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第106話:元村人A、息絶えます。

「あ……ああ……」


 剣が刺さった場所を抑えながらもうひとりの俺は狼狽する。地面に膝から崩れて座り込む。


「まだ……やれる……」


「無駄だ。時間の問題でお前は出血多量で死ぬ」


 もう一人の俺は怒りに満ちた目をしていたが、その言葉を聞いて顔を落とした。


「どうして俺は……お前に負けた……」


「簡単な話だ。お前は力を手に入れたつもりだったんだろうが、自分を特別だと思い込んでそれに溺れすぎたのさ」


 現に、俺はリリーに気づかされるまで自分を特別な人間だと錯覚していた。しかしそうではないことがわかって、初めて対策を考えてここに来た。


 決定的な奴と俺との違いはリリーだ。彼女がいたかいなかったがラインを分けたと感じている。


「俺が……力に……そうか」


 背中側の地面に手をつき、空を見上げる形になる。もうひとりの俺は自虐的に笑うが、口とは反対に目は虚空を見つめていた。


「お前はどうして永遠を欲した?」


 骸のようになったもうひとりの俺に問う。どうしてもそこが気になっていたのだ。


「どうして……か。さあな」


「惚けるな。ディオネルに唆されたからか? いいや、それだけじゃない。」


「とぼけてなんかない。逆に俺がそんなことに理由を持つ人間に見えるのか?」


 俺はその根拠を持っていた。


「……ラミアの話では最初の世界ではセシア、ニーナの順に殺されたと言っていた。しかし俺の世界では最初に殺されたのは俺だ」


「だからなんだ」


「お前はまだ仲間に対する思いがあったんじゃないのか? だから俺を先に殺して、世界を終わらせて、世界が一巡させた。違うか?」


「憶測に過ぎない。俺は仲間のことなんて……」


「それにお前が『アルカディア』を使った理由だってないはずだ。お前は俺が死ねば世界が一巡すると知っていた。なのにお前はわざわざ自分がスキルを交換できることを示した。あれは俺へのサインだろ?」


「……憶測だ。それもこれも」


 しらを切るもうひとりの自分。だが決定的な証拠を俺は持っていた。


「この世界は自我がある人間が働きかけなければ結果は変わらない。しかし俺の村でオークの死体が上がったんだ。それは俺がラクシュに行った後にメアリが生贄に捧げられるのを恐れたお前が倒したものだろ?」


 これだけの証拠を突きつけ、知らないふりをするのはおかしい。もうひとりの俺はしばらく沈黙すると、フッと笑った。


「ああ、もう全部バレてたんだな」


 諦念にも近いような言葉でもうひとりの俺は呟き、仰向けに倒れた。


「……意味がないと思ったんだ。こんな世界」


 その言葉を皮切りに、もうひとりの俺は語り始めた。


「ずっと続くと思っていたリリーとの日々はあっけなく終わりを告げた。その時、人が考えてる永遠ってちっぽけだと思ったんだ」


「永遠なんてものは妄言だ。だが、俺だけは違った。俺だけはこの世界を永遠にすることができる。リリーとの日々を永遠に記憶してやることができる存在だと思ったんだ」


 もうひとりの俺の独白を聞いて、なんだか悲しくなった。


 それが自分であるからかはわからないが、同情した。もしかしたら自分も同じことをしていたかもしれない、そう感じた。相手が言葉の通じない悪党でなかったから尚更だった。


「おい、手を貸せ」


 俺はもうひとりの自分に言われ手を伸ばすと、それを強引に掴まれた。


「今俺のスキルを交換した。『メタ・エクスチェンジ』だ。これでお前は物質を超え、スキル、概念同士を相手と交換できる」


 『エクスチェンジ』の強化版だ。おそらく俺のスキルの何かと交換したのだろう。彼が使っていたものであり、かなり強力なスキルだ。


「ディオネルは俺を恐れている。何故なら奴の能力は『無くす』スキルだ。相手のスキルや感情、記憶を奪うことができる」


「そうか、だから意識を無くされてあの時廊下を歩いた時間が短く感じて、リリーは父親に関する記憶を無くしていた……」


「しかし、俺だけは違う。例えば意識を無くされそうになれば無意識になった俺の意識と奴の意識を『交換』することができる。要は立場が逆転する」


 『メタ・エクスチェンジ』があれば概念同士の交換が可能になる。俺から何かを無くせば、元々水で満たされた器が空にはなるが、逆に相手にその器を押し付けることができる。


「なるほど……だから相手は迂闊に能力を使えないわけか」


「ああ、お前だけがあいつと戦うことができる」


「どうしてお前は俺に協力する? 俺がディオネルに負ければ再生できるかもしれないんだぞ?」


「……無理だ。そんな気がするんだ。もう後数分も持たないってことがな」


 もうひとりの俺の声が小さくなる。肌は真っ青で、彼が言うことは間違いない。


「……最後にリリーに会わせてくれないか」


 もうひとりの俺が力なく言う。リリーはその傍に来て、膝を地面につけて顔を覗き込んだ。


「あなたも……アランなの?」


「そうだよ。お前も……リリーなんだな」


「私には2人が何を言っているか、ほとんど理解できなかった。でも、アランならなんとかできると思ってる」


「ああ……そうだな」


 もうひとりの俺はフフ、と笑う。静かな笑みだったが、満ち足りたような顔をしている。


「俺がやったことは……間違いじゃなかったんだな……」


「任せたぞ……()


 もうひとりの俺はそう呟くと、静かに息を引き取っていた。リリーが瞼を閉じてやる。


「……たいそうなもんを託されちまったな」


 俺は拳を握り、魔王城を見た。


 もうひとりの俺の意志。俺より何年も長く生き、いろいろなことを考えたであろう。そんな彼から『力』を貰った。


「さ、行くか……」


 リリーの方を向いて言うと、彼女の姿がなかった。すぐにあたりを見渡すと、俺の背後にはラミアが立っていた。


 ここはラミアが作り出した空間だ。だから俺とラミア以外は存在できない。


「……なんだよ」


「ローブの男を倒したのね」


「ああ。何しにきた?」


 何故ここで出てきたのかわからないので尋ねる。こいつにはあまりいい印象がない。


「情報を教えにきたのよ。邪神はこの世界の無機質を依り代にしているわ。それを特定して破壊すればこの世界は終わる」


 なるほど、つまり目的の達成のためには無理矢理にディオネルを倒す必要もないわけか。


「それから貴方の骨折を治すわ。数秒で終わる」


「その力でもうひとりの俺も治せたんじゃないのか?」


「敵対する可能性がある相手を治せない……というのは冗談で、これで最後の力よ」


「……一瞬信じまったじゃねえか」


 こいつは自分の利益のために行動している。だからこそ好きではないが裏切ることもない。


「行きなさい。貴方がしたいようにするべきよ」


「ああわかったよ女神様! 俺が上手くやったら後はなんとかしろよ!」


 相対していたラミアとすれ違い、俺は魔王城へと進んでいった。

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