第8話:元村人A、王都に到着しました。
アラン、リリーのふたりがユミル村から出て一時間ほどが経過した。ユミル村のあるクレイア王国から隣の国であり目的地のユマ王国へ移動するための整備された道をずんずんと歩いていた。
「アラン、あとどれくらいで着きそうなのー? 私かなり疲れたんだけど!?」
リリーは歩き疲れて子供のようにぐずり、俺に駄々をこねる。
「もう少しだから。つーかお前そんなに弱くないだろ」
「私だってねぇ、女の子なのよ!? そこんところどうなの!?」
「お前のような馬鹿力な女がいるか」
「なんですって!」
「元気いっぱいでいいなって言ってるんだよ」
「あら! もう少し頑張っちゃおうかな!」
ちょろいな……。
この件をやるのはこれが初めてではない。30分歩いた辺りから始まり、15分ごとに愚図り始める。とても一歳年下の少女がやる行動とは思えない。妹のメアリより幼稚なんじゃないだろうか。
「あ! 見えた! あれじゃない!?」
表情が一気に明るくなり、目を輝かせて子供のように遠くを指さす。その先にあるのは間違いなく目的地のユマ王国の王都、ラクシュに通じる関所の門であった。
自然に囲まれたこの道の中であるからだろうか、石造りの大きな門は威厳を持って立ちはだかっているように見えた。
前にはいくつかの馬車や冒険者たちのパーティが列を作っていた。
そこから30分ほど待ち、自分の番になったので前に進むと、入国管理の兵士が受付で待っていた。
「ようこそ。王都ラクシュへ。あなた方の入国の目的は何ですか?」
「魔王討伐です!」
リリーは元気よく答える。
「は、はあ……」
兵士は呆れた顔でリリーの話を聞く。
「俺達は冒険者で、旅を続けるためにしばらく滞在したいです」
俺は急いで訂正した。
「そうですか。わかりました。滞在ですね」
兵士は手元の紙に記入を始めた。
「お名前は?」
「アラン・アルベルト」
「アランさんね。隣のあなたは?」
「リリアーヌ・オーリエンです!」
「オーリエン!?」
兵士は突然のことに驚いているようだ。
無理もない。俺の横にいるのは紛うことなき、クレイア国の現在の国王の孫娘、リリアーヌ・オーリエンだからだ。
「わ、わかりました。お二人はどういう関係で?」
「僕が彼女の保護者です」
「仲間でしょ!」
「立場は僕の方が上です」
「だから上下なんかないっつーの!」
「何言ってんだこいつら(ハハハ……。愉快でいいですね。)」
「すみません、本音漏れてますよ。」
門番の男性は口を滑らせたとばかりにドキッとした顔をしたが、こちらに非があるので怒りだしそうなリリーを食い止めた。
漫才みたいなことをやっていたせいで門番が呆れてしまった。どうもリリーをからかうのがやめられない。まあ通れるなら結果オーライということでいいだろう。
巨大な門をくぐり抜けると白い煉瓦造りで赤い屋根をかついだ建物が立ち並び、町並みを高い壁が囲う、王都ラクシュが眼前に広がった。
「高い建物がいっぱいだなー」
「アランは王都に来るのは初めて?」
「小さい頃に両親に連れて行ってもらったらしいけど、物心つく前だったからなあ」
ユミル村の家とは違う、高い建物がずらりと並び列を成しているその光景に感銘を受けた。
たくさんの人々が街を歩き、話し、生活を営んでいる。村とは比べ物にならない人数で、冒険者と見られる人も多い。
「とりあえず今日の宿を確保するぞ。いくら持ってる?」
「持ってるのはこの前のお釣りだけよ」
旅費の支払いを白金貨で行ったお釣りである。つまり九万五千ギルだ。
「俺が持ってるのは五千ギルだから、パーティでは合計十万ギルあるわけだ」
メアリが渡してくれた財布の中に入っていたものだ。旅館は賑わっているという訳では無いので五千ギルでもなかなかの大金である。
我儘な兄のために厳しい生活費の中から五千ギルも入れてくれたことへの、メアリへの感謝の意味を込めて俺は財布をぎゅっと握りしめた。
「ギルドで泊まるなら素泊まりで五千ギルは覚悟しないといけないな」
「そうすると私たちしばらくしたら泊まれなくなるじゃない?」
「仕事を見つければいいんだ」
「そっか、ギルドね!」
冒険者ギルド。地域によって規模や役割は変わってくるが、王都ラクシュでは、宿泊施設、ハローワーク、クエスト処理など冒険者の助けになる様々な仕事を担っている。
「そういうことだ。サクッと今日一日でこなせるクエストがあればいいんだけどな」
クエストが実際はどういうものなのかはわからないが、百聞は一見にしかずというので、ギルドに向かうことにした。
「旦那、冒険者ですかい?」
