第3話:元村人A、モンスターと戦います。
朝が来た。昨晩は不安な気持ちでよく眠れなかった。出来ることならこのまま目覚めることなく過ごしてしまいたいが、そうもいかずに起きることにした。
顔を洗おうと思い眠い目を擦りながら洗面所へと歩いていると、玄関の扉ををトントンと叩く音がし、低い声が聞こえた。
「アランよ、いるか?」
恐らくこの村長の声だろう。返事をして玄関の扉を開ける。
「おはよう。アラン」
「おはようございます」
いつもはニコニコと笑っていて、村民たちにも人気のある今年で60歳になるおじいさんである村長だが、今日はその目は威厳に満ちていた。
「今年の生贄の話しじゃ」
「……メアリか」
「そういうことじゃ」
村長は俯いて答える。俺は拳をギュッと握った。
やっぱりか。わかりきっていたことではあるが、改めて宣告されるとその言葉は大きな衝撃として俺に襲いかかる。
「どうすることも出来ないのか」
「すまない。可哀想じゃが……」
どうやら取り付く島もないようだ。
「……メアリをこちらに引き渡してくれるか」
しばしの沈黙の後、本題に入った。
「一日だけでも一緒にいられないのか?」
「……すまない」
「クソッ……!」
思わず声が漏れてしまった。村長が悪いのではない。憎むべきはモンスターなのであって、村長だって好きで生贄を選んでいる訳では無い。
しかし、この感情をどこにぶつければいいのかわからず、俺はただただ拳を強く握りしめることしか出来なかった。
「村長さん。おはようございます」
後ろから声がする。話の張本人、メアリの声だ。
「……おはようメアリ」
村長が挨拶を返す。どうやら本人を前に結論を言い出すのを躊躇っているように見えた。
「お兄ちゃん。私わかってたからいいんです」
「そんなこと言ったって……」
メアリはいつもの表情と、作り笑いでで靴を履き、向こうを向いたまま村長の横に立った。
「仕方ないことです。行きましょう。村長さん」
「……ああ」
そう言ってメアリは村長と共に歩み始めた。一歩、一歩と歩く度に後ろ姿がどんどん小さく、遠くなっていくように感じた。
数歩ほどしてメアリは立ち止まり、こちらを振り返った。
「体だけは大事にしてくださいね。お兄ちゃん」
そう言い残し、メアリは先に進んでいった。
「それだけ……」
振り絞るように発されたメアリのそのたった一言では俺はこれまで彼女と過ごしてきた日々を断ち切れるはずはなかった。
視界が揺れ、霞んでいく。足の力が抜け、膝から崩れ落ちて、俺は日の光を浴びてしばらく呆然としていた。
「……どうやら行っちゃったみたいね」
声に気づき振り向くと後ろにリリーが立っていた。
「……ああ。ついさっき」
「決まっちゃったことなんだから、切り替えて絶対に倒すわよ」
メアリが振り返った時の表情。メアリは昔からしっかり者で、家族や村の友人に迷惑をかけないように涙を流してこなかった。
ただ、今生の別れを告げるメアリのその蒼い目には、零れはしなかったものの、今まで見せてこなかった涙が満ちていた。
「……絶対に勝つ」
俺は先程までとは違った意味で、また強く拳を握りしめた。
*
俺は自室に戻り、押し入れから埃臭くなった剣を取り出した。
「あなた剣なんか持ってたのね」
「実は何度か外のモンスターを倒しに出たことはあったんだ。去年の生贄が捧げられた少し後に」
「ふうん。で、どうだったの?」
「どうしても勝てなかった。村の周りのモンスターと戦っても数分後には命からがら逃げるのが毎回だった」
「王国の周りのモンスターは私でも倒せる程度の強さだったけれど、確かにこの辺りのモンスターは多少強いかもね」
リリーはそう言うと右の手のひらを広げ、胸の前に掲げた。
「ステータス、オープン!」
その瞬間、リリーの手のひらの先にウィンドウが現れた。それは板のようなもので、うっすら反対側に文字が書いてあるのが透けて見える。
リリアーヌ・オーリエン(15)
レベル2
スキル:『連戟』
「なるほど、自分の情報が表示されるってわけか」
「そうよ。私はレベル2ってわけ」
「15歳!? お前俺より年下じゃねえか。敬語使え」
「ええ!? 私の方が年上だと思ってた!」
「何を根拠にだよ。お前の方が背が低……」
バキッ
次の瞬間リリーの強烈な腹パンが飛んできた。
「痛い……」
「いいからあなたのステータスを表示なさい」
「……ステータスオープン」
アラン・アルベルト(16)
レベル0
スキル:なし
「あなたがモンスターに勝てない理由はこれよ」
「俺の方がレベルが低いわけか」
