番外編2 ポーラさん、名探偵になります。
「ディテクティブ!」
赤髪で、茶色の探偵帽に探偵っぽい茶色のコート、左手にはキセルを持ったひとりの少女は右手を斜め上に上げ、ポーズを取りながら独白する。
「この世界にはふたつの謎がある!」
「ひとつは解ける謎!」
「もうひとつは……」
「解けない謎だ!」
決め台詞を言ってまたポーズを取る。この稚拙と言うのに申し分のない言葉を放つこの少女の名はポーラ・フォメイス。御年15歳。
彼女が探偵を志したのは十年ほど前のことだ。
「ポーラは将来何になりたいの?」
「たんてい!」
彼女の母、レイラ・フォメイスは紅茶を飲みながら娘に聞く。しかしレイラもまた若干抜けてるタイプの女だった。
「探偵か〜。なんで探偵にしたの?」
「刑事や鑑識と協力して誰も解き明かせない難事件に立ち向かって、被害者や遺族の無念の気持ちを晴らしたいから!」
「あー、さっき読んだ本に書いてあったやつね」
名探偵ドダン。当時ポーラがこの話をする直前に読んでいた本のタイトルだ。美少女探偵がうっかりミスで五歳児の幼女になってしまい、その見た目だけで事件解決する物語だ。
「わたしドダンになる!」
「うーん、ドダンって確か犬の名前じゃなかったかしら」
「じゃあ犬になる!」
「それも良いかもしれないわね〜」
ツッコミが追いつかないので先に行かせてもらおう。それからかれこれと時が経ち、無事彼女は自称名探偵となることが出来た。そして今日も王都ラクシュでは事件が起きる。
『湯けむり王都ラクシュ殺人事件!』
「『被害者はレミスさん。年齢不詳、職業不定無職。昨晩のどっかでギルドの宿屋内で何かしらの力で死亡』っと……」
「いやプロファイリング雑すぎるだろ……」
ポーラがメモ帳に事件の概要…と言えるのかすらわからないような文章を書いていると、ひとりの男がツッコミを入れる。
「旦那。あなたも容疑者のひとりなんですぜ。口出しはやめていただきたい」
ポーラは真面目な表情で男の前に手のひらを出し、制止するポーズを取る。
男の名前はアラン・アルベルト。彼もまた容疑者のうちのひとりであった。
「いややってないし……。というかレミスって幽霊なのに死ぬとかあるのか……」
「口出しはやめていただきたい!」
至極真っ当な指摘に思えるが、ポーラは再び口出しに対して声を強めた。
「容疑者の名前を点呼します!」
「旦那! アラン・アルベルト」
「やってないんだけどな……」
アランは困り果てた表情で言う。
「アネゴ! リリアーヌ・オーリエン」
「私も違うわよ!」
こちらはどちらかと言うと怒っている表情に近い。
「アネゴ! セシア・ウィズド」
「いや既にアネゴ被っちゃってるし」
「口出しはやめていただきたい!」
セシアは全く無表情を貫いていたが、アランが気になってしまい口を出す。
「メアリちゃん! メアリ・アルベルト」
「名前が二回登場しちゃってるじゃねえか!」
「だぁぁかぁぁらぁぁ!! 何回口を出してきたら気が済むんですかアナタは!!」
アランはツッコミを抑えられず、ポーラは持っていたペンをへし折り、怒り始める。某吸血鬼のように立った状態で大きく体を仰け反り、最高にハイであることを現しているようなポージングだ。
「ていうかほとんど旦那で確定ですよね!? しつこいし! やったんでしょう!?」
「やってねーよ! 完全に私怨で捜査しちゃってるよ!」
ポーラとアランがいがみ合っているとリリーが挙手をした。
「アランは違うと思うわ。私とアランは昨日の夜はふたりで夜市に遊びに行っていたのよ」
夜市。王都ラクシュの南の市場は月に一度、夜市を開く。普段のお店はもちろん、夜遅くまで遊べる出店が出ていたり、飲食店など、夜でも楽しめるイベントが開かれていたのだ。
「夜に男女がふたりきりで外出ねぇ」
「「怪しげに言うんじゃない!」」
言葉のあやだ! とリリーとアランは強調する。
「で、ふたりで夜市で何してたんです?」
「うーん。露店でゲームをしたり、旅に必要な道具が安くなってないか見たり……」
リリーは思い出しながら説明をする。すると顔がパッと明るくなる。
「あ! 露店のクレープが美味しかったわ! おいしくてもうひとつ追加ってなって!」
よほど美味しかったのかリリーは楽しそうな表情で昨晩のクレープの話を始める。
「『ついカッとなって』……?」
「違ーーーーーう!!!」
ポーラはとんでもないことを聞いた、というような表情を浮かべるが、聞き間違いレベルの発言である。
「えー、コホン。そちらの魔女っ子アネゴは行かなかったんですね?」
ポーラは矛先をセシアへと向ける。
「昨日は疲れたから行かなかったの」
「そうは言っても、夜市のふたりはアリバイがあるばい。でもあなたにはありませんからね……」
「今お前方言みたいなの入ってなかったか?」
ポーラは瑣末なことのために人生における大きな物を失ってしまったと自覚した。
「……して、メアリちゃんは?」
後味が悪くなったからか、曲げた矛先をさらに捻じ曲げてメアリの方へ向かわせる。
「私はたまたま用事があってラクシュに来たら兄にばったり会いまして。違う宿屋に泊まってました」
「というか、なんで違う宿屋のメアリも連れてきたんだ?」
アランから指摘が入る。ポーラの顔に焦りが見て、ダラダラと汗が流れる。
「いや……その」
「そもそも容疑者って何をもって容疑かけられてるんだ俺たち?」
「……容疑者っていうか……。私の知り合いっていうか?」
ポーラの口からとんでもない爆弾ワードが出る。
「え!? お前の知り合いっていうだけで容疑者として集められたってことか!?」
「まあ……他に人が集められなかったというか。」
「「「「…………」」」」
沈黙。それがこの一室を完全に支配していた。
その時、そんな沈黙を破る存在が現れた。
「おはようございます。兄貴たちは何やってるんですか?」
現れたのは死亡したと聞かされたゴーストキングのレミスだった。
「え!? あなたなんで生きてるの!?」
「何でって……というか生きてないし」
「だって脈も打ってなかったわよ!?」
「いや俺元々死んでるし」
再びこの空間を沈黙が支配した。
「ということは……」
アランが呟く。
「要するに……」
セシアが呟く。
「ポーラの……」
リリーが呟く。
「単なる……」
メアリが呟く。
「……勘違い?」
最後にポーラがバツが悪そうに呟く。
「「「「ポーラぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」
「すみませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!!」
その大声の影響で、部屋に組まれていた防音の結界が破壊され、ギルドは倒壊した。
皆が救出されることは……多分なかった。




