第104話:元村人A、何もしません。
俺はその日、気が狂ったように部屋の中で騒ぎ回った。
今まで上手く行ってきたように、今回も全力を尽くせば解決すると思っていた。
そう信じていたんだ。
しかし現実は、俺は永遠と言う名の仮初めの世界に閉じ込められたまま。さらに悪質なのは、もしその元凶を倒そうものなら世界ごと消滅してしまうというおまけだ。
どうすることもできない。俺はこの世界でどこまで続くかわからない一生を過ごさなければならないのだ。欲しいものもろくに手に入らないような世界で、だ。
板挟みになって俺はもがき、一晩が経った。部屋の中で発狂したように騒ぎ、果てるまで暴れたためか全身の力が抜け、もう動くことすらままならないほどだった。
「アランー、落ち着いた?」
疲れと怠さで動けずベッドに横たわる俺の部屋に、リリーが入ってくる。手にはアプリルの実を持っており、ベッドの横に椅子を置いて座ってこちらを見る。
俺は黙っていた。体が動かないというのもあったが、何を言えばいいのかまるで見当もつかなかったからだ。
俺はここまでリリーを無視し、例え会話をしたとしても人を人と思わないような扱いをしてきた。
この世界の人間は自分とは違う。そう決め込んで傍若無人に振る舞い、嘘をつき、卑劣な行為をしてきた。
結果はといえば、俺もこの世界の住人と同じように、囚われの存在にすぎなかった。世界は既に切り取られ、俺は元いた世界に戻ることはできない。唯一の救いであった、ディオネルたちを倒せば世界が戻ると言うのも虚像にすぎなかったという、これまでの態度はなんだったのかと言われてもおかしくない散々なものだ。
俺は本質的に無力だった。白痴で、傲慢な弱者だ。それを自覚せずにいた。それでいて自分は特別だと思い込み、人の気持ちを考えない愚か者だった。
「もう、しばらく落ち着いてなさいよ? 何考えてるか本当にわからないんだから……ほら。これでも食べて」
リリーがアプリルの実を切り、皿に置く。包丁の使い方が下手すぎて、食べられる部分がほとんどない。無残な姿となってしまっている。
アプリルの実。俺はじっとそれを見つめた。彼女と出会った時も、この果実が家に成っていた。それから俺は彼女と仲良くなって……恋に落ちた。
「なあ……」
「ん?」
「どうしてリリーは俺にそこまでするんだ?」
ふと、疑問が口をついた。
今思えば、セシアやニーナ、他の人間全てはリリーを除いて前の世界と同じ行動をしていない。
ここまで、「どのように行動しても結果は収束する」と憶測して行動してきたが、結局違っていたのはリリーがついてきたこととオークが死んでいたことのみだ。
だとすれば、リリーが俺についてくる理由なんてどこにもないはずだった。見ず知らずの人間に、どうしてここまでできるのか、俺には理解ができなかった。
「……なんでだろうね、私にもわかんないや」
「なんだよ、それ」
「なんかね、ほっとけないの。なんでかって言われるとわかんないんだけどね、1人にしちゃダメな気がするの」
リリーは窓の外を眺めながら話した。俺には彼女の言っている意味がわからなかった。
同時に、なんだか悔しくなった。
「……ごめん」
「どうしたの?」
目頭が熱くなり、涙が溢れる。嗚咽し、言葉がうまく紡げない。
「ごめん……ごめん! 俺!」
掠れたような声を振り絞ると、熱を感じた。鼻腔を花のような香りが通り抜ける。
リリーは俺を抱きしめていた。
「大丈夫。大丈夫だから」
ふいのことで、何が起こったのかわからなかった。温かい。いつぶりだろう、誰かに包まれるのは。リリーの華奢で小さな体が俺を抱擁する。
「落ち着いた?」
激しく動揺した心は彼女の優しさに触れたからかその鼓動が収まっていた。
「ああ……ありがとう」
「私ね、アランの悩みは理解してあげられない気がするの」
それはその通りだ。彼女は自我を持っていないし、この問題について知る由はない。
「でも、アランが辛そうなのは見てて私も辛い。だから、できることならなんでもする。力になりたいんだ」
なんてね、と照れ笑いをする彼女を見て俺は思い出した。
そうだ。リリーだけは、いつも俺のそばにいてくれた。
『私は勇者のリリアーヌ・オーリエン。疲れたから泊まっていきたいのだけれど。この村に宿屋はあるの?』
俺は弱くて、何もできなかった、ただの村人だった。特別なものなんて何も持っていなかった。
『なによそのアホ面。私たちでモンスターに勝たなくてどうするのよ?』
でもそんな俺が誰かを助け、笑顔にし、必要とされてきた隣にはいつだってリリーがいた。
『私、自分が弱いのはわかってる。だから、これから私が折れそうになったら助けて。その代わりこれからは私逃げ出したりしないし、向き合うから』
リリーの笑顔に救われてきたんだ。
『……好き』
過去のリリーの言葉がフラッシュバックする。心の中の何かが音を立てて弾けたような気がした。
「……ありがとう。目覚めたよ、俺」
「……そ。ならよかった」
まさか、自分が普通の人間だなんていう当たり前のことに気づかれるなんてな。そんなことも見えていなかった自分に驚きだ。
「明日、行くところがある。付いてきてくれるか?」
「……止めても無駄なんでしょ?」
「さすが、本当に会って三日目なのか?」
「私も不思議。っていうか自覚あるなら私にも気を使いなさいよ?」
フッとリリーが笑った時、彼女の顔が一瞬痛みに歪んだ気がした。まさか、と思い彼女の足を見る。
リリーの足は傷だらけだった。出血も酷かったのだろう、今は止まっているが痛々しい傷が目に止まった。
「お前……」
彼女の手を取る。手先はボロボロで手のひらは皮が剥けている。一昨日俺が倒れた時に俺を抱えたり、人を呼んだ時に力を使ったためだろう。
彼女はこの世界では数日前までただの1人のお姫様だ。なのに俺について来て、綺麗な足で長い距離を歩き、豆ひとつない手で重い物を持ったのだ。
「……気づいちゃった?」
「……ごめん」
「ごめん、じゃなくてありがとうって言ってよ。私が勝手にやってるんだから」
それは俺が前にリリーに言ったことだった。
「……そうだよな。ありがとう」
彼女の気持ちに答えたい。献身的になって俺を支えてくれた彼女に、なんの力も持っていない元村人Aができることはひとつしかない。
「さ、行こう」
「どこに?」
「繰り返しの日々を抜け出した先に」
今度こそ、彼女と一緒に。




