第97話:元村人A、魔王城に来ました。
「戻ってきましたね! そろそろ到着ですよ!」
リリーと共に階段で甲板まで上がると、ニーナが出迎えてくれた。
「そろそろか。上がってきちゃったけど、武器も一緒に持ってきた方が良かったか?」
「といってもあと30分くらいは余裕があるはずですから後で皆で取りに行きましょう」
ニーナはくるりと向きを変え、リリーに微笑みかける。
「リリ姉も落ち着きましたか?」
「ええ……そうね、だいぶね」
「あれ? なんか顔が真っ赤じゃないです?」
「え!? そ、そんなことないわよ!?」
リリーが手をブンブンと振る。何をわかりやすく動揺してるんだこいつは……。
「わ! 絶対なんかあった! 何ですか何ですか!? 何があったんですか!」
「な、何でもない!!」
ダメだ。こっちまで恥ずかしくなってきた。
「え!? なんでご主人まで赤くなってるんですか!? ちょっと!!」
「……見えてきた」
ニーナに厳しく追求されて答えあぐねていると、セシアがいつもの調子でつぶやく。
彼女が指を指す方向にはゴツゴツとした岩肌の島が浮かんでいた。
間違いない。あれこそが魔王が住む死界島だ。一番高いところには大きな城が建っており、禍々しいまでのオーラを放っている。
島の大きさも、城も、今まで見てきたものの方が格段に大きい。しかし、そんなことは大した問題ではないほどに圧倒的な存在感を放っている。
「あれか……」
「なんか、冷や汗かいてきちゃいました……」
「ニーナも? 私もなのよね……」
どうやら受けている印象は誰も同じのようで、魔王城というのは名だけではない、本物の恐怖感をまるで肌を刺すように与えてくる。
*
そこから30分は思ったよりもすぐだった。いい意味なのか悪い意味なのかはわからないが緊張感が戻ったためだろう。
岸に近づいてみると、遠くから見たよりも大きいことに気づかされる。押しつぶされそうな威圧感を直に感じながら船から上陸する。
「アハハ、来ちゃいましたね……」
ニーナはよくわからない苦笑いが出てしまっている。だが気持ちはよく理解できるほど複雑だ。
ここまで言ってしまえばあっさり来ることが出来ただけに、城を見るとここからはそうやすやすと事が進まないと暗示されている気がした。
その時、横に立っていたセシアの帽子が地面に落ち、中から黒猫のセーニャがひょっこりと顔を出した。
「そうだ、セーニャさんはここでお留守番かな?」
俺は屈んでセーニャに言う。彼女はニャー、と返事をしてくれる。
「……『一緒に行く』って言ってる」
「一緒に? 大丈夫かそれ?」
「……『心配するな』って。なかなか譲ってくれない」
セーニャさんはニャー、と自信たっぷりに答える。セシアは彼女の声が聞こえるらしいから多分置いていけないだろうなあ。
「しょうがないなあ、セシアの帽子の中にいるんだぞ?」
魔王を前にして猫の矜持みたいなものがあるんだろうか。仕方ないので連れて行ってあげることにした。
鳥の顔の骨のような岩で出来た不気味な島を歩くと、思ったよりも早く魔王城の門の前までたどり着くことが出来た。島自体がそもそもそんなに大きくなく、城がほとんどの部分を占めていることが理由だろう。
気が遠くなるほど高い階段を上ると、目の前に立ちはだかったのは壁のような巨大な門扉。触れてみると金属特有の冷たさが手のひらを通して伝わり、強く拒否されているような気さえした。
「いくぞ……覚悟はいいか」
問いかけると、皆固唾を飲んで静かにコクリと頷いた。それを見て俺は門扉にグッと力を入れて、押しあける。
かなりの重量のそれは手応えと共に少しずつ開く。それはまるで魔界が少しずつ口を開けているかのようで、中から突然モンスターが出てくる可能性もあるため俺たちは警戒の気持ちを強めた。
しかし案外、扉が完全に開け切っても見える限りで先の空間にはなにも無かった。真っ暗で、ただただ直線上に伸びている廊下があるだけだった。
先は見えない。ほとんどトンネルのようなその廊下はまるで永遠に続いているようで、行ったら最後、帰ってこれないのではないかと想像を膨らませる。
俺たちは息を飲んだまま何も言わずにひたひたと廊下を進んでいった。緊張で何かを喋ることすらできないためだ。
黙々と長い廊下を歩き続ける。組積造の、灰色の岩のタイルで作られた道をただただ進む。だが、どこまで歩いても先が見えない。
「なあ」
俺はそこでようやく口火を切った。
「どうしたの?」
「おかしいと思わないか?」
少しずつ感じていた違和感をようやく口にする。
「なにが?」
「静かすぎると思わないか」
ここまで入って二分ほど直進しているが、モンスターの一体も待ち構えていない。どころか、物音一つしない。
どう考えても、おかしい。そもそも魔王城に到着するまでに船に乗っている段階で何の障害も無かったことも、違和感があることなのだ。
「気のせいじゃないですか?」
「本気で言ってるのか?」
「見て! あっちに光……!」
ニーナの言葉に反発を感じていると、ようやく何かの部屋にたどり着いたようだ。トンネルの出口のように、先に何やら明かりがあるのはわかる。
大きな違和感を抱えたまま、明かりのある部屋に到達する。
眼前に広がったのは、無機質な大広間だった。
この城のほとんどの部分が集約されているのではないかというような巨大な空間にはほとんどと言っていいほど何もなく、俺たちは理解に時間がかかった。
「何よ……ここ!?」
「これが……魔王城の全容!?」
考えてみればおかしかった。罠も、モンスターも全くと言っていいほど出てこなかった。そして、それに疑問を持つことなく進んできた自分たちもおかしかった。
「なあ、俺たち……どれくらい歩いた?」
「え? 二、三分じゃない?」
「後ろ見てみろよ」
俺は自分たちが歩いてきた道を指差した。扉を開けてきたというのにこちらから向こう側の光は見えない。そんな距離を短時間で歩くことは出来ない。間違いなく15分以上歩いているはずなのだ。
「どういうこと!? 全員が、ボーッとしながらここまで来たってこと!?」
考えられるのはそれだけだ。俺たちが意識している以上に進んでいるということは、ボーッと歩いていた時間があるから。しかし、全員が、しかも魔王城で注意を散漫にして進んでいるはずがなかった。
おかしい。何かが。
「楽しんでもらえてるかな? この城は」
俺たちが驚いていると、いつの間に現れたのか部屋の中心に2人の男たちがポツンと立っていた。
1人はローブで全身を隠しており、その素顔を確認することは出来ない。もう1人は長い白髪の中年男性で、かなり痩せ細って青髭が目立つ。服は真っ黒で、先ほど発言したのはこいつだ。
「嘘……」
「どうした! リリー!?」
リリーが明らかに何かに怯えている。
「パパ……」
「パ、パパ!?」
リリーは目の前の男が父親だと言い出した。顔がわかるのは白髪の男だけなのでその人物のことを言っているのがわかる。
「でも……パパは死んだはずじゃ!」
「私がいつ、どこで死んだのだ? 娘よ」
白髪の男はニタリと笑う。リリーが過呼吸になる。俺は彼女の背中をさすった。
「落ち着け! 相手のまやかしだ!」
「嘘……わからない……わからない!」
リリーは発狂したように叫び声を上げる。異常な反応だ。
「……やれ」
白髪の男が号令を出すと、今度はローブの男がこちらに向かって走ってくる。リリーが動けない今、相手を必要以上に近づけることは不味い。
「セシア!」
「……わかってる。『バーン』」
なるべく距離を取って戦おうという判断の中、セシアが手のひらを男に向け、魔法スキルを発動する。
しかし、数秒経ってもセシアの手のひらからいつものように火球が放たれることはなかった。
「どうした! セシア!」
「魔法が……使えない」
そんなバカな! この土壇場でトラブルが起きるなんてありえない、と驚いていると、ローブの男がもう目の前まで来ていた。
「セシア!」
俺は叫び、走り出した。タックルのようにしてセシアを突き飛ばす。
「いやあああああああああ!!!」
ニーナの悲鳴が耳をつんざく。腹部が熱い。
熱さの元を触ると、俺の手にはべっとりと真っ赤な血が付いていた。
なんだよ。これ。
ローブの男は剣をさらに振り上げ、地面に仰向けに倒れる俺の体にもう一度剣を突き刺した。
「ああああああああ!!」
再び腹部に激しい痛みが走る。一瞬の冷たさの後に火炙りにされたような熱さが走る。
嘘だ。死ぬのか。あと一歩のところで。成すすべもなく。
「ちくしょおおおおお!!」
そこで俺の中の箍が外れた。起き上がると、獣のように叫び、乱暴に剣を振り