第20話:元村人A、ゴーストバスターします。
幽霊は人型で、皆表情が読み取れないのが共通点だ。服は結構バラバラで、先ほどのように白いワンピースの幽霊もいれば、マジナ村の村人のような服を着ているものもいる。
それが、のそのそとこちらに歩いて向かってきているのである。
普段の俺たちなら武器を持って応戦できるが、俺とリリーは武器なしのまったくの丸腰で外に出てきているため、戦闘は難しいどころか全く用無しであると言える。
そもそも剣が幽霊に当たるとも思えないので、ここはセシアに任せることにする。
「セシア! 頼んだ!」
「……『ゲイン』」
魔法使いのセシアは光魔法のスキル、『ゲイン』を発動した。
セシアの目の前に光の球体のようなものが現れ、少しずつ大きくなっていく。
そしてある瞬間、それは爆発的に大きくなった。俺達はそれを眩しいとは思わなかった。むしろ心地よい光だと感じた。モンスターに対してのみ効く攻撃なのだろう。
光を浴びた幽霊は煙のように体がスッと消えた。一体消えると、また一体、また一体と見る見るうちに消滅し、目視できる限り幽霊は一体もいなくなった。
光は最大の大きさを数秒キープすると急速的に縮小し始め、実質光っていたのは10秒よりも短かっただろう。長時間照らすには向かないが、それでも強力な効果は得られるようだ。
「さっきのでわかった。あれはモンスターだ」
俺は感じたことを口に出した。
スキルの魔法が効くのだ。つまり対処する方法がある。特定の出現地域がないだけで、モンスターと言っても過言ではないだろう。対抗手段が見つかっただけでもかなり大きな一歩であると言える。
「つまり、モンスターであるということは親玉がいて、それを退治すれば脱出できる可能性が出てくる」
「なるほど……。それでは親玉モンスターを探しに行けばいいという訳だな?」
ジェイドの言う通りだ。むしろ倒し続ければ親玉の方から足を運んでくれるんじゃないかと思っている。
俺達は方針を定めて適当に歩き始めた。
やはりこの霧の中ではだだっ広い謎のスペースを歩くしかなかった。どこまで歩いても何も無い更地だ。もはや歩く必要さえ感じなくなってしまう。
「お前らか!?」
前方から気味の悪い高い声が聞こえる。高いと言っても、これは男の声だとすぐにわかった。
すると目の前に影が現れ、俺と同じくらいの身長の青年が現れた。
緑色のその髪は伸びていて、左目が隠れている。目は完全に死んでいて…。ここでの死ぬというのは疲れていそうな目という意味である。やる気を感じず、目の下に真っ黒な隈が出来ている。
体格はヒョロヒョロとしていて、黒いマント付きのローブを着ている。
「お前が親玉か?」
「いかにも。我が名はレミス。ゴーストキングだ」
「いや人間にしか見えないんですけど」
「ゴーストキングだ! 間違えるな!」
レミスは大声で怒り始めた。どう見てもヒョロヒョロした人間にしか見えないが、こいつも後天的に知性を付けたタイプのモンスターだろう。
「お前の目的はなんだ!?」
「魂だよ。人間の魂を集めて最強になり、実世界の王として君臨する」
ゴーストキングというからに恐らく奴にも実体はないのだろう。魂を集めることとレミスが最強になることになんの関係性があるのかは分からないが、あいつの野望に巻き込まれて魂を抜かれるのはまっぴらだ。
「お前達、やれ」
レミスが指を鳴らすと、どこから現れたのか、わらわらと幽霊達が現れ始めた。何十体といるだろう。
「せいぜい気をつけるんだな! そいつらに捕まると魂を抜かれるぞ!」
レミスは高笑いをしながら言う。
「ゲ……」
「おっと、そうはさせない」
セシアが詠唱しようとした瞬間、レミスがジャンプしてセシアに襲いかかった。
レミスの手には闇のようなものが纏わりついていて、恐らく闇魔法の類であると推測できる。
レミスは手刀を剣のように横に振り、セシアは間一髪で一歩後に退き、姿勢を低くすることで回避した。
