第33話:セシアさん、雑談します。
私はついさっき目を覚まし、周りの状況を把握している。
ここは周りを見てみるにラクシュの都民の体育館である第三ホール。天井が仕切られていないめ、二階の窓の下に「三」と書かれている看板が見える。
「よ、目が覚めたかよ」
隣のベッドから話しかけられる。紫色の髪を長く伸ばし、露出の多い服を着ている。寒くないのだろうか。
「起きた」
「そうか。ボケっとしてるから魂でも抜けてるのかと思ったぜ」
どうやら彼女はお隣さんであるようだ。腕組みをして、足を広げてベッドの上で座っている。
「ここは……?」
「見りゃわかんだろ。第三ホール。重軽傷者が休むところだよ」
なるほど、私は怪我人としてホールに入れられていて、休んでいるというわけか。
ということはパーティの皆はあのゴーレムを倒すことが出来たのだろうか。誰も欠けることなく。そしてあの少女は、ニーナは助かっただろうか。
「オレはアンジェラ・バルサム。これでも魔法使いの端くれだ。これも何かの縁だ、よろしくな」
「セシア。よろしく」
アンジェラは女なのに一人称はオレのようだ。
「簡素な自己紹介だな。アンタも魔法使いなんだろ?」
「そうね」
返事をすると、アンジェラは髪を掻き始めた。
「……むず痒い!」
「……シラミ?」
「違ぁぁぁう!! アンタ言葉数少なすぎなんだよ!! もっと自己開示せんかい!!!」
アンジェラはさらに髪を掻くペースを早めた。私にはそれが何故かよくわからなかった。
「おっと、取り乱したな。悪い悪い。」
とりあえず自己紹介は済んだので外に出よう。ベッドから降りようとする。
「おいおい、アンタどこ行くんだよ?」
「パーティに会いに」
「って、言ってもよ。体ボロボロじゃねえかよ。やめとけって」
私はその時自分の体を始めた見た。火傷で爛れていた手はグルグルと包帯が巻かれ、足も包帯だらけだった。恐らく骨は折れていないが、今立ち上がれば痛みが走っていただろう。
「セシアよー。もうちょっと休んどけって。その傷じゃ動けるまで一週間くらいかかるだろうよ」
どうやら自分が思っているよりこの傷は酷いらしい。医療の進んだクレイア国に負けずとも劣らないこのユマ王国の治療を持ってしてもそれだけ時間がかかるのだから。
「オレも結構怪我しちゃったみたいでよ。話し相手になってくれよ」
「どこを怪我してるの」
「へへん、どこだと思う!?」
アンジェラはもったいつけてくる。体をよく見てもどこが怪我しているのかはわからなかった。
「怪我してない。不法滞在」
「んなわけあるかーーー!」
全力で拳を上げて突っ込む。うるさい。
「ま、難題を出したのは私だから非は私にあるんだけどな」
そういうとアンジェラは足を指差した。
「筋肉。魔法の使いすぎでな」
魔法で筋肉の断裂をするという話は聞いたことがない。多少の体への負担はあるが、断裂するほどの激しい衝撃は戦闘によってでしかありえない。
「なんでって顔してるな。私の魔法のせいなんだよ」
アンジェラは怪しげな笑みを浮かべ、口に指を一本立てて当てる。「しー」というやつだ。
「私の一族、バルサム家が代々使う魔法は『魔力増強』なんだ」
魔法使いの一族は血縁によって使える魔法が似通っている。そのため、いつごろからかはわからないが「一つの魔法スキルを極め、継承していく」傾向が出来てきた。
アンジェラが言うことを聞くに、バルサム家の場合、それが『魔力増強』であったわけだ。メジャーな家柄だと攻撃系の魔法スキルを伝えていくパターンが多いのだが。
「その仕組みなんだが、魔力は血液に溶けているっていうのは知ってるか? 血液量に比例しないことも。」
「知ってるわ。」
「『魔力増強』は血液に溶けた魔力を分裂させて無理やり増やすスキルなんだ。」
つまり、血液内の魔力を分裂させて、強制的に密度を高くすることで魔力量を多く見せるスキルというわけか。
「でもそんなことをしたら体に影響が出る。」
「ご名答。無理やりやってるわけだから体にダメージが出る。魔力の場合、内臓にダメージが入ったり、酷ければ筋肉が断裂したりする。」
これはその弊害さ、とアンジェラは足をさする。体を犠牲にして高い魔力の値を出す。体力を魔力に変換しているとも換言できるだろうか。
当然コントロールや制約は一族で伝えていかなければならない。そのため彼女の一族では継承されているのだろう。
「このスキルは我が家の伝統みたいなものだけど、擬似的になら誰でも使うことができるんだ。セシアなら一ヶ月くらいで習得できると思うぞ」
ハハハ、とアンジェラは自虐的に笑う。しかし家を掲げた魔法使いにとって魔法スキルとは追究していくものだ。アンジェラが言うような一朝一夕に極められるのものではない。
「ま、難しい話が続いちまったけど、今はダラダ……体を休めようぜ」
「今ダラダラって言おうとした」
「なんでそういうところだけ鋭いんだよ……」
アンジェラは困った顔をして頭を掻く。髪はしなやかで、清潔に手入れされているのにどうして頭を掻くのだろうか。
「セシアはよ、パーティの仲間とかいるのか?」
「リリー。」
「なんだそのリリーっていうのは? 犬の名前か?」
「リリアーヌ・オーリエン」
「それ隣の国の王様の娘だよなぁ!?」
そうなのか。初めて知った。確かに彼女は高貴なオーラが漂っているというか、食事の作法だったりが綺麗で、苦労を知らなそうだと思う。
「……それから?」
「アラン」
「……そいつは王族なんじゃないだろうな?」
「ううん。ただの村人って言ってた」
「意味がわからねえ……。なんでお嬢様と村人が一緒に冒険してんだ……」
確かにまだ聞いていなかったが、アランはどうしてリリーと出会ったのだろう。彼は計算が得意だからそこから仲良くなったのだろうか。
「次!」
「……セーニャ」
私は帽子を取り外し、中にいるセーニャを抱え上げる。
「とうとう人間ですらなくなったぁぁぁぁぁ!!」
セーニャは退屈そうに欠伸をする。アンジェラのことなど御構い無しだ。
「もうわけわかんねえや。やっぱり変な奴ら同士ってのは惹かれ合うんだな」
アンジェラは降参とばかりにベッドに倒れこむ。
「皆、変?」
「セシアも大概だぞ……」
その時、セーニャが私に言った。
「一週間後、またゴーレムたちが来る」と。




