第36話:元村人A、教わります。
「ふー、かなりくたびれたー!」
俺は腕を上にグッと伸ばし、全身で息を吸う。王城内で散々肩身の狭い思いをしたのだから、外で体を存分に伸ばす権利くらいはあるだろう。
現在、カインと城下町を視察するために王城の外に出て、青空の元、空気を吸っているところだ。
「呑気なもんだねえ。城下町がどうなってるか見に行こうっていうのに」
何故かカインにバカにするように笑いながら言われる。
「あなたさっき城下町を観光するって言おうとして視察って直してたでしょ」
バレたか、とカインはニヤリと笑う。まったくこの人は……。
「お久しぶりです、カインさん」
目の前から銀髪に白い服の少年がカインに話しかける。
「よぉ。元気してるか?」
「お陰様で。君はさっきの会議に参加してたよね」
笑顔で俺に接してくる。なんだこの好青年は。かなり親しみやすい。
「僕は衛兵の聖騎士、レイウス・ベルモンド。レイって呼んでくれ。」
聖騎士だと!? なんだそのカッコいい職業は! と思わず叫びたくなるがグッとこらえて俺も自己紹介する。
「えーと、元村人Aの手品師、アラン・アルベルト。アランって呼んでくれよな……」
ダメだ、同じ形式で自己紹介したのに経歴が俺の場合最悪だ。くっ、なんでこの出会って一分もしないのにこんなに差を付けられているんだ。背も俺より少し高く、好青年で聖騎士だと!? 何を食べたらそうなるんだ!?
人生で何度目かの、激しい劣等感をむしゃぶりつくほど味わった。
「おっと、悪い。用を思い出したわ。先行っててくれ」
カインはくるりと方向転換して、王城の中に入っていった。
「え!? ちょっとカインさん!?」
「アハハ、カインさんはああいうところあるから。嫌いにならないであげてくれ」
「まったくだよ……。嫌いにはなれないんだけどさ」
強いし、命の恩人なんだけどいかんせんテキトーなんだよなあ。
「ところで、カインさんとどこか行く予定があったのか?」
「いや、城下町を視察に行こうって言われたんだけど誘った本人がどっか行っちゃったからな」
「カインさんの事だから観光にでも行こうとしてたのかな」
レイは笑いながら話す。この完璧銀髪聖騎士、なんでもお見通しってわけか。
「それで、どうする? 城下町に行くなら案内しようか?」
「どっちかと言うとパーティのメンバーと打ち合わせをしたいから、南のホールに行きたいんだよなあ」
「奇遇だね。僕もそこに行こうと思っていたんだ。よかったら一緒の馬車に乗らないか?」
「喜んで。色々話を聞いてみたい気はするしな」
レイと俺は馬車に乗り、ホールへ向かうことにした。
*
レイの手配のおかげで、スムーズに馬車に乗れた。行きにカインと乗っていたやつだ。15分くらい移動するので、馬車に乗れるのはありがたい。
「気になるんだけど、聖騎士ってどんな職業なんだ?」
俺はレイに尋ねる。俺は手品師だから、何か就任条件みたいなのがあるならそれを達成してそっちに乗り換えてしまいたい。
「聖騎士はラミア教の敬虔な教徒である一族のみがなれる職業なんだ。無力な人を守るためのスキルを覚えられて、近接戦闘向きかもね」
「ということは俺は無理だな。で、ラミア教って言うのはレイが信仰してる宗教か?」
俺がそう言うと、レイは不思議そうな顔をした。何かまずいことを言っただろうか。
「知らないのかい? この大陸では一番メジャーだと思うんだけどな」
「え? そうなのか?」
「うん。逆にアランは何を信仰してるんだ?」
「うちは村の近くの山にいる土着の神様を信仰してるなぁ」
なんとか様、みたいな名前の、山にいて村を守ってくれる神様だった気がする。
「なるほどね。結構田舎の方から来てるんだ」
「田舎者でござる……」
「あ、そういう意味で言ったんじゃなくて!」
レイがあたふたとする。ストレートに言って、語弊(ごへい)を恐れないタイプなんだろう。
「聖騎士は生まれた時点で主神で時と慈愛の女神のラミア様からの愛を受けているから、そのぶん誇りと責任が重いんだ」
レイはそう言って自分の剣を鞘さやに入れた状態で持ち、見つめる。その目には強い覚悟を見た。
「俺はレイから見れば異教徒ってわけだけど、尊重してくれるんだな」
「俺が信仰してるラミア教のアルダビ派は多神教で、異教徒にも愛を持って接するように説いているからね」
「アルダビ派?」
聞いたことのない単語に思わず聞き返す。
「あぁ、宗派のひとつさ。昔にラミア教は宗教会議が何回かあって、考え方によって宗派が別れたのさ。この国ではアルダビ派が正統なんだ」
「なんか色々難しいんだな」
「人口が多いからね。そのぶん過激な考え方も増えてきている」
凄く人気のある宗教であることはよく分かったが、そういう弊害も出てきてると思うと、宗教というのは難しいものなんだなと思った。
「ところで、君のパーティにはエールの勇者がいるって聞くけど、本当かい?」
「エールの勇者?」
リリーのことを言っているのは間違いないんだろうけど、エールの、ってつくのがよくわからない。
「知らないのかい?」
レイはそう言うと何やら説明し始めた。
エールとラクシュ。かつてそこにはふたりの英雄がいた。ラクシュにはアリシアの先祖の総討帝ラクサル・アクストール。そして彼のライバルこそがエールの英雄、バルザスター・オーリエンだ。
ふたりは共に高め合うライバルだったとされ、最終的にはバルザスターが魔王を倒し、世界平和をもたらすが、彼はその力を認めて勇者を名乗ることをラクサルに許したという。
よってそれからエールの勇者は不断の努力によってラクシュの勇者に恥じぬように修行するというのが伝統なのだそうだ。
「知らなかった。勇者はリリーだけじゃないのか。」
「そういうことだよ。ところで、あの人がそのリリー様かい?」
レイが目線で方向を俺に伝える。そちらを向くと金髪の少女と黒髪の少女が話をしている。間違いなくリリーとアリシアだ。