第23話:元村人A、名前を付けます。
目に付いた適当な食堂に入った俺達はテーブル席に案内され、セシアとリリーサイド、俺と少女のサイドに別れた。
今日は朝からマジナ村から出発して、ギルドによって、そのまま少女を買ったのでちょうど昼飯にいい時間だった。
「ちなみに俺たちっていくらくらい持ってるんだ……?」
少女にとりあえず栄養を取ってもらうために店に入ったが、そもそもお金が足りないんじゃないかと思い、戸惑う。
パーティの全財産であるごちゃごちゃのセシアの財布の中の貨幣を数えると、一万ギルほどあることがわかった。
セシアが三千ギルぶん食べるだろ。俺とリリーとこの子が合わせて三千ギルぶん食べるとすると、残りは四千ギル。
あ、これ野宿だわ。
ここまで辛うじて避けてきた野宿がとうとうここで来てしまったか! と俺は頭を抱えそうになったが、隣の初めての光景にドキドキしていると言わんばかりの少女の目を見るとそんなことはどうでもいいと思うしかなかった。
「で、何頼むんだ? 俺はカレー」
「私はカツ丼かしらね」
「……カツ丼とカレーとチャーハン」
カツ丼だのカレーだのという食べ物をフランクに注文して大丈夫なんだろうか。とどこからともなく疑問が降り掛かってきた。俺の世界ではそれが当たり前なんだよ、と頭の中でその声に返事をする。
「何が食べたい?」
俺は少女に聞く。少女は困惑したようで、どうすればいいかわからず謎にあたふたと動いたあと、観念したのか小さく呟いた。
「カレー……」
「オッケー。じゃあ注文するか」
少女は呟いた後も何やら落ち着かずにもぞもぞ動いていた。どうしていればいいのかわからないのだろう。しばらく様子を見てあげよう。
しばらく待つと注文した料理が運ばれてきた。作りたての料理であるため湯気が上がっており、香りも食欲をそそる。
「さ、食べましょ」
「「「いただきます。」」」
少女はどうすればいいかわからず困惑しているので、俺が手を合わせる動作を見せる。少女も真似をして手を合わせた。
「……いただきます」
恐らく普段人と一緒に食事をとらないのだろう。分からないのも無理はない。
少女は皆が食事を取っている様子をじっと見ている。皆でテーブルを囲んで、暖かい食事を取るということ自体が初めてなのだろう。見守ることにした。
ふたりの真似をしてをスプーン手に取り、カレーをすくい上げる。
「熱いからふーふーして食べるのよ」
リリーはユミル村で身につけた箸の作法でカツをつまみ上げ、ふーふーと息を吹きかけ、出来立ての口の中に運び、美味しさにほっぺを抑える。
少女も同じように息を吹きかけて口の中にカレーライスを入れ、もぐもぐと咀嚼する。
「……おいしい」
ハッと目を見開いて、少女はまた小さく呟いた。彼女にとって初めてのこのスタイルの食事は成功だったようだ。
その後は黙々と四人とも食事を進めた。セシアはどうやって俺たちと同じタイミングで三人分の食事を終わらせているのか、俺はいつも気になっているが今回もそのカラクリはわからないままだった。
「おいしかったー!」
リリーは満足とばかりに椅子にもたれかかる。
「「「ごちそうさまでした」」」
三人でまた手を合わせる。今度は少女は困惑することなくすぐに手を合わせて呟いた。
「……ごちそうさまでした」
「うんうん。さてと、ねえあなた、名前は?」
ようやく少女が空間に溶け込めてきたところでリリーが聞く。
「……27番……。です」
リリーの表情が少し変わった。この少女は名前を与えられず、番号で呼ばれていたのだ。まるで囚人のように。
「じゃ、あなたの名前はニーナね」
「ニーナ?」
「27番なんでしょ。可愛い名前だと思わない?」
27だからニーナ。俺には安直すぎる気がするが。
「あのなぁ……。そういうのは本人の意思があると思うんだが」
「ニーナ」
少女はまた小さく呟いた。
「嬉しい……です」
その言葉を聞いてリリーはニヤリと笑った。
「じゃあ決まりね。ニーナ、行くわよ!」
リリーはニーナの手を引いて店の外に出て走っていく。
「くっ、会計はしとけってことか」
共用の財産だから誰が払っても同じだが、なんかムカつく。
「合計四千八百ギルです」
「さっき走っていった金髪は食い逃げなのでカツ丼の分は引いておいてください」
と言ってリリーを衛兵にでも差し出してやろうと思ったが、全力で耐えた。
*
店から出て街を歩いていると、美容室の大きな窓からリリーとニーナが見えた。
「さぁ、ニーナの散髪代を出しなさい!」
リリーが美容室のキッズスペースの玩具の剣を俺に向けて出迎えてくる。ニーナは髪が長く、ボサボサだったのでちょうどいい。
「……お前を食い逃げにしなかった俺を褒めてくれ。」
「……アランもしかして疲れてる?」
「お前のせいだよ!」
店員さんに二千ギル渡して、残りは二千ギル。
しばらくして髪を切って店の奥から出てきたニーナは前髪がさっぱりと切られ、後ろ髪は綺麗に整えられ、ポニーテールになっていた。
先程まで髪で隠れていた目はしっかりと見える。ピンク色で、髪を切って光が入ったせいか、気持ちの変化か、先程よりも目を輝かせている。
美容室の外に出ると、ポーラが通りかかった。
「旦那ぁー! お久しぶりっスー!」
「ポーラ。今日もゴシップか」
「そうっす! スクープの匂いがするので!」
ポーラはいつものように謎のポーズを取りながら俺と会話をする。声がというよりポーズがうるさい。
「おや?」
ポーラはニーナに気づき、体を屈める。
「かわいい〜! ギャンかわですねー!」
「ギャンか……なんだって?」
二ーナの髪をわしゃわしゃと撫で始める。未知との遭遇に、ニーナは完全に怯えている。
「ニーナはあんまり人になれてないんだ。勘弁してやってくれ。」
俺はポーラを静止する。
「あぁ! そうなの!? ごめん、ニーナちゃん」
「……大丈夫……です」
ニーナは目を大きく開いて前にいるポーラを見つめる。嫌がってるわけじゃ無さそうだ。
「あれ、ニーナちゃん服がボロボロっすよ? 何か買ってあげればいいのに!」
確かにニーナは奴隷の服装のままだ。靴だって履いていない。
「今二千ギルしかないんだ……」
俺達パーティの心もとないお財布事情をポーラに打ち明けた。多分今暗い顔してるな、俺。ただ、確かにニーナをこのままにするのは心が痛い。
「そうだ! ちょっとニーナちゃん借りますね!」
ポーラはそう言うとニーナを連れてどこかに走っていってしまった。
「誘拐された!」
*
五分ほど経過し、あと五分して帰ってこなかったら衛兵に被害届を出そうと話していると、ふたりが帰ってきた。
「見てくださいよ! ニーナちゃん可愛すぎでしょ!」
ポーラがそう言ってニーナの肩に肘を置く。
ニーナは先程までのボロボロの服装とうって変わり、白いブラウスにチェックのスカート、茶色いブーツを履いて現れた。
「凄いな。それどうしたんだ?」
「かっぱらってきましたよ旦那!」
「返してきなさい!」
危ないやつだとは思っていたがとうとう盗みまでしたのかこの女。金輪際ニーナとは関わりを持たせないようにしよう。
「そこつっこむ所ですよ。私のおさがりですって」
ポーラはやれやれとばかりに手を広げ、首を振りジト目でこちらを見てくる。
「うっ、これ俺が悪いのか……?」
「ま、日頃のごあいこってことでその服はニーナちゃんにプレゼントしますから。じゃ」
「あ……」
ポーラが立ち去ろうとするとニーナは何か言おうともごもごする。
「ん? どうしたの?」
「あ……りがとう。ポーラお姉ちゃん」
「うんうん。じゃあね」
ニーナがポーラをお姉ちゃんと呼んだだと……?
こいつらいつの間に仲良くなったんだ……!
とちょっと悔しい俺でした。