第41話:元村人A、褒められます。
メイジーを捕獲した数分後、俺の花火を見た城の兵士たちがぞろぞろと集まってきて、メイジーは確保、それを見て安心して俺は出血多量でぶっ倒れてしまった。
目が覚めると、医務室のベッドにいた。アリシアが椅子に座って俺の方を見ている。
「目が覚めたか、アラン」
「おかげさまで。アリシアも大丈夫なのか」
「うむ。無事部屋に駆けつけてくれた人に助けてもらった。今はこの通りだ」
アリシアは右腕を上げて曲げ、左手で右肩をポンポンと叩いた。元気であることを言いたいのだろう。
「ここまで何が起こったのか教えてくれないか? メイジーのことも気になる」
「それについては僕から説明しよう」
アリシアに話を聞こうとすると、医務室のドアが開き、ひとりの男が入ってきた。
髪は黒で、七三で分けられており、清潔感と高級感のある貴族っぽい白い服を着ている。ところどころに金色や赤色のラインが引かれているところが高貴さを演出している。
「紹介しよう。兄のダムスだ」
アリシアは俺にその男を紹介した。彼こそ次期国王のダムスか。
「いかにも。君が妹を助けてくれたアラン君だね」
爽やかだ。レイウスといいこの城の中にいる男は好青年しかいないのか? カインは除く。
「心から礼を言うよ。君がいなければ大切な妹の命が失われていた」
「いやいやそんな……」
そう言われると照れるなあ。俺は謙遜したかったが上手く出来ている気がしない。
「昨日の一件について僕から説明しよう。まず毒蛾、メイジーは自殺した」
その言葉に俺は絶句した。目が覚めたのがさっきだからメイジーと戦ったのも直前に感じる。そして感覚的に直前まで生きていたはずの人物が自殺した事実を聞かされると、唖然とせずにはいられなかった。
「自白剤で雇い主を言われるのが嫌だったんだろうね。僕の部下が尋問しようしたら既に死んでいたらしい」
暗殺者らしい最期、と言えばそれらしいのだろうか。人の命を狙う人間は自分も死ぬことを覚悟しているということだろう。
「そして門番の兵士たちが鋭利な刃物で五人殺されていたよ。彼女の仕業だろうね」
俺が追いつくまでに彼女は兵士までも殺していたのか。
既に亡くなっているのに、改めて毒蛾、メイジーという人物の恐ろしさと、生き様を見せつけられたような気がする。
俺とは全く違う生き方をしてきて、全く違う教育を受けてきたのだろう。殺されかけた身ではあるし完全にエゴだとわかっていたが彼女に同情した。
「彼女は暗殺者だからね。君が気に病むことはない」
ダムスは俺の肩をポンと叩いた。気に病んでなんかいなかったが、彼なりに俺のことを励ましてくれているのだろう。
「いや、大丈夫だ」
こういう時こそ、強く振舞わなければ。心は弱いがいつも強気な態度であるリリーのことを思い出した。
「これから好きなだけ王城に泊まってくれていい。パーティの仲間を連れてきても大丈夫だ。客人として丁重にもてなそう」
ダムスは笑顔で言う。それは冗談抜きで大きい。パーティの仲間たちを含めて食事と住居が出来る。
「じゃあアリシア、僕は用事があるから彼のことは任せたよ」
ダムスはアリシアに一言言って部屋から出ようとする。
「承知いたしました。お兄様」
ダムスは笑顔でドアを閉めていった。部屋の中にはアリシアと俺だけになった。
「君のことを今まで見くびっていたよ。無礼な発言を撤回して謝罪する」
アリシアは俺に頭を下げた。初めて会った時に俺のことを部外者とかいったことに関してだろうか。全然気にしてなかったんだけどな。
「君は私の命の恩人だ。どんな願いでもひとつ聞こうじゃないか」
どんな願いでもひとつ……!? 思春期の少年には刺激の強すぎるワードだな。
