第31話:元村人A、王城に向かいます。
事件から一晩が経過した。
「災害」とも言えるようなあの恐ろしいモンスター達の王都への侵攻により、王都ラクシュはほとんど壊滅状態になった。
奇跡的に守りを固めた王城だけは大きな欠損がなく、無事今日から再び機能し始めることになった。
俺は特に大きな怪我は無く、シンシアと対峙した後、パーティの皆を運んで、復旧活動や人命救助に加わった。
リリーは特に目立った身体的な外傷は無かったが、精神的に少し参っているらしく、昨晩から休んでいる。
セシアはあと少しカインによる治療が遅ければ後の生活に何かしらの影響が出ていたかもしれないが、幸いなことに特に命に別状はなく、現在は絶賛療養中。
ニーナはどうやら魔力を初めて一気に使い果たしたショックで疲れ果ててしまっているらしく、ベッドでよく眠っているらしい。
現在、俺はたくさんのベッドが並べられた大きなホールの中で一夜を明かして目が覚めたところだ。
40メートル×40メートルくらいの大きなホールで、所狭しとベッドが並べられ、避難者や復旧作業を担う王国の兵士達が休んでいる。
ここは元々は王都の都民が自由に使える体育館であったらしく、男子は第一、女子は第二、治療を受けている人は第三、四ホールを使っているらしい。
三人と連絡が取りたいが、リリーは第二ホール、セシアは第三ホール、ニーナは第四ホールにいるらしく、探し出すのがかなり大変で、そもそも第二ホールは男子禁制だろう。
どうしたものかと頭を悩ませていると、ポンと頭を手のひらで触られた。
「よ! 見つけたぜ」
「アンタは……カインさん」
「よく覚えてたな」
昨日今日で忘れるはずもない。シンシア戦で絶対的なピンチの中颯爽と現れ、俺達を助けた張本人。
王都ラクシュ冒険者ギルドの一位ランカー、カイン・スティールだ。
「そういうこと」
「いや、俺の頭の中を読むな」
どうやらカインには俺が彼の紹介をしているのがバレているらしい。
「調子はどうだ? よく眠れたか?」
「あぁ。お陰様で。カインさんもここで?」
「いや、俺は昨日ゴーレム狩りに疲れてゴーレムの機体の上で寝ちゃったからなぁ」
「自由人だな」
「ハハハ、そう言うなって。今日はお前に用事が有って来たんだよ」
軽く笑ってるけどそれ笑い事じゃないからな。昨日戦ったゴーレムはリリーの一撃がなければ倒せなかったほどの強敵だった。それをあたかも布団みたいに…。
「って、俺に?」
「そうだ。王城へ同行してもらう」
カインがそう言って懐から取り出したの銀色の手錠だった。
「お、俺は何もやってない!」
俺は必死で否定する。
「いや、会議に参加してもらうだけだけど」
「じゃあその手錠は!?」
「……雰囲気作り的な?」
疲れた。俺はこのカインと話すことに疲れてしまった。ちょいちょい入ってくるボケに対応するのが大変だ。と言ってもいちいち突っ込んでるのも俺なんだが。
*
王城は、この王都ラクシュの北にある。
俺とリリーが入った門は南の方。ホールもその近く。ギルドはやや中央よりだがそれでもまだ南の方。
そこからさらに北に進むと中心街は住宅がたくさん並んでおり、そこが今回特に大きな被害を受けた。
そして、王都に住む人々の何百棟という家々を超えると城下町。俺達がこの前買い物した商店街よりもはるかに栄えている。
それを超えるとようやく王城に辿り着く。それほどまでに大きな都市なのだ。ラクシュは。
おまけに、そんな広範な土地を、三十メートルを超えるような城壁が守っている。
どっからそんな予算出てきたの? と疑問に思いギルドの人に聞いてみたところ、かつてモンスターからの襲撃が多かったこの都市は、何百年も前の、国王ではなく皇帝がいたという頃に作り上げられたという。
伝説的な英雄ラクサル・アクストール。その他にも数々の偉業を成し遂げたらしく、『総討帝』と呼ばれて今でも親しまれているそうだ。無論、ラクシュという名前がラクサルから来ていることは言うまでもない。
「アラン、あれ見てみろ! 鳥だぜ! 鳥!」
「だから何なんだよ……」