が、すぐさまレミスは体勢を変え、蹴りを繰り出した。当然足も闇を纏っている。
蹴りはセシアの横腹を捉え、セシアは蹴られた方向に大きく吹っ飛び、転がった。
「おっと、誰が俺に実体がないって言った?」
確かに幽霊たちに実体はなかった。しかしこいつはゴーストキング。実体があっても何の不思議もない。
「じゃあ実体があるってことね?」
レミスがセシアを蹴り飛ばした反動で地面に両足をついて、隙が出来ているのを見て、リリーは走り出して蹴りを入れた。
しかし、その蹴りは虚しく、風を切っただけだった。
「残念。あるとも言ってない」
リリーが動揺して立ちすくんでいると、レミスは魔法でか、手に闇の玉を出し、リリーの腹にぶつけた。
リリーは後方に勢いよく飛ばされた。おそらく闇魔法で、闇の玉を出し、腹にぶつけたタイミングで爆発させたのだろう。
すでに二人が大ダメージを負ってしまっている。残るのはジェイドと俺だけだ。
ジェイドの方を目配せすると、今度はジェイドもいなくなっていた。
「お探しなのはこいつかい?」
レミスは最初にいた地点に既に戻っており、足で何かを踏んでいる。
それは間違いなくジェイドで、彼は両手両足を闇のロープのようなもので縛られており、腹ばいになって地面に倒されていた。既に動くことは出来なそうだ。
「お前が一番賢そうだからお前以外は全員始末した。なあ、取引をしないか?」
レミスはニヤニヤしながら俺に話しかける。
「取引?」
「ああ。この魔法使いの命を差し出せば、お前ら三人は解放してやるよ」
レミスはさらに続ける。
「幽霊たちを光魔法で消されたのは痛いからな。この女を始末させれば、お前達は無害だから解放してやってもいい」
「断るに決まってるだろ」
「おいおい。ここで全員死ぬか、ひとり死なせて三人生きるかの選択肢だぞ」
「だからおかしいんだろ。そもそもお前の行動に合理性が無さすぎる。セシアとジェイドだけ棺桶に入れて俺とリリーは入れなかったり、そんな質問をしてみたり」
「それがなんだって言うんだよ。うっかりミスかもしれないだろ?」
「いいや。明らかにお前は人間を恐怖させようとしている。俺がセシアを見捨てる選択肢を選んだら結局全員殺すんだろ」
レミスの表情が暗くなった。
「下趣味な奴だな。人が怖がっているのを見て愉悦に浸るなんてな」
「……うるさい」
レミスは小さく呟いた。
「人間風情が 俺の楽しみをコケにしやがって!」
レミスは怒りで叫び、ハアハアと息を荒らげる。
「俺がさっきのように質問をして、仲間を見殺しにしなかったパーティはいない」
レミスは静かに語り始め、さらに続けた。
「仲間に裏切られた衝撃で涙するひとりと、自分たちだけが助かる喜びに満ちた表情をする残りの連中を、全員始末するのがたまらないんだ」
「功利的という名目があり、安定した立場になった所から一転、目の前のひとりと同じ恐怖を味わうことになって顔を歪めるのが……」
「最高なんだよ」
レミスは恍惚とした表情で上を見上げた。
「下趣味だな。弱者を痛ぶり、悦に入る。外道じゃねえか」
「……。気が変わった。お前から殺してやる」
レミスは怒りの表情で髪をかきあげ、こちらを見た。
「今だ!」
「『ゲイン』」
「何っ……!?」
俺がレミスの気を引き付けているうちにセシアは光魔法を準備していた。スキルを発動させ、ノータイムで光の玉が目の前に現れる。
「頼む……!」
俺は天に祈った。目の前が光に包まれる。これでレミスを倒せれば後は雑魚だけだ。
しかし、光が消え、その先にはレミスが敢然と立っていた。
「残念だったな。俺には光魔法スキルに対する耐性がある」
「嘘……だろ?」
レミスは素早くセシアの方に駆けていき、頬を殴った。
セシアは気絶したようで力なく倒れ、レミスは彼女の髪を掴んだ。
「おい! 気絶されたらつまらないなぁ!」
光魔法が効かない。
それではもはやなす術もない。
万事休す。か。
「いいね。その表情がたまらなく好きだ」
「じゃあ、さよなら」