第18話:元村人A、怪異に巻き込まれます。
村に到着してからもう三日が経過しようとしていた。
ジェイドと別れ、ホテルの部屋を確保した後、村人を中心に話を聞いたり、村周辺に人が迷子になりそうな場所がないか探したりしていたが、一向に変化はなかった。
特に村人から話を聞いていた時は、ほとんどの人が行方不明事件について知ってはいたものの原因については皆目見当つかず、といった感じでジェイドの話から新たな進展はなかった。
それから、ジェイド自身もかなり調査をしてくれているようで、彼の村人の聞き込みは日頃から村人に接しているからこその深いものとなっていた。さらに、そこからいくつか考察を話してくれた。
ただ、そんな調査も結局手がかりなしで終わる毎日であった。
そんなこんなで今日も一日が終わり、日が暮れた。
俺達三人は今日は村の近くの洞窟を調査しに行ったが、人の入った形跡どころか動物もいなかったため、なんの手がかりも無しに帰ってくることになった。
「今日も成果なしか。あと探してない所なんかあるか?」
俺は手を頭の後ろに回して、道に落ちていた小さめの石を蹴りながらふたりに聞いた。
魔物も近くには見えないので、かなり気を緩ませながら村への道を歩く。
「もうほとんどないはずよ。どこにいるのかしら」
リリーはお手上げだとばかりに首を振った。
クエストを受注してしばらく経つ。もしどこかに遭難しているとしたら、体力的にそろそろ見つけないと危ないだろう。
「だよなあ。ここまで見つからないとなると……」
言いかけて、やめた。ポーラから聞いた噂話、『不思議な世界』の事を思い出したのだ。リリーがまた怖がったら面倒というのもあったが、憶測で語ると変な方向に話が進んでしまうからだ。
そんな話をしていたら村に到着した。今日は宿屋でしっかり食事をとって休もう。ここからが正念場だ。
そう思った時だった。歩いている俺の横には古臭い祠があった。
「ん? なんだこれ?」
木で作られていて、高さは三メートルくらい。かなり埃臭く、建てられてから百年くらい経っているんじゃないかと思うほどそれはボロボロで、ひっそりと道の脇に立っていた。
「なあ、こんなの今まであったか?」
「なかったわ。おかしい。今日建ったってわけじゃ…なさそうね」
リリーも明らかに異変に気がついていた。
「セシアは何か気づいたことはあるか?」
俺がセシアに声をかけた。が、返事はなかった。というか姿もなかった。
「あれ!? セシアがいなくなってる!?」
「む、村に戻ったとか?」
確かに不思議ちゃんのセシアなら蝶を追いかけて村に戻っていることはありえる。というかほぼそれで確定なんじゃないか。
俺達はそのまま歩いて村の中に入っていった。
が、村の中にはセシアどころか村人が一人もいなかった。
辺りはすでに暗くなっており、人が家屋にいるなら明かりが扉の隙間や窓から漏れていたり、食事の際の賑やかな声が聞こえたりするだろうに、それらが一切ないのだ。
「いったいどういうことなんだ……?」
意味がわからない。祠はまだ説明できるかもしれないが、村人すらもいなくなっているのはどう考えても説明がつかない。
気がつくと空中に霧が湧いてきていた。それは先ほどまではなかったもので、目に見えてどんどん濃くなっており、数分ほどすると周りはほとんど見えなくなった。
月も雲によって隠れており、俺達が頼りに出来るのは雲の切れ間から少し光が漏れている程度の小さな月の明かりだ。
村に入ってからのこのたった数分間で大きく状況が変化している。
まず、祠が突然立っていた。それに、祠を見つけた時は夕方だったはずなのに、祠について考え始めた頃にはすでに暗くなっていた。日が落ちるのがどう考えても早すぎる。不自然だ。
そして村の中では村人は一人もおらず、濃霧が辺りを支配している。
ここから導き出されるのは、というよりそう考えると全てに合点が行く回答は。俺が持っている答えはたったひとつだ。
「……不思議な世界?」
「ヒィィィィィィ!!」
リリーが悲鳴を上げながら俺をビンタしてきた。バチッと乾いた音が立つ。痛い。
「言わないでよ!!」
「しょうがないだろ! それしかなさそうなんだから!」
リリーは涙目になり始めている。つい熱くなってしまったが、こんな所で揉めている場合ではない。霧はどんどんと濃くなってきている。リリーと喧嘩してもどうにもならないしホテルに戻るべきだ。
「とりあえず、部屋に入ってから作戦は考えるぞ!」
俺達は周りが見えない中記憶を頼りにホテルへと向かった。
*
ホテルの部屋に戻ったが、フロントには誰もおらず、相変わらずセシアは見つからないままだった。
一先ず休憩することはできる地点となりそうだ。
「これからどうする? 外に出て探索するとかは無理そうだぞ?」
「わかんない! アランが考えて!」
どうやら完全にパニックになっているようだ。リリーは焦った時などたまにポンコツになる。こういう時こそ俺が冷静にならなければ。
今外に出るのは危険。モンスターに襲われないとも限らないし、霧で迷子になったらそれこそ戻れなくなってしまう。今日は寝て、明日を待つのが得策である。
問題は、セシアの安否と不思議な世界の脱出方法だ。
早いところセシアを見つけないとフラフラとどこかに行ってしまっている可能性がある。そうなると再会すら出来なくなってしまうかもしれない。
そして、俺達はこの世界から脱出する方法を知らない。こういう都市伝説類いにはあらかじめ対処法があるのがベタだが、そういう話はいっさいポーラから聞いていない。手探りだ。
それに、オカルトを除いて現実的に考えても、三日以上この世界から出ることが出来なくなったら食糧の問題も出てくる。
「よし! リリー! 今日は宿屋で眠って、明日からセシアと、脱出の方法を探すぞ!」
「わ、わかったわ」
落ち着いていない様子だが、今日はゆっくり休んでもらわないと明日からの行動に影響が出てしまう。
俺達は身支度を整えて、すぐにベッドで眠りについた。体力はなるべく大事にしたいからだ。
今日は寝るとして、起きてからが大変だ。まずは動揺しているリリーを落ち着かせながら村の中を捜索しないとならない。突発的に霧が出てきたことから、そもそも明日霧が止むかどうかすらわからない。
霧がやんでいなかったらどうする。リスクを冒してリリーを連れて外に歩くか。俺ひとりでは大変だがリリーを連れていくと…
俺は頭の中でずっとぐるぐると思考を練っていた。恐らく一時間ほど経っていて、まだ眠れていない。
「ねぇ……」
リリーの声がする。か細い声で、後ろに立っているようだ。
「どうした?」
俺は振り返って返事をする。
「窓が……」
リリーは泣きそうになりながら窓を指差した。
俺が体を起こして確認しようとすると音が聞こえる。
コンコン。




