの人を怪我させてしまう。
タチが悪いのは、数分して怒りが治まると、殴った相手に申し訳なくなって謝ることだ。
やったことは取り返しがつかないのに、目を覚ました相手に謝って許してもらい、少しするとまた同じことを繰り返してしまうのだ。
「どうすればいいんだろうこの癖。何とかしなきゃと思うんだけどな……」
昨日は、アランが露天風呂に入ってきたことに焦ってしまい、張り倒してしまった。
アランに悪気はなく、全くの不可抗力だったと思う。なのに気持ちが高ぶるとつい手が出てしまう。
現に昨日アランには謝ったのに今日また同じ過ちを犯してしまっているのだ。
「……嫌われた……かな。」
そう考えて下を見ると、自分の見てくれのことを思い出した。今自分は下着にエプロンという変態的な格好をしている。とりあえず反省するのは着替えて、アランを部屋に運んでからだ。
アランの手から自分の下着を取り返し、浴衣に着替えた。
あれからどれくらい時間が経っただろう。
私は七歳の頃のあの事件を思い出していた。
*
クレイア国の王都、エール。城下町では町人たちが日々を営み、活気に溢れていた。城では今日も使用人たちが仕事のため中を練り歩く。
「リリーちゃん! 危ないよ!」
「大丈夫よ! シンシアちゃんもおいでよ!」
庭に生えている木に登り、その上から困り顔の友人のシンシアの名を呼ぶ。
幼少の頃の私はおてんばで、よく世話係の使用人を困らせ、毎日城の庭に出ては木に登ったり、虫を捕まえたり、泥で遊んだりして服を汚して帰ってきていた。
この時の友人のシンシアは体があまり強くなく、メガネをかけた黒髪の大人しい女の子。クレイア国の領主で、私とは幼なじみにあたる子だ。
「またそんなことして、怒られるわよ?」
「平気だって! ほら! かけっこしましょ!」
シンシアの忠告をよそに笑顔で走り出すと、やれやれと言った表情でシンシアとのかけっこが始まった。そうしていつも日が暮れるのだった。
「じゃあ、そろそろ帰らなくっちゃ」
日が傾き始めると、シンシアは家に帰る準備をする。彼女は年に数回、親の都合で城に来る。その際は王都の中の宿屋に泊まるのだ。
「うん! また! あ、そうだ!」
「どうしたの?」
「明日は城の近くの川に行きましょう! 今の時期は魚がたくさんいるはずよ!」
「いいけど、お手伝いさんにも着いてきてもらうんでしょ?」
シンシアは不安そうだ。
「ううん! だって大人がいたら思いっきり遊べないじゃない!」
「でも、危ないよ……。」
「大丈夫! 私は強いから!」
私は胸をどん、と叩いた。
その時、教会から午後五時を知らせる鐘がなった。
「あ、急がなきゃ! じゃあね! リリーちゃん!」
「また明日ね!」
こうして私たちはその日別れた。事件は次の日に起きたのだ。