そんな歴史的背景のある街を、俺は今カインと共に馬車に乗って進んでいる。自分の名前はさっき教えた所だが、かなり速いペースで話しかけてくる。しかも内容がどうでもいい。
戦ってる時は無口でクールでカッコいい人みたいな印象を受けたんだけど、話好きの兄を持った気分だ。楽しそうに話しかけてくるから悪い気はしないけど。
「俺今でも無口でクールでカッコいいよな!?」
「だから俺の思考を読むな!」
俺は馬車の中から空を見上げる。ああ、青い空だ。どこまでも青く、雲一つなく澄み渡っている。そしてその空に輝く太陽が今馬車で通過している橋の下を流れる川に反射して眩しい。
王都の倒壊した建物たちを見る。無残にも瓦礫だけになり、元の形など跡形もない。そしてそこに一羽の白い鳥が悠々と空を飛ぶ。なんというか、自由だ。自由だけど寂寥感がこみ上げてくる。
だと言うのに……。
「アラン。俺は腹が減った。」
「さっき食べてただろ!」
籠に囚われた鳥になった気分だ。そうだ、俺から話題を振ればいいんだ。
「カインさん、これから王城に行って何するんですか?」
「ん? だから会議に参加してもらうんだよ」
「会議ってどういう?」
「昨日の事件について、国の偉い人が集まって報告会するんだよ」
要するに国の今後の方針や、復興について話し合う会議ってことか。カインも重要人物のひとりであることは間違いないだろう。
「いや、なんで俺?」
一行で矛盾しているじゃないか。俺は有識者でも偉くもないんだが。
「お前にはあの女の子について証言してもらうんだよ。最初からいたんだから」
なるほど。シンシアについて報告するのに、途中から参戦したカインだけでは不十分であるというわけか。
「おっ、そろそろ着くぞ」
カインは馬車から顔を出して外を眺める。俺も同じようにして外を見た。
圧巻の大きさだ。王都ラクシュで最も大きく、偉大な建物。街で見てはいたが、真近だとこんなに大きいのか。
白のレンガで作られており、様々な輝かしい装飾がされている。これが王城だ。高さは50メートルは優に超えているだろう。
「でかっっ!!」
「ニシシシ、ガキみてーだな」
「アンタもさっきはしゃいでたよね!?」
門を超えて、馬車の降り場に到着する。
30分ほど馬車に乗っていたので少し感覚が狂ったが、しっかりと歩くことが出来た。
「あたたたた……」
「しっかりしろよー? もうすぐ会議だからな」
カインは余裕綽々で会場に向かう。門の前に立つ兵士に話しかけようとした時だった。
「カイン・スティール」
後ろから女性の声がする。
振り返ると、短い黒髪を揺らし、鷹のような黄色い目を鋭くさせる目つきの悪い少女が立っている。着ている鎧は黒で、下はスカートに鎧が組まこまれている珍しいものだった。
「今日も鍛錬か。お嬢さん」
カインは軽口で返事をする。
「そのお嬢さんというのは止めるように言ってるんだがな」
少女はムスッとした表情でカインに文句を言う。
「で、君は?」
少女はそのまま俺に話しかけてきた。
「俺はアラン・アルベルト」
「ふむ。聞いたことのない名前だな。他国から来た有識者か?」
「いや、違う」
まずい、このパターンは。
「そうか。というと今回の事件で何か功績を立てたとか」
「……瓦礫撤去とか?」
瓦礫撤去は功績に入らないですかね? 入らないですよね。ハイ。
「……じゃあ強い冒険者とか」
「……気持ちは一番」
俺は汗を流しながら答える。
「なんなんだ君は! 部外者じゃないか!」
「部外者だよ! 門外漢だよ! 連れてこられてるの!」
「ストップストップ」
ふたりがヒートアップしたところをカインが間に入って止めてくれた。
「俺が連れてきたの。今回の事件について話させるんだよ」
「ほう。カインが連れてきたのか。失礼な事を言ってしまったな。すまない」
少女はしっかり自分の非を認めた。律儀なやつだ。
「……俺も悪かった。で、君の名前は?」
「アリシア」
「アリシア・アクストール」
少女は自分の名を名乗った。まてよ、アクストール?
「おお、言い忘れてたな」
カインが口を挟む。
「彼女はラクサル・アクストールの子孫で、この国の国王の娘、アリシアだ」
国王の娘……だと!?