辺りをキョロキョロと見渡していると後ろから少女の声がした。
振り返ると青っぽい服で身を固めた少女がたっている。紺色の防止に青色のパーカー、黒のチェックのスカートを履き、髪は鮮やかなピンク色だった。背は少しリリーより低いので百五十センチくらい。
「冒険者だ。君は?」
少女の呼びかけに応答すると、少女は目をキラン、と輝かせた。
「私は情報屋のポーラ。以後お見知りおきを」
ポーラと名乗る少女はメガネを掛けていないのにネガネをくいと上げる動作をした。
「情報屋?」
「姉御。よく聞いてくれましたね」
ポーラは俺を旦那と呼びリリーを姉御と呼ぶ。
「情報屋とは、冒険者に有益な情報を売って、生計を立てる仕事のことです!」
ポーラはドヤ顔で足を開き、右手を腰におき、左手で俺たちを指さした。
「なるほど」
「あなたたちとは何だか上手くやれそうな気がしたので声をかけたのです!」
ポーラはポーズを決めてフッフッフと笑った。発言の度に一挙動一挙動が大きい。表情もかなり豊かなので悪いやつではないのだろう。
「そうか。ギルドに行きたい。場所を教えて欲しいんだが」
「いいでしょう。その程度の情報なら百ギルで案内いたします」
俺は喜んで承諾し、ポーラに百ギルを表す鉄貨一枚を手渡した。
「到着しましたー!」
ポーラはギルドの前で両手を広げ、こちらです、と明示する。
「ここが冒険者ギルドか」
ポーラに教わって到着した人生初の冒険者ギルドを見上げた。
一階層あたりがかなり広い。それが三階建ての巨大施設。なぜ見落としていたのか自分でも分からないほど、その赤レンガの建物はたくさんの建物が続いた街並みの中でも異質ともいえる、大きな存在感を放っていた。
「ありがとう。ポーラ。助かったよ」
「旦那。あなたとはいい関係を築けそうだ。またよろしくおねがいしまぁす!」
ポーラはウインクをして俺たちにサムズアップをして去っていった。
ギルドの中に入ると、部屋の奥には階段、その近くにはテーブルやカウンターが用意されていて、共用の食事スペースのようになっている。
見当をつけるにあれは酒場のようで、昼間だというのに巨大な男達が笑いながら酒を酌み交わしている。恐らく百人は同時に食事ができるだろう。
右奥に目をやると、冒険者達が何やらこぞって掲示板の貼り紙を見ている。恐らくあれが依頼が張り出されている掲示板だろう。
近くに目線を戻すと、入口の正面に受付嬢と思しき女性が待機していた。とりあえずあそこにいけば何をすべきか見つかるだろう。
「いらっしゃいませ。こちらは冒険者ギルドです」
「な、仲間だ……」
「あなたと同じようなことしてるだけでその人村人Aじゃないから!」
ついうっかり昔のことを思い出してしまった。なんだか見知らぬ土地で自分と似た境遇の人がいると嬉しくなってしまう。
「おふたりはギルドは初めてですか?」
「はい」
「そうですか。なら初めに冒険者登録をお願いします」
そう言って受付の女性は二枚がつながった質のいい紙を二セット差し出した。
「こちらに手をかざして下さい」
俺もリリーは言われるがままに紙に手をかざした。するとたちまち光り始め、文字が刻まれる。
「……魔道具ね!」
「左様でございます」
魔道具。魔力を込めることによって新たな機能を追加された道具のことだ。今回の場合は紙に魔力を込めることで「手をかざすと文字が現れる」という機能を手に入れたわけだ。
「そちらがお客様の『ギルドカード』でございます」
紙を見ると俺の名前とその横に『0P』という表示がされている。
「それではそちらのカードについてご説明させていただきます。そのカードはギルドの会員証になりますので大切にお持ちください。一枚はこちらで保管しますので切り離して下さい」
なるほど、二枚繋がっていたのは冒険者の情報を保管するためだったのか。
同じ情報が書かれた二枚のカードを切り取り、一枚を受付嬢に渡した。
「それでは説明を続けます。このポイントというのはクエストをこなす度に加算されていきます」
「貢献度みたいなものですか?」
「そんなところです。ポイントが上がるとランクが上がります」
「するとどうなるの?」
「受けられるクエストのランクが上がります。お二人はまだクエストランク3までしか受けられません」
なるほど、ランクが高いクエストほど難易度が高く、報酬が高いというわけだ。
「それでは冒険者ギルドをお楽しみください」
「あ、施設について教えて欲しいです」
「かしこまりました。一階は酒場とクエストの掲示板のスペース、二階はハローワーク、三階は宿屋となっております」
「わかりました。ありがとうございます」
冒険者ギルド内の散策が始まった。