第16話:元村人A、調査に行きます。
俺は命を懸けたリリーへの弁解によって奇跡的に一命を取り留めた。
「いててて……。助かった」
「助かったじゃないわよ。まったく」
リリーは呆れ顔で俺の横を歩く。今、今日のクエストを受注するためにギルドの階段を降りている。
「セシアも、このクズが入ってきたら怒らなきゃダメよ!」
「クズ呼ばわりかよ……」
扱いひどすぎるだろ。村人Aからクズに成り下がってしまった。というか俺が進んで入ったみたいに言うんじゃない。
「別に気にしない」
セシアはいつもの無表情で足元を見ている。階段を踏み外さないようにかと思い、セシアの足元に目をやると、ちょこちょこと黒猫のセーニャが階段を降りていた。
セーニャは器用に前足と後足を動かし、危なげもなく階段を降りる。慣れているのだろうか。
「セシアは何考えてるかわからないなあ……」
リリーはもう降参だとばかりにため息をついた。まあその気持ちはわからないでもない。
「今日はこれにしない?」
掲示板に到着し、今日のクエストの張り紙に一枚一枚目を通していると、リリーがそのうちの一枚を俺に見せてきた。
「どれどれ…『洞窟探索。ランク2、洞窟内の調査を希望。報酬二万ギル。違約金はその半額』か。なんでこれにするんだ?」
「洞窟って楽しそうじゃない?」
リリーは目を輝かせて俺に言う。子供心を忘れていないやつの、純粋な好奇心の目だ。
「あのなあ……。遠足じゃないんだぞ」
期待しているリリーには悪いが、洞窟の中は湿っていて、環境が悪いため病気を貰ってくる人が多い。それに不衛生な生物が多い。
「じょ、冗談に決まってるでしょ!」
リリーは紙を俺の手から取り上げ、壁に貼り直した。が、どうやら強がっているだけのようで、その目はがっかりしているのがよく見て取れた。
するとセシアが俺の肩を叩く。
「どうした?」
振り返るとセシアは一枚のクエストの紙を差し出してきた。
「これか。『ランク1。行方不明者『リカード・ミスティア氏』の捜索。マジナ村周辺で行方不明。報酬五万ギル』」
五万という数字に食いつき、紙を読み進める。
『ギルドで見たと言えば一週間宿屋無料、食事付き。報酬は結果次第で追加します』
なるほど。そういうことか。
つまりこのクエストは時間がかかるが行方不明者の捜索をするだけでしばらく宿泊費、食費を節約できる。かつ報酬も多めに貰えると言うわけか。
「これはいいな。リリー、これに……」
リリーを呼ぼうと目をやると、リリーはさっき自分で貼った壁にある洞窟の依頼を寂しそうな顔で見ている。
こいつ……引きずりすぎだろ。
少々心は傷んだが、なんとかこの依頼を受けることにした。
「目的地のマジナ村はここから少し離れてるから二時間くらい歩くわね」
「まあ飲み物とか買っておけばあとは村の方で調達出来るんじゃないか?」
ギルドの外に出て、ラクシュから出るために街を歩いた。
「旦那ぁー!」
聞き覚えのある声がして振り返ると情報屋のポーラが手を振って駆け寄ってきた。
「ポーラか。久しぶりだな」
「旦那、今日はどこかクエストですかい?」
ポーラは首を傾ける。
「ああ。調査でマジナ村の方にな」
「マジナ村ですか! ちょうど良い! 面白いニュースが入ってますよ!」
ポーラは足を開き、胸の前でピースをした。
「いくらだ?」
「フレッシュとはいえ噂話ですから、千ギルでどうです?」
「いいだろう」
俺はもしかしたらゴシップが好きなのかもしれない。クエストに有益な情報を得られるかもしれないと理由をつけて、単に好奇心で千ギルを支払う。
「毎度あり!」
ポーラは千ギルである銀貨をポーチに入れ、ニコニコしている。
が、表情を一変させて暗い顔になった。
「実は、最近マギナ村の周辺で不気味な現象が起きているんですよ……」
「ぶ、不気味な現象?」
リリーは何故か動揺して話に食いついている。
「夜に村の周りを歩いていると……」
ポーラは一歩前に踏み出し、リリーに近づく。リリーは動揺を隠しているが、肩がビクッと動いている。
「不思議な世界に吸い込まれるんです……」
「ふ、不思議な世界?」
リリーはガタガタと震え始める。
「その世界に行くと二度とこの世界には戻ってこれないそうですよ……!」
ポーラはポーチから懐中電灯を取り出し、下から顔を照らした。
「キャーーーーーー!!!」
リリーは恐怖に耐えられず叫んだ。周りの目が痛い。
「ただのオカルト話じゃないか……。本当にそれ信憑性あるのか?」
「あくまで噂話ですから。でも最近実際マギナ村周辺の行方不明者が増えているそうなんですよ」
現に俺たちが受けたクエストも行方不明者の捜索だしな。
「ま、早めの時期の怖い話ってことで受け止めておくよ」
「そうしてもらえるとありがたいっす〜!」
ポーラは笑顔に戻り走って去っていった。
「さ。いくか」
俺が歩こうとするとリリーが腕を掴んできた。
「リリー?」
「ね……? まだ間に合うわよ……? 辞めましよ……?」
「セシア。行こう」
俺はリリーを引きずって行く作戦に切り替えた。こいつに構っていると日が暮れる。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ! 何でぇぇぇぇ!!」
リリーは子供のように地面に倒れ俺に引きずられる。
観衆の目が痛く、年端の行かない子供を連れているようで恥ずかしいのでさっさと歩くことにした。
そしてそのままの足で王都ラクシュから出た。
「ううううう………」
数分たって、リリーはとうとう諦めて涙目になって歩いていた。
「ただの怖い話だろ。気にするなよ」
「怖いものは怖いもん!」
「あ、そうだ」
「なんなのよアラン。忘れ物? 帰る?」
リリーが目を輝かせるが、残念ながら帰らない。
俺にはひとつ、試したいことがあった。しかし場所を取るので広い外でなければ出来ないのだ。
「実はこの前レベルが上がったからスキルを覚えたんだ」
「へえ、どんなスキルよ」
「俺も初めて使うんだが、セシアを見て俺も火の魔法が欲しいと思ったんだ」
「あなたそんな戦闘系のスキル習得出来たかしら?」
スキル習得は才能が深く関わっており、俺は凡人すぎて漫才のようなスキルしか習得できない。
しかし、スキルの名前にはきちんと「ファイア」と入っていたので、期待してスキルポイントを使用して習得したわけだ。
「いくぜ、離れてろよ」
充分に距離をとった後、スキルを使うことにする。
「『ファイア・フラワー』!!」
次の瞬間、俺が前に出した手のひらの前に、赤い炎の球体の塊が出来て、数秒激しく光り輝き、空に打ち上がった。
ドーーーーン
大きな音を立てて空に色とりどりの火でできた花が咲いた。
「……」
ふたりはボーッと花火が消えた空を見つめていた。コメントに困っている。
「ふっ、また花を咲かせてしまったな……」
「戦闘で役に立たないじゃないの!」
リリーが大声でつっこむ。よかった、これでスルーされたらどんな気持ちでこれから彼女達と冒険を進めていけばいいのか分からなくなるところだった。
『ファイア・フラワー』は要するに……。まあこういうスキルだった。




