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元村人A、繰り返しの日々から抜け出します。  作者: 艇駆 いいじ
第3章 王都ラクシュ騒乱編
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第38話:リリーさん、迷走します。

 また、あの夢で目が覚める。


 私はベッドから体を起こす。寝ている間に汗をかいたのか、背中とベッドがびっしょりと濡れていて、気持ちが悪い。


 今回は今朝のように、過呼吸にならなかった。おそらく自分が気づかないうちに慣れてきているのだろう。


 自分のことを客観視している自分に、自分が一番驚いた、とは少し複雑だがこのことだろう。


 辺りを見ると、外は真っ暗で皆が寝静まっていた。


 ホールにいるということは、アリシアと会った後に私は気を失った後誰かにここに連れてきてもらったのだろう。


「リリー!」


 アランの声が脳裏によぎる。そうか、アランが連れてきてくれたのか。


 アランには凄く情けないところを見せてしまった。アリシアに言い返せずに剣を抜き、子供のように「暴力」という手段を用いたのだ。


 やはり私はあの頃から何も変わっていなかった。


「お前は弱い。」



 条件反射のように、アリシアの事を考えるとその言葉が脳内にフラッシュバックする。なまくらな刀で腹を何度も刺し、何度も抉られるような鋭い痛みを覚える。


 全て私の自業自得だった。


 アリシアを見た時にすぐに気づいた。彼女はこれまでの人生で、相当厳しい鍛練を積んできているのだなと。


 彼女が立っている姿は、何かオーラを感じさせる。一朝一夕ではない。何年もの努力が積み重なった結果だ。


 それに対して、私はこれまで努力なんか一度だってしたことはなかった。毎日を自堕落に過ごし、「好きなこと」だけをする享楽的な日々を送り、勇者であることの使命など一度たりとも考えたことはなかった。


 今、彼女と私では歴然の差がついている。それは、一生かけても、これまでの何倍も努力しても取り返しがつかないほどの差だ。


 そうなったのも、彼女に弱いと言われたのも全て私がのうのうと生きてきたせいだ。


 シンシアだってそうだ。私が彼女にしたことは絶対に取り消すことは出来ない。彼女は今までの十年もの間、私を恨んで、恨んで、恨み続けて生きてきた。


 それなのに私は身勝手で、傲慢ごうまんにもシンシアにしたことを反省している振りをして心の片隅に置いただけで、何度も同じことを繰り返して来たのだ。




 すべて、自分が今までやってきたことが自分に返ってきている。それだけの話だった。




 だがその事を考えようとすると先ほどのように胃がキリキリと痛くなり、体の内側から拒否反応が出る。自分で蒔いた種が成長し、私を取り込んで大きくなろうとしているだけなのに、だ。


 こんなようではもうひとりの勇者ーーアリシアに申し訳がたたない。


 もうひとりの勇者?


 その瞬間、私の中にひとつの悪しき考えがある湧いてきた。消そうとするが、全く消えない。


 振り払おうと顔をブンブンと振るが、頭から離れる気配すらない。


 ……この考えはダメだ。


 やめろ! やめろ! やめろ!


 ……こんなことは忘れなきゃ。


 やめろ! やめろ!


 ……こんなことしたら本当に。


 やめろ!


 ……ラクシュにも勇者が、アリシアがいるということがわかった。


 ……それならわざわざ私が勇者である必要なんてないじゃないか?


 ……パーティの皆は非力で軟弱な私より、アリシアについて行って魔王を討伐したほうがいいんじゃないか?


 ……その方が皆の為になるし、合理的で幸せじゃないか?


 私はベッドから降りた。


 夜の街は真っ暗で人はひとりも外に出ていなかった。


 完全なる、静寂。その中には私の靴がコツン、コツンと音を鳴らしているだけだった。


 夜警くらいなら、歩いていそうなものだが。私はそのまま歩んでいく。


 街灯に照らされると、わたしの影がひとつ、出来た。


 光があって、私がいないと存在できないのに、影は何かから抗っているように見えた。


 必死に何かを訴えかけようとしているその影は、「ここから出せ」と言っているようだ。


 気にせず、先に進む。


 門に辿り着くと、火が門を照らす。揺れながら、その命を少しずつ減らしていく。


 門番くらいはいるかと思ったが、誰もいなかった。先程まで誰かいた形跡はあるが。


 通りかかろうとした時、門番たちが身だしなみを整えるためのものだろうか、鏡があり、その中の私と目があった。


 「あれ……私って……」


 「こんな顔してたっけ?」


 自分の顔を触ってみる。確かに自分の顔だ。しかし、粘土で作られたように、人間に兼ね備えられている感情の機微のようなものを全く感じられない。


 でも……この顔は。


 私は鏡に映る自分の顔にうっとりとした。


 この粘土で塗り固められたような、私の顔は。




 あの夢の中のモザイクみたいで、美しい。




私はホールを出て、夜の闇に消えた。


*(アラン視点)


