第108話:元村人A、終わりを迎えます。
地面に着地する。ゆっくりと落ちたためかなりの高さからだというのに怪我ひとつなくたどり着くことができた。
地下の空間は真っ暗で、目視できる範囲では目立つものは何もなかった。
「えーと、『メタ・エクスチェンジ』、そこの石と俺の重力を交換」
近くに落ちていた小石と重力を交換することで、俺は普通に動けるようになり、小石を拾い上げて上に投げると落ちることなく飛んで行った。
ディオネルがどこに行ったのかと辺りを見渡すと、激しい荒い息が聞こえて来たため、そちらに向かって走る。
「あ、ぁぁ……」
1分もかからない程度の移動でディオネルがいる所を見つけた。今にも消え入りそうな、亡者のような息で地面を這いずっている。
落下の際激しい衝撃を受けたのか、身体の至る所の骨が折れているらしく、その様子はまるで芋虫だ。
「『デリート』、痛覚……」
かなり苦しそうだが、彼はボロボロの体でどこかに向かおうとしている。肺に損傷があるのか、呼吸が乱れ、苦しそうだ。
なぜ、そこまで一心不乱になっているのか。どこかに向かおうとしているのか。そこまでして行きたいところが、この男にあるのか。
「ハア、ハア……」
ディオネルのその必死の様子に、何か胸に訴えかけられるものがあった。
すると突然、なんだか壁が叩かれるような音が聞こえた。ここは地下だからそんなはずあるか? と思っていると、壁が崩れ、リリーが顔を出す。
「アラン!」
「リリー! お前何してるんだ?」
「なんか音がしたから門を開けてみたら廊下の床がなくなってて! 床が抜けちゃったのかと思って石垣を掘ってみたの!」
掘ってみたって手に持ってる剣でか? とややツッコみたくなるが、それどころではないのでディオネルの方へ視線を移す。
「パパ……」
リリーがディオネルを見つけて呟くと、彼の這いずるような動きがピタリと止まる。
「リリー……か」
消え入りそうな低い声で娘の名前を呼ぶディオネル。
「……くそっ!」
俺はディオネルの腕を自分の肩に回し、肩を貸す形で起き上がらせる。
「アラン・アルベルト……貴様何をしている?」
「俺だってわかんねえっつの! どこに行くか早く言え!」
なんだか目が当てられなくなってしまった。先ほどまで鬼のような威圧感を纏っていた人物が、死ぬ間際になってまで行きたい場所、それがどこなのか知りたくなったのだ。血も涙もないような人間だと思っていた奴に同情の気持ちが湧いてしまった。
「……おかしな奴だ。私に肩を貸す理由など……ないだろう」
「うるせえ! 代わりに教えろ! お前はどうして永遠を求めた?」
確かディオネルは元々勇者だったが、魔王の甘言に惑わされてこの永遠の世界を作り出すことを助け、新たな魔王になったのだ。
何が勇者になるような人間をこうも変えてしまったのか? それがどうしても気がかりだ。
「……あれだ」
リリーに左肩、俺に右肩を貸された状態でディオネルは人差し指で前を指した。
「あれは……?」
真っ暗な空間の中でポツリと机の上にロウソクが立てられている。その隣には何やら棺桶のようなものが置かれている。
棺の蓋は開けられており、中に入れられている人の顔が見えるようになっている。俺たちはその手前まで近づいて中を覗き込む。
中にいたのはとても綺麗な女性だった。透き通るような真っ白な肌、美しい金髪、白装束はまるでウェデイングドレスに見えるほどで、ピンク色の薔薇に囲まれて静かに眠っていた。
そして、その女性はとてもリリーによく似ていた。
「ママ……?」
リリーが声を漏らす。思った通り、その女性はリリーの母親らしかった。
「でも、ママは私を産んだときに天国に行ったはずじゃ……」
「……その通りだ。マリーは……お前の母はお前を産み、命を落とした」
「待て、だとしたら綺麗すぎるだろ!? リリーは今15歳だぞ!?」
15年も亡骸を放置していて、こんなに綺麗に保存されているはずがない。
「『永遠の婚約指輪』。この魔道具を使っていた。互いの生命力を分けあう効果がある、これをな……」
ディオネルは左手の薬指にはめた銀色のリングを俺に見せた。中心にリリーの瞳と同じ、水色の宝石がはめ込まれている。
それはリリーの母にも同じものがはめられており、互いの生命力を分け与えるということは、ディオネルの生命力が与えられ続けていたのだろう。
「だが、私の命はもう一年程度で終わる。そう悟ったのは魔王討伐の旅の最中だ」
一年。ループの時間とピタリと当てはまる。
「日に日に弱っていく自分の体を憂いた。マリーは花のような女性だ、毎日水をやらなければ枯れてしまう。そんな彼女の命を奪ったこの世界を憎んだ。彼女と永遠にいられるならば悪魔にでも、魔王にでも、邪神にでも魂を売ろうと思った」
ディオネルは膝から崩れ落ちる。彼が永遠を求めた理由は、マリー・オーリエンとの永遠の日々を手に入れるためだ。
「……しかし、それもこれまでのようだ」
ディオネルはマリーの顔を触れる。慈しむようなそんな目は、先ほどまで対峙していた魔王のような男とは違う、一人の人間だ。
「アラン・アルベルト。私は……間違っていたのだろうか」
ドキリとした。独白のように聞こえたそれは彼の疑問だった。そして俺はその答えを出すことが出来なかった。
もし、リリーが死んだなら。俺は同じことをしないと断言できるだろうか。もし、この世界とリリーを天秤にかけて、どちらを取るか選択なんて出来るだろうか?
そんなこと、答えられるだけの自信は俺にはなかった。思わず俯いてしまった。
「……パパは、間違ってた」
俺が考えあぐねていると、リリーが言う。
「人は皆死ぬ。誰だって。だからこそ、それを否定しちゃダメ。最後は皆、同じところに行くんだから」
リリーの強い言い方に、ディオネルが唖然とする。俺はこれまで二人が話したのをほとんど見たことがなく、それは彼にとっても久しぶりのことであったのだろう。
「そうか……私は間違っていたのか」
ディオネルはフフ、と自虐的に笑い、そう言うと自分の指輪を取り外した。
「これが邪神の依り代だ。これを破壊すれば世界は……終わりを迎える」
ラミアが言っていた、邪神がこの世界と繋がるための依り代。それは彼が身につけていたエンゲージリングであったらしい。
「アラン・アルベルトよ。最後にお前と戦えたことを嬉しく思うぞ。どうやら私も……ひとりの人間でしかなかったようだ」
ディオネルは俺を見てそう言うと、マリーの手を握った。
「きっとまた会えると信じている。その時は君と、リリーと、三人で……」
ディオネルは手に持ったリングを粉々に握りつぶした。
「……愛している」
その一言を以って、世界は白い光に包まれた。
次回、最終回!




