第11話:元村人A、買い物をします。
冒険者ギルドを後にした俺達はクエストのために道具を揃えることにした。
「そろそろ目的地の市場に着くはずだ」
「初めてだから楽しみね!」
リリーは庶民的な文化に触れたことがない。市場に行くのも初めてなので先程から時々足がスキップぎみになっている。
「焦るなって。もう見えてきてるぞ」
俺が指さした先には、市場があった。
市場は商店街のようになっており、道の左右にはたくさんの商人たちが店を構えている。片側二十店舗はあるように感じる。
通りを歩く人々は立ち並ぶ店を見ては、気になった商品があれば店員と話して購入したり、世間話を楽しんでいる。
購入者が歩けるスペースは充分あり、その中を人々が練り歩く。まさに活気に溢れている。
「で、私たちは何を買うのかしら?」
子供のようにキョロキョロと通りを見回して、リリーはどの店に入ればいいのかと考えているようだ。
「まずはなんと言っても薬草だな。それから少し見てみて便利なものがあればそれもって感じか」
現在の所持金はもともと持っていた10万ギルからここまで支払った一万六百ギルを引いた八万九千四百ギル。
パーティには回復役の人間がいない。まずは危険な状態になった時に身の安全を最優先できるようにしたい。
「とりあえず道具屋を探そう」
市場の中に足を踏み入れ、人混みを肌で体感することになった。スムーズに歩かないと後続の人が詰まってしまうのでなるべく左右を見ながらにしないと、戻れなくなってしまう。
が、思ったよりすぐに道具屋は見つかった。まあこの店の数だから見つからないはずもなかったのだが。
「いらっしゃい」
店にはひとりの老爺がいた。額には年齢を感じさせる皺が刻み込まれており、髭を携えている。
露店であるため彼の後ろにはぎっしりと商品が置かれていた。
「冒険に出たいのですが、薬草はありますか?」
「ああ。あるとも。おふたりはカップルか?」
どうやら老人は気さくなタイプらしい。
「やだお爺さん、カップルだなんて……」
「違います。勘違いしないでください」
俺がきっぱりと否定するとリリーがキッ、と怒りの表情になった。なんでこいつが怒ってるんだ。俺にはさっぱり理解ができなかった。
「そうか。それなら冒険に便利なセットがあるぞ」
「というと?」
「怪我を治す薬草、毒を治す解毒草、麻痺を治す痺抜草が全て三枚セットになっておる」
回復のアイテムが揃えられているのは非常に心強い。
「それだけあれば困らなそうですが、持ち運びが大変そうですね」
「心配はいらぬ。魔道具の『圧縮袋』があればこの中に入る時だけ中の道具は縮小されて、軽くなるからの」
そういうと老人はポーチのような腰につけるタイプの袋を後ろから取り出した。これが『圧縮袋』なのだろう。触らせてもらうと、すぐに壊れるような作りではなく、邪魔にもならなそうだ。
「買った。二つでいくらですか?」
「サービスして二万ギルでどうじゃ?」
これだけ便利ならば二万ギルでいい買い物が出来ているだろう。すぐさま商品を金貨二枚と交換した。
「それから……何か戦闘で便利な道具があればください」
何か補助系のアイテムがあれば買っておきたい。
「せっかくじゃ、これをサービスしよう」
店員は俺に一枚の札を渡した。
「これは?」
「起爆札。この札が近くにある状態で『点火』と言えば爆発する魔道具じゃよ」
「……取り扱い注意だな」
「大丈夫じゃ。この保護シールが上から貼られている間は言っても爆発せん」
よく見ると薄い透明なシールが上から貼られている。これがある限りは誤爆はないということだ。簡単に剥がせそうで、邪魔にもならなそうだ。
早速圧縮袋を装備し、起爆札を入れて上機嫌で店を出た。
ほんの数分だったので、店の外では相変わらず人々が道を練り歩いている。
「よし、次は武器でも見に行くか?」
「私たち剣しか使わないわよね?」
「補助用の武器がないか見に行くんだよ」
パーティは遠距離攻撃に強くないので、飛び道具があればぜひ欲しい。それにリリーは剣を使うのに申し分ないが、俺は手品師なので、何か使い勝手のいい武器があれば欲しいのだ。
武器店は道具屋の反対なので、邪魔にならないように一気に道を突っ切り、武器屋に入る。
しかし、どうやら先客と店員の男がなんだか大きな声で話している。揉め事のようだ。
「お客さん、杖が一本で千ギルだよ?」
「そう」
「それをお客さんは二本買うんでしょ?」
「……五百ギル?」
「だーかーらー!!」
どうやら店員が興奮しているようだ。喧嘩になる前に止めなければ。
「店員さん、ちょっと落ち着いてください」
「……あ、ああ。すまなかった」
客と店員の間に俺が手を挟んで諍いを止めると、店員は落ち着いたようで、頭を軽く下げて礼を言ってきた。
「……」
客の方を見てみると、少女だった。
つやつやとしたピンクに近い赤色の長い髪に、オレンジ色の瞳。背はリリーと同じくらいだが、なんと言っても特徴的なのは服装だった。
それは黒い魔女のとんがり帽子に黒のローブ。黒のブーツを履いて困った顔で立っている。
「えーと、君の名前は?」
「セシア」
目の前の魔女っ子はセシアと名乗った。やけに口数が少ないのは、警戒しているためかと思い名乗ることにした。
「俺はアランで、この変なのがリリーだ」
「変なのじゃないわよ!」
揉めているふたりを落ち着かせようと割って入ったが、どうやらセシアはそこまで興奮しているという様子ではなかった。むしろ何故こんなことになっているのかわからないと言いたそうな緊張感のない顔でこちらを見ている。
「で、何が起こったんです?」
「この子がどれだけ言っても正しく値段を計算してくれないんだ!」
店員は泣きそうになって訴えかけてくる。
「セシアは何を買うんだ?」
「杖二本」
「杖は一本いくらなんですか?」
「千ギルだよ」
「じゃあ二本になおすと……?」
「七千ギル?」
「なんでだよ!」
二千ギル、と俺が言おうとすると閃いたとばかりにセシアはつぶやくが、全くあっていない。
「いいか? 1+1は?」
「2?」
セシアは不安そうな顔で答える。
「そうだ」
というかこのレベルの計算で戸惑われても困るんだけどな。
「それを千倍して考えればいいんだ。」
「……」
セシアは頭がショートしてしまったように上を見て考え込んでいる。
「……あのなあ」
どうやらとんでもなく計算が出来ないらしい。会話の受け答えは普通にできるようだからふざけている訳ではなく恐らく数字が物凄くダメなのだろう。
「じゃ、じゃあ財布はもってるか?」
「……これ」
セシアはローブの下の腰に装着しているバッグからゴソゴソと財布を取り出した。
取り出されたがま口の財布は見たことないほどパンパンに膨れ上がっており、拳くらいのサイズになっていた。
「それからお金を出して、俺が支払っちゃダメか? 悪いようにはしないよ」
「……大丈夫」
セシアは財布を手渡してきた。ずっしりと重い。
承諾は得たので失礼ながら財布の口を開けさせてもらった。
すると金貨から銅貨まで大量の貨幣が入っていた。
「さては、お釣りとか気にしないタイプだな?」
貨幣の量が多いのは細かいお釣りが来た時にその端数を次の買い物で使わないからのようであった。
俺は財布の中から二千ギルを意味する鉄貨二枚を店員に差し出し、セシアは杖を受け取った。
「毎度あり。助かったよ兄ちゃん」
「……ありがとう」
店主とセシアは静かに俺に礼を言った。
「大丈夫だ。ほら、財布返すよ。」
俺は財布の口を閉じ、セシアに返そうとした。
「……あげる」
「え?」
「いらないからあげる」
「いやいやそんな事言ったって」
この子お金がなんだか分かってるのか?
店の中では邪魔になってしまうので市場の中の喫茶店に入って話を聞くことにした。
「セシアは普段どうやって生活してるんだ?」
「ギルド。泊まってる」
「ということは冒険者なのか」
見た感じ魔法使いっぽいし。ギルドに泊まっているならお金の価値がわからないのはますます謎だ。
「ねえ、セシア。 あなた普段どうやってギルドに泊まったり、食事したりしてるの?」
「任せてる」
「「誰に?」」
俺とリリーは声を揃えて聞いてしまった。セシアには保護者がいるのか。
するとセシアは帽子を脱いだ。頭の上には黒い毛の塊がいる。それは丸くなって寝ている黒猫だった。
「……セーニャに」
どうやら猫はセーニャというらしい。余程寝心地がいいのか、すやすやとセシアの頭の上で眠っている。だがどう見てもセシアに生活を任されている感じではない。ただの猫だ。
「アラン。この子どうする?」
「どうするったって、ほっとく訳にもいかないしなあ」
ふたりで腕を組んで考えていると、リリーが何かを思いついたようだ。
「ねえ、セシアは冒険者なんでしょ? レベルは?」
「3」
「私と同じくらいよ。スキルは使えるの?」
リリーが尋ねるとステータスを表示してくれた。
セシア・ウィズド(15)
レベル3
スキル
『バーン』 『スクリュー』 『フリーズ』
『スパーク』 『ロスト』 『ゲイン』
セシアのスキル欄には基本的な属性の魔法スキルが六つも表示されていた。
「……すげえ」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
俺より一つ年下の少女は先程までどこか抜けた感じがあると思っていたが、こんなにスキルを持ち合わせているのだ。
「私の目に狂いはなかったわ。セシア、私たちの仲間になりなさい」
リリーは唐突にスカウトする。
「……いいよ」
「アランは異論はないわよね?」
「……なんか突然過ぎてセシアに悪い気がするけど。セシアがいいならな」
「よろしく」
こうしてトントン拍子ではあるが不思議ちゃんの魔女っ子、セシアが今日のクエストのパーティのメンバーに加入した。