 食事は豪華絢爛ごうかけんらんという言葉が相応ふさわしい、フルコースだった。食べたことのない肉、野菜、魚はもちろん、それらがプロのシェフたちによって芸術品にまで昇華されている気がして感動した。


 風呂は大浴場。10×10メートルの広い風呂がいくつもあって、それぞれの枠によって炭酸風呂だの硫黄だの種類が違った。


 一気に50人くらい入浴していて、それでも伸び伸びと足を伸ばして体を温めることができた。


 まさに贅沢三昧と言った感じだ。


 カインの方に目をやると、彼は白いバスローブを着用して腰に手を当て、脱衣場を出た先の売店で買ったビンのコーヒー牛乳をゴクゴクと飲んでいた。


 ビンの中の液体が少しずつ喉へと流れていって、カインの喉が動く。コーヒーの豆の香りが鼻腔びこうをくすぐる。一気飲みすると、ぷはぁ、と息を吐く。


「美味いっっ。やっぱり風呂上がりはこれに限るぜ!」


 満足げにそう言うと、ビンを指定のゴミ箱に入れて戻ってきた。


「随分美味しそうに飲んでたな」


「おう。アランも飲んだほうがいいぞ」


 俺は遠慮しておいた。何故なら周りは貴族や国の重鎮たちばかり。カインのコーヒー牛乳一気飲みは異質なもので、完全に周りの人間の注目を集めていた。


 そこで俺が追撃すれば服装がラフすぎるアンド育ちが良くないふたり組みたいな構図が完成してしまう。あくまで上品にだ。上品に。


「カインさん、その服はどこかで買ったのか?」


「これか? これはバスローブ。部屋のタンスの中に入ってたぞ?」


「え? この国ではタンスの中にそんなの入れるのか?」


 俺が生まれ育った旅館で言うところの、浴衣みたいなものか。



「これ凄いから着てみろ。肌触りはもちろん、どんだけ引っ張ってもちぎれないんだよ! ちょっとやってみるか!」



 そういうとカインは袖を引きちぎろうとし始めた。


「やめろぉぉぉぉぉ!!! アンタがやったらどんだけしっかりしてても千切れるわ!!」


 冒険者ギルド最強の男がバスローブをビリビリにしようとするのを必死に止める田舎者。


 周りの人々の目にはそういう風に映り、見事に服装がラフすぎるアンド育ちが良くないふたり組像が出来上がった。



「やべ、飲みすぎたな……」


 王都ラクシュを夜の闇と月の静かな光が包む。俺は王城客室の一室で睡眠に入っていたが、目が覚めてしまった。


 カインのコーヒー牛乳がどうしても羨ましく、俺は結局風呂上がりにガブガブ飲んでしまったのだ。



 さらにカインが面白がって売店の前にあった魔道具、『癒し人形』を気味が悪いからという理由で俺に買って渡してきた。



 何やら軽い回復魔法を持続的にかけてくれて、快眠になるということで喜んで受け取ったが、暗闇の中で目が光る。怖い。



「トイレって廊下で共用だったよな。個室にないのが不便なとこだな……」



 俺がトイレに行く理由はふたつ。ひとつは用を足すこと。もうひとつは、この人形をトイレにおいてくるためだ。



 捨てるんじゃない。一晩トイレを癒してもらおうかなって。うん。



 ジャージの上にタンスの中から発見したバスローブを羽織って眠っていた俺は、癒し人形を持って廊下に出た。


廊下をしばらく歩く。夜のためライトがぼんやりと付いているが、明るかった昼間と比べるとその違いは一目瞭然だ。



「……ここどこだ」



 完全に迷子になってしまった。同じような部屋に同じような配置。まるで迷路のようなその廊下に慣れない俺はフラフラと歩き、元いたところが分からなくなってしまった。


「冗談だろ。完全に田舎者じゃねえか」


 眠気も少しずつ覚めてきて、焦り始める。別に焦るようなことではないんだが、田舎者だと思われるのは嫌だ。しゃくに障る。


「ダメだ。観念しよう」


 ギブアップ。どこまで行ってもどこまで行っても眼前に広がるのは部屋、部屋、部屋。元いたところから確実に遠ざかっているというのは言えることだ。



 すると、視線の先にメイドさんが見えた。廊下の先と先なので25メートルほど距離は離れているが、どう見てもあれはメイドさんだ。



「しめた! あの人に道を聞こう」


 夜だからバタバタと走るのは避けて、少し早歩きになってメイドさんを追いかけた。

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