「そう。レベルが上がると当然身体能力が上がったり、様々な恩恵があるのよ」
「つまりその馬鹿力はレベルの賜物ってわけか」
「……また殴られたい?」
「……すみませんでした」
とてつもない殺気を放つリリーに、もう余計なことを言わないことを心の中で強く誓った。
「レベルはモンスターを倒したり、鍛錬することで上がるわ」
「じゃあモンスターを倒しに行くってわけだな?」
「その通り。今から村の外に行ってモンスターを倒してレベルを上げるわよ。私だって明日来るモンスターの親玉を倒せるかわからない」
「ラジャ!」
こうして俺とリリーは村の外に出た。
*
「ギャアーーーーーー!!!」
リリーが涙目になって叫ぶ。走る、走る、走る。俺も必死でそれに着いていく。
後ろを体長一メートルほどのスライムが追いかけてきている。ゲル状の物体で全体的にヌメヌメしていて、目らしいものは見当たらない。緑色と茶色が混ざったような濁った色をしている。しかもすごいスピードだ。
一言で表すならば、おぞましい。
「なんでこんなモンスターが村の周りにいるのよ!」
「知るか! こんなモンスターと今まで俺は戦ってきたんだぞ!」
「素直に賞賛するわ!」
スライムは通った地面を体の液体をヌメヌメと濡らしながら追いかけてきて、俺たちとの着々と距離を縮める。
「まずいまずいまずいまずいまずい!!」
俺は叫びながら走る。お陰でもう体力の限界だ。
「お互い落ち着くわよ。ここで立ち止まってふたりでぶった斬る!」
リリーが作戦を叫んだのを聞き、ふたりでその場で立ち止まる。
「「せーの!!」」
ノンストップで突っ込んでくるスライムの勢いを利用して体の真ん中を剣で真っ二つにした。
飛沫が飛び散り、スライムはふたつに分かれ、しばらく宙に浮いた後、バケツいっぱいの水をぶちまけたように、重力で地面に落ちた。
「やったみたいね!」
「いや! まだだ! 」
ふたつに分かれたスライムの体は地面で動かなくなったと思いきや、ひとつに集まり始め、また元の体を形成し始めたのだ。
「ちょっと! 再生し始めてるわよ! どうすればいいの!?」
「前に本で読んだ! スライムの体の中には生命維持の核があって、中にある小さな水晶のような核を破壊すれば再生しない!」
「その核はどこにあるのよ!?」
「スライムの体内は流動的だから核は常に移動し続けてる!」
「じゃあ要するに……!」
体を再生し、またしても襲いかかってこようとするスライムに俺達は再び剣を構えた。
「スライムの体を……」
「「何回でもぶった斬ればいいわけだ!!」」
考えなしに突っ込んでくるスライムを俺達は再び真っ二つにする。
再生しようとした瞬間、その隙を利用して間髪入れずにスライムをズタズタに切り裂いた。
すると見事スライムは再生せず、溶けだしてゲル状の物体になった。
「どうやら成功したみたいね」
「初めてモンスターを倒せた…」
「それにしてはなかなか筋が良かったじゃない」
「多少筋トレはしてたからかもな。剣を振り回すのも辛くは無かったぜ」
「じゃあステータスを確認してみなさい」
さっき調べたばかりじゃないかと不思議に思いながらもステータスを開く。
レベル0だったのが1に変化している。俺はそれに気づき驚きの声を上げた。
「あ、レベルが上がってる!」
「そういうこと。もっとモンスターを倒してレベルを上げるわよ!」
「わかった!」
小さな一歩だったが、俺にとっては偉大な一歩であるように感じた。リリーには相変わらず届いていないが、戦闘の役にはたてるかもしれない。俺は小さな喜びに身を震わせた。
こうして今日は日が暗くなるまでスライムを倒し続けた。合計で四匹くらいは倒せたはずだ。暗くなるとモンスターの種類も変わり、疲れも出てきたので危険と判断し帰ることにした。
*
「疲れたー!」
バキバキになった体を背伸びで伸ばし、達成感と共に村に到着した。
「疲れてる場合じゃないわよ。部屋で作戦を練るの」
確かに一刻の猶予もない。上手く立ち回れるようにリリーの言う通り作戦を練ることも大切だ。
「あのー、すみません」
色々と考え事をしながらリリーと話していると後ろから村人が声をかけてくる。
「どうした?」
「申し訳ないんですけど、道がヌメヌメしてしまって汚いのでせめて端を通ってもらえますか?」
最初は言っている意味がわからなかった。俺達は互いに顔を見合わせるとスライムのヌメヌメとした飛沫が身体中に付いていることに気づいた。
「……」
「……すみませんでした」
俺達はすれ違う人々に謝りながら道の端を歩いて家路についた。