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第98話:元村人A、繰り返しの日々に戻ります。

 俺はアラン・アルベルト。満16歳。


  身長は百七十五センチ。この村の男子の平均身長くらいで特に目立つことはなかった。

  父親譲りの黒い髪を持って牧歌的ぼっかてきなユミル村のごくごく普通の旅館の長男として生まれ、特に神から世界を救うように言われたりすることも無く、三才下の妹と共に平和に生活している。


 そんなこの上なく普通・・である俺の本業はこの世界に蔓延はびこるモンスターを退治し、魔王討伐を目標にする冒険者……なんて危険なことではなかった。……と。


「やあ少年、ここはなんという村だね?」


 大きな剣を持った身長二メートルはある30代くらいの冒険者のおじさんにいつものように俺は笑って答える。


「ようこそ、ここはユミル村です」



 さて、回想は終わりだ。冒険者を道具屋に送り出したので、村の看板の所に歩いて戻ると、何やらひとりの少女が立っていた。案内をしなければ。


「ようこそ、ここはユミル村です」


 俺はいつものようにその少女に村の名前を伝えた。


 その時だった、俺は前方から吹き飛ばされるような一陣いちじんの風を感じた。本当は風なんか全く吹いていなかったと思う。ただ自分の中で何かが目覚めるような強い衝撃をその瞬間に感じたのだ。


 あれ……? 待てよ。


「私は勇者のリリアーヌ・オーリエン。疲れたから泊まっていきたいのだけれど。この村に宿屋はあるの?」


「リリー、魔王はどこに行ったんだ?」


「え?」


 そもそも俺、さっきローブの男に腹を刺されたよな? なんでこんなところに突っ立ってるんだ? セシアは? ニーナは?


「ていうかここユミル村……? 移動させられたのか?」


 おかしい。俺はさっきまで魔王城にいたはずだ。なんで大陸を跨いで地元に戻ってきてるんだ?


 リリーはキョトンとした顔で俺のことを見つめている。どちらかというと訝しげな顔で。


「なんだ? 俺の顔に何かついてるか?」


「それ以前の問題よ。あなたさっきから何言ってるの?」


「何言ってるって何だよ? お前こそ頭でも打ったのか?」


 初めはリリーが冗談でも言っているのかと思っていたが、だんだん笑えなくなってきた。なにかがおかしい。


「って、あれ?」


「どうしたの?」


「剣がないんだ。結構悩んで買ったのに無くしちゃったのかな?」


 いや、おかしい。そもそもこんな短時間にたくさんの出来事が起きるはずがないのだ。


 相手の能力で場所が移動しているにしてはリリーと俺だけここに来て、武器だけなくなっているのはおかしいし、リリーの記憶も無くなっているし。これではリリーがどうこうというよりも……


 時間が巻き戻っているようじゃないか。


「なあ、リリー。お前今この瞬間までどれくらいの期間冒険した?」


「なによいきなり。今日が1日目よ。宿の確保をするためにここに来たんだから」


 やはりそうだ。時間が遡っている。間違いなく今は(・・)最初にリリーと出会った時だ。


 さて、その事実がわかったところでどうしてここに来てしまったのかを考えてみる。魔王の能力? だとしたら不可解だ。こんなことをするメリットなんてどこにもないじゃないか。


「ちょっと? 宿屋の場所教えてもらえないの?」


「ああ、悪い悪い。俺はアラン。付いてきてくれ」


 リリーを実家の宿屋まで案内する。何が起こっているのかまだ全容が判明していない今はひとまず前と同じ流れに沿って進めたほうがいい。


 しかし、いつまでもそうしているわけにもいかない。この状況に至った理由も考えなければ。



「お兄ちゃんどこか行くの?」


「ああ。ちょっとな」


 リリーを部屋に案内した後、俺は部屋の押入れにしまい込んでいた剣を持って走り出した。


 そこから俺はラクシュまで走った。さして時間がかからなかった。時間が巻き戻っているのは俺だけとは限らない。リリーがそうでなくても、都市に行けば誰かしら見つかる可能性はある。


 それこそラクシュにはセシアとニーナもいる。ふたりも同じように戻されている可能性もある。


 こんな状況でも悲観的になることはない。まずは事態を分析しなければ。


「アランー! 待ってー!」


 耳を疑った。そして後ろを振り返って驚く。


「リリー? どうして?」


「いきなり走って行っちゃうんだもん。どうしたのかなと思って!」


 おかしい。リリーがこの段階で俺についてくる理由なんてない。彼女が宿にいる間にラクシュの街を見ておくつもりだったのだ。


「それより聞いてよ! 村の近くでオークの死体が上がったんだって! 村の人が騒いでたよ!」


 オークの死体?


 オークといえば、俺とリリーがメアリを救うために倒したはずだ。こんなタイミングで勝手に死ぬはずがない。


 イレギュラーだ。俺が元々と違う展開で1人で行動したのと呼応するように相違点が生まれてしまった。


「もー、汗掻いちゃった。ここまできちゃったから遅くなったら今日はラクシュで泊まろうかな。ギルドもあるらしいわよ?」


 リリーがラクシュに泊まると言い出し、俺とリリーによって退治されるはずのオークが死体で上がった。どうしてそんなことが起こる?


 まさか、『俺の行動に合わせて世界が起動修正している』のか?


 俺が勝手にここまで走ってきたから、世界の方がこのまま俺とリリーがラクシュで冒険者ギルドに入り、クエストを受けられるように展開を捻じ曲げた?


「さ、行きましょ。用事があるんでしょ?」


 だとしたら目の前のリリーは何者なんだ? 彼女は俺が知っているリリーなのか?


 そう考えると、彼女の姿が、表情が、言葉がなんだか嘘くさく感じてきてしまった。同時に、『偽物』に対する苛立ちが込み上げてくる。


「……近づくなよ」


「え?」


「ついて来るなって言ってるんだよ! 偽物が!」


「ちょっとアラン? 何言ってるの? ねえ!」


 俺は後ろで何か言っている偽物の言葉を無視し、先に歩き出した。


 なんなんだ、この世界は。リリーの偽物に気づいてから、世界の細部という細部が虚構じみたものに感じてきてしまった。


 この偽物だらけの世界に誰かいないのか。焦燥に似た気持ちを抱えながら街の中を走る。


「ニャア」


 目の前にちょこんと座っていたのは猫のセーニャだった。

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