第102話:元村人A、確保します。
「ねえ! アラン! さっきのどういうことよ!?」
先ほどの一悶着を終えて、俺とリリーは城の一室に待機させられていた。リリーはしつこく何が起こったのかを聞いてくる。
が、当然だが答える義理もなければ必要もない。俺は無視を決め込んでいた。
「ちょっと! 聞いてる!?」
しかしあまりにもうるさい。これ以上横で騒がれると落ち着かないため話すことにした。
「メイジーと酒場で別れた後、レイウスがいるところに行ってノーゼルダムとダムスの計画についてリークした」
「え……!?」
もっとも、レイウスには「未来が見える」なんて言い方をしても伝わらないだろうから、「メイジーという女が酔って路地裏で話していた」という尤もらしい嘘をついておいたが。
「じゃあ、ダムスさんに『ノーゼルダムに会わせてくれれば計画について黙っててやる』って言ったのは……?」
「嘘に決まってるだろ」
リリーの表情が凍りついた。この世界の人間からしたらそういう反応をするものなのだろう。踊らされている側にとってはそうでも、この世界のシステムを理解している俺からすればどうでもいいことだ。
「なんで! そんなこと……!」
「違法な依頼を受けて要人たちを殺して金を稼いできた暗殺者、自分の気持ち一つコントロールできずに国の転覆を企む王子、その2人を使って人形遊びをする魔王の抱えの魔術師。その三人の悪党を無事独房にぶちこむことが出来たんだ。お手柄だろ?」
俺がしたことは世間的に見ても正しいことだ。現にこれで街にゴーレムやアトラスをを放たれ、壊滅的な被害を受けることは免れている。感謝されてもいいくらいだ。
「それは……でも……」
何かゴニョゴニョとリリーが口ごもっていたので、言いたいことはそれだけかと思い、無視を再開した。
*
「失礼する。貴殿がアラン・アルベルトだな?」
待機している部屋の扉が開かれる。
現れたのは金髪の王女、アリシア・アクストールだった。
王子ダムスが国家転覆の罪で王位継承権を剥奪された後、女王として国を先導することになった少女で、ダムスが先天的に引き継ぐはずだったスキル『英雄の剣』を継承している。
「いかにもそうだ」
「まずはこの国を救ってくれたことを感謝する。貴殿のお陰でラクシュを襲うはずだった被害を未然に防ぎ、兄のダムスを操ろうとしていた魔王軍の魔術師も捕らえることに成功した」
アリシアに感謝される。それ自体は嬉しいものではなかったが、リリーが俺を咎めなくなるのは便利でいい。
「しかし、貴殿はどうして裏切りに気がついたんだ? 何か密談を聞いたとかか?」
「そんなところだ。メイジーが酔って路地裏で話していたのを聞いたんだ」
「なるほど……承知した」
なぜアリシアはそんなことを聞く?
「……というのも、今のところ貴殿の証言以外に兄の計画の証拠は残っていないのだ」
「なぜだ? ノーゼルダムは無理でもダムスやメイジーに拷問でもなんでもすればいいだろう?」
「いいや。あの暗殺者は舌を噛み切って自殺したと報告を受けた。兄は発狂していて受け答えができない」
なんだと?
「つまり……あの2人が国家転覆によって出した被害はないのだ。かといって計画していた事実も不明瞭」
「だったらダムスに拷問をしろ。発狂している振りをして逃れようとしているのかもしれない」
そのとき、アリシアは苦虫を噛み潰すような顔をした。が、すぐさまその表情をいなすようにして引っ込める。
「……わかった。検討しよう」
アリシアは大きくため息をつく。なんだこいつは。俺は国の危機を救ったんだぞ? 俺を疑う理由なんてないだろう。
「まあクーデターの件は別として、貴殿は魔王軍の魔術師を捕らえた。何か褒美を用意しよう」
ようやく本題か。
「金だ。俺はセネギア大陸に渡航したい。それに生活できるだけの資金が欲しい」
「ねえ、アラン? それはいくらなんでも……」
「お前は黙ってろ」
リリーには関係のない話だ。牽制する。
「……わかった。用意する。少しこの部屋で待っていてくれ」
アリシアはそう言い残すと席を立ち、扉を開けて部屋の外に出る。
「……下衆が」
そして部屋を出る際、静かにポツリと言った。
「ねえ、アラン。貴方もしかして最初からお金のためにあの2人を利用したの!?」
「当たり前だろ」
これも全てこの世界を壊すために必要なことだ。それについてこいつに咎められる理由はない。
*
30分ほどして兵士が金を包んだ袋を持ってきた。俺はそれを毟り取るように受け取ると、すぐさま城の外へ出た。
「いった……」
早足で歩いていると、後ろでリリーが小さく呟く。
振り返ると、靴擦れを起こしているようで、足から血が流れている。変な靴を履いてくるからだ。
「付いてくるな。ここからは邪魔だ」
「嫌……」
半ベソになりながらリリーは付いてくる。何をそんなに必死になってるんだよ、こいつは。
それから少し歩いて船の確保はできた。貰った金で一泊宿に泊まり、俺は出航の日を迎えた。
リリーは実費を叩いて俺に付いてくるようで、出航の当日になって船の近くに来ていた。
それから船にはすんなりと乗れた。前回と違う点は、人が何人も乗っており、一般向けであること。そしてあの時感動した一面海の世界も、なぜか今回はひどく狭く感じてしまって感動できなかった。
ノーゼルダムは早い段階で始末できた。これで魔王城まではスムーズに行くことが出来るだろう。
あとはこんな世界に長居する理由はない。すぐにでもリリーに会いたい。
「……ずいぶんお気楽に空なんて眺めてるのね?」
ボーッと空を眺めていると、後ろから少女の声がし、背中に冷たい感覚が走った。
冷たっ……いや、熱い。というか痛い。
急いで後ろを振り返る。
「大丈夫よ、アンタはもうすぐそっちに行くんだから」
それは間違いなくメイジーだった。
「お前……」
「死になさい! アンタを殺して私も殺されるわ!」
死を覚悟したメイジーが後ろでまたナイフを突き立ててくる。俺は肩にもう一撃ナイフをくらい、なんとかメイジーの手を掴むことに成功した。
そして体の重心を低くしてメイジーを海に投げる。ドボン、と音を立てて彼女は海に落ちた。
「ハア、ハア……」
痛い。全身に痛みが駆け巡り、出血が酷い。俺は思わず倒れた。
そうだ、あいつは前も自殺したと見せかけて生きていたんだ。そんなことも忘れていたなんて。迂闊だった。
「アラン! アラン! しっかりして! 誰か!」
リリーの叫び声がする。俺はそこで気を失った。




