第22話:元村人A、奴隷買います。
行方不明者全員の救出に成功した俺達は元々の報酬金五万ギルからどんどん上乗せした報酬がギルドから出たため、一瞬にして20万ギルという大金を手にした。
「人生楽勝だぜ!」
俺とリリーとセシアは浮かれ顔でギルドから出た。無論、セシアはいつもの無表情でだが。
「っていってもセシアがいなかったら今頃私達文字通りお陀仏よ。セシアに感謝しなきゃね」
「そうだな。今日は好きなもの食べていいぞ」
「……じゅるる」
セシアはうっとりとした表情になる。普段は何を考えているか分かったものではないが、こういう時は思いっきり表情に出る。
飲食店の通りに行こうとすると、金属のチェーンが石造りの道に当たる音が聞こえる。
「足を止めるんじゃないぞ!」
後ろで大人の男の低い叫び声が聞こえる。思わずビクッとしてしまった。
振り返ると、足に鉄球を付けたボロボロの服を着た少年少女が列になって道を歩いていた。
皆裸足で、先ほどの声を上げた男を始めとする何人かの大人に引き連れられて歩き続けている。
「奴隷か」
奴隷。子供の奴隷だ。恐らく無産市民などの貧乏な大人達が子供を売ったりしたのだろう。この国では奴隷の売買が行われているのか。
「ねえ! なんであの子達はあんなにボロボロにされて歩いてるのよ!」
リリーが興奮しながら叫ぶ。
「奴隷は子供のうちから働かされるんだよ。将来的に貴族に買われて働かされたり、女だと結婚相手になるんだ」
恐らくリリーは奴隷を見たことがないのだろう。元々王族のお嬢様だから知らないのも無理はない。
「人が人を買うなんておかしいわ!」
「別に奴隷だからって買われた瞬間主人から虐待されるなんてことはないんだぞ。ちゃんと人間として扱われるのが普通なんだ」
「でも、恋愛の自由や自分の人生を生きる自由もないなんておかしいと思う」
リリーは頬を膨らませて怒っている。それがリリーの中の倫理観なんだろう。自由が保証されていない奴隷達は貴族に買われて、生きていく。そこに幸せはあるのだろうかと俺も少し考えてしまった。
その時だった。鞭のような音が俺の耳に入った。
奴隷の中のひとりが地面に倒れている。奴隷商人だと思われる男が鞭を打って起こそうとしている。
「おら! グズが! 起きろ!」
鞭はヒュンと風を切り、乾いた音で、倒れている奴隷の肌を傷つける。
奴隷はボサボサの銀髪で、顔は見えない。地面に倒れてほとんど動かない。
奴隷商人は次々と罵声を浴びせ続ける。聞くに耐えないような言葉と、傷だらけで血が滲んだ手のひらが俺の中の何かを刺激した。
「頭きた。行ってくる」
リリーが現場に行こうとしているので、俺はリリーの手を取って、止めた。
リリーは怒りの表情を上手く抑えようと必死だったが、このまま行かせれば商人を殴ってしまうかもしれない。
その間にも鞭の音が鳴り響く。
奴隷の方を見たその時だった。長く伸びた髪の間から、目が見えた。
涙で潤った、恐怖している目だ。
「助けて」
と訴えかけているように見えた。
その瞬間、俺の中で何かがプツリと音を立てて切れた。
「その奴隷を売ってくれ」
俺は気づくと奴隷商人の目の前にいて、交渉を始めていた。
「なんだアンタは。正式なルートを交渉してもらえると助かるんだがね」
奴隷商人は困った顔でこちらを見ている。
「金ならある」
俺がそう言うと、商人は何やら考え始めた。
「そうだなァ。こいつは一番役立たずとはいえ、女だ。百万ギルは出してもらわないとなァ」
百万ギル。今回のクエストで手に入れたのが20万ギルで、所持金は九万ギル程度。合わせても百万に満ちるはずはなかった。
「どうした? 出せないのか? なら、下がってもらえると嬉しいんだけどね」
男はニヤニヤとし始めた。払えるわけがないとわかっていてこの金額を吹っかけてきているのだろう。
リリーはくっ、といい歯がゆそうな表情で男をただ睨みつける。
「……ある」
セシアがローブの下から財布を取り出した。
「アラン、使って」
セシアは俺にふたつ財布を差し出してきた。この前のパンパンになった財布とそうではないふたつだ。
新しい方の財布の中を開けると、白金貨が七枚入っていた。
「セシア……こんな大金、いいのか?」
「昔から使ってなかった。セーニャが今使えって」
どうやらいつもの黒猫のセーニャのお墨付きらしい。有り金の殆どを使い、奴隷商人に百万ギルを支払った。
「これでいいんだろ?」
「ふん、まいどあり。好きにしな。そんな役立たず」
奴隷商人は不機嫌そうな表情で去っていった。そして俺達の目の前には解放された奴隷のみが残った。
「まさかセシアがあんな大金を持ってたなんてな……」
「ほんと、よくわからないものね……」
俺達はふうと息をつき、改めて目の前の少女を見た。
背はメアリと同じ百四十センチメートルほど。だが栄養が取れていないのか、体はやせ細っている。先ほど見えた瞳はピンク色で、今はボサボサで長く伸びた銀色の髪で見えなくなっている。
「さてと、まず何からしましょうか」
リリーが少女を怖がらせないように笑顔で言う。
「とりあえず、立てるか?」
俺がそう言うと、少女は足をプルプルと震わせながら立ち上がろうとする。
「あ、いいよ。無理するな」
俺は屈んで少女に背を向ける。
「おんぶだ。飯食いに行くぞ」
「てりゃー!」
何故か横からリリーが乗ってきた。
「うわ重っ! お前なんか持ち上がるわけあるか!」
「重いって言うな!」
リリーは俺に拳骨を入れた。何か今の衝撃で大事なものを忘れているかもしれない。そういう痛みだ。
「なにするんじゃい!」
「あなたがレディーに重いとか言うからよ!」
「事実を述べたまでだ!」
俺とリリーはバチバチと揉め始めたが、奴隷少女がいるのを思い出し、アイコンタクトで和解した。
俺達は元奴隷の少女を背中に乗せて、適当な飲食店に入ることにした。




