第9話:元村人A、職に就きます。
ギルドの建物の中。三階の宿屋で宿泊の予約を取り、さっそくハローワークで職業を手にすることにした。
部屋の内装は、横に長くカウンターがあり、六人ほどのスタッフが各自ひとりずつの冒険者と資料を見ながら話している。
カウンターの裏では事務用と思われるデスクがいくつかあり、たくさんの紙やその束が置かれている。職員ひとりひとりに作業用のデスクが割り当てられていると見た。
「いらっしゃいませ。番号札を取ってお待ちください」
カウンターとはまた別の、俺達の手前の受付の女性が隣の番号札の山を行儀よく示した。
「ねえ、ハローワークって何なの?」
リリーは不思議そうな顔で女性に聞く。
「馬鹿、仕事を紹介してもらうところだよ」
俺はすぐに説明した。まあ一国のお嬢様だから知らなくても無理はないが。
「でも私は勇者だから職業紹介してもらう必要ないわよね?」
「いえ、お客様は無職ではないですか?」
「む、無職!?」
リリーは職員の女性に驚愕の事実を突きつけられ愕然とした表情をした。
「はい。冒険者の職はハローワークで決まりますので」
「じゃあ私はまだ自称勇者なの!?」
「そうなりますね。もっと言うと勇者という職業はございませんので」
「ないの!?」
「お前よくも今まで無職で俺に威張ってくれたな」
「威張ってないし! 勇者だし!」
リリーは涙目になりながら俺の背中をポカポカと叩く。力が強いから、痛いんですけど。
「職業をハローワークで得ると、その職専用のスキルが覚えられるようになります」
「ちょっと聞きたいんですが、生まれつき人によって覚えられるスキルが違うのは何故なんですか?」
俺は村にいた時からの疑問をぶつけた。リリーは戦闘向きなスキルを覚えられるのに対して、俺は『交換』を初めとした漫才のようなスキルしか習得できなかった。
「それは人による適性の違いですね」
「適性って何ですか?」
「説明させていただきますね」
要するにこういうことだった。
ーー
人によって職業の「適性」がある。努力によってなんとかなる部分もあれば、才能が大きく作用することもある。
俺が漫才スキルしか覚えられないのはその道の才能、つまり「村人」としての適性が高いということだ。裏を返せばその他の才能はない。
逆にリリーがどのスキルでも覚えられるのは才能があるから。「勇者」の適性と言ってもいい。
各々の高い適性の職業につけるのがハローワーク。
職業につくメリットは、職業専門のスキルが手習得できるようになること、効率よくステータスを上げられるようになること、名刺がわりになることなどたくさんある。
ーー
「……なるほど、よくわかりました」
話を聞く限り俺は戦闘向けの才能はないらしい。分かりきってはいたが、改めて実感すると悲しい。
「プププ、アランはまた村人になったほうがいいんじゃない?」
リリーがドヤ顔で俺のことを笑う。お前、自分が何にでもなれるからって。
「張り倒すぞ!」
まあ、リリーがこの調子でいてくれてよかった。変に気を使われたら悲しくなってますます落ち込むからな。
「番号札でお待ちのおふたり様! 五番カウンターと六番カウンターへどうぞ!」
奥のカウンターの方から声がする。スタッフに呼ばれているのは俺たちで、どうやら順番が来たらしい。
俺とリリーはカウンターのスタッフに別々に対応してもらうことになった。
用意されている椅子に座った。
「お客様の希望の職業はありますか?」
笑顔でスタッフは俺の対応をしてくれる。何やら魔道具と思われる本が手元には開かれている。
「えっと、スキル画面を見た感じ、俺、職業の適性が無いかもしれないんですが」
「それでも大丈夫ですよ。希望の職業と近いものや、スタッフで他にオススメできる職業があるかもしれませんので」
それはありがたいことだ。心を閉ざし、諦めかけていた俺に、一筋の希望の光が差してきたように感じた。
俺は心置き無くかねてからの希望の職業を言うことにした。
「そうですね。魔導士、格闘家、癒術士あたりに興味があります」
恐らくリリーの戦闘スタイルや持っているスキルからして、職業は戦士になるだろう。そのため、俺は前線で戦うのではなく、サポートに回れる職業にした方がいい。
「えーと、まずは魔法使いを調べてみますね。ギルドカードをお借りできますか」
言われるがままにギルドカードを渡す。
女性は本を閉じ、その上にギルドカードを置いた。すると次の瞬間、二つが光り、十秒ほどすると光は止んだ。
「完了しました。カードはお返しします」
「……今何したんですか?」
「この魔道具の『職業探知本』にアラン様の情報を入力しました。これで適任の仕事を探せます」
女性はそういうとペラペラと本を開き、読み始めた。
本の中身は読みやすそうで、職業がジャンルごとにまとめられているようで、遠目から見ても綺麗にまとまっている。
「えーと、どうやらアラン様は適性の都合上、魔導士にはなれないようです」
「やっぱりか」
「一番近いところで、手品師ですね」
「遠すぎるわ!」
「でも最後に『し』が付きますし……」
「字が違うじゃねえか! そもそもそういう問題じゃない!」
戦闘職じゃないという話をしたいのだ。それでは本当に漫才になってしまう。
「魔導士もどき、というのもありました」
「いや、それなら手品師の方がいいです」
手品師は嫌だったが、もどきはもっと嫌だ。アイデンティティが崩壊してしまう。
「次にファイターですが……。これも駄目そうです」
「近いところだと何がありますか?」
「……ハイターですかね」
「何か洗浄させられそうなんですが!?」
名前の響きだけじゃねえか! 俺は武道を極めたいんだよ。清掃員じゃないんだ。
「癒術士は……。こちらも……。その 」
「……ちなみに近いところだと」
このパターンは……。諦め半分で聞いてみた。
「……悪役ですかね」
それ職業なのかよ。プロレスラーでいいだろ。
「おすすめの職業は村人と出ていますが、どうされますか?」
「知ってた」
村人Aというのは、どうやら俺の天職だったらしい。
俺は悩んだ。村人では戦闘向けスキルが覚えられない。かと言ってそれ以外の職業も嫌だ。
それから数十分が経過した。
*
「アラン、こっちよ」
リリーが俺を手招きする。
「私は戦士になったの。これで肉体的なステータスが上がりやすくなるわ。アランは?」
俺は答えたくなかったが答えることにした。
「手品師」
「……え?」
「……手品師」
「……」
リリーはいじっていいのか、いじっていけないのかわからず気まずい表情をして、会話を切り出せずにいる。
おい、いつもみたいに馬鹿にすればいいだろ。お前までそんなだと俺も……
涙を呑みながら俺はギルド一階の掲示板にトボトボと向かった。