「じゃ、じゃあ……」
「な、なんだ。変な顔して」
おっと、顔に出ていたか。それにしてもアリシアさん。そういうの俺以外の男に言っちゃダメなんだぞ。勘違いを生むから。
「……冗談だよ。俺の願いはひとつだけだ」
「なんだ。言ってみろ」
「リリーに対して言ったことを撤回してほしい」
「……どういう意味だ」
アリシアの顔が険しくなる。
「あいつはひ弱で、いじっぱりで、ビビリで、ゴリラだけどな」
「私だってそこまで悪く言ってないのに容赦ないな君は……」
「だけどな。俺の生き方を変えたすげえ奴なんだ。あいつを侮辱されるのは許せない」
セシアたちとの冒険はすごく楽しい。それも全てリリーが俺をユミル村から連れて行ってくれたからだ。あの日俺が妹のメアリを見殺しにしようとしていたのを、変えてくれたのだ。
俺は真剣な目でアリシアの目を見る。しばらく沈黙の時間が流れて、アリシアは参ったとばかりに笑った。
「わかった。私は彼女のことも勘違いしていたようだ。撤回して君にも謝罪する。失礼した」
アリシアは本日二回目になる、俺に頭を下げ、謝罪をした。
「わかってくれりゃ、いいんだけどよ」
王族の人間、しかも女の子に頭を下げられると不思議な気持ちになる。手持ち無沙汰というか、落ち着かないというか。ソワソワするな。
「彼女は素敵な仲間に恵まれたようだな。羨ましい限りだ」
アリシアは窓から外を眺める。青空の下で木に青い小鳥が止まる。アリシアはじっとその様子を見ていた。
「アランがよければリリー殿がいるホールに共に行かないか。貴殿もパーティメンバーの様子がそろそろ気になるだろう」
「ああ。着替えたらバッチリだぜ」
ひとりでも行くつもりだったさ。また一悶着あったが、ようやく皆に会える。
*【カイン視点】
衛兵長室。ここに来るのは嫌だったんだけどな。あいつ頭硬いし。
ヴィルヘルム・ブライト。現在の衛兵長にして、『軍神ヴィルヘルム』として名を馳せた男。
若くしてモンスター討伐の実績を見込まれて王国に衛兵としてスカウトされ、幾多の戦いで目を見張るような結果を残した。
特に彼の名を上げたのは『白竜ディアニシス討伐作戦』の指揮をしたことだろう。一国の存続を揺るがす存在を討伐した実績はこの国では語り継がれることになるだろう。
こいつに会うときは、俺もギルドのトップランカー、カイン・スティールとして会いにいかなきゃいけないんだよなあ。
「カインだ。入るぞ」
衛兵長室のドアをノックし、名乗る。
「カインか。入れ」
中からヴィルヘルムの返事があり、入室する。
ヴィルヘルムは部屋の奥の兵長用のデスクで、窓の光を背に、大量の書類を処理している最中だった。
「こんな狭い所でクソ真面目に仕事なんて、俺だったら死んじゃうね」
「カイン。お前の実力は認めている。だからこそその軽口は直せと言っただろう」
説教くさ。こういうところがクソ真面目なんだよな。ヴィルヘルムは。
「で、何の用だ。よもや雑談ではないのだろう」
「ま、御察しの通りだ。お前に言いに来たことがあるんだよ」
「ほう」
ヴィルヘルムは書類を机に置き、ひとり用のソファのような高級感のある椅子にもたれかかる。
「この前のゴーレム達の侵入、おかしかっただろ」
「というと?」
「モンスターが現れた時の警報装置が壊れていたこと。砲台を出すためのシャッターが閉じられていたこと。誤った情報によって住民の避難が遅れたこと。不自然すぎる」
「それがなんだと言うのだ」
「事件を手引きしていた第三者がいる。そうだろ?」
俺がそう言うと、ヴィルヘルムはニヤリと笑った。
お前も俺と同じように睨んでたくせに。こいつはクソ真面目だが、こういうところは嫌いじゃない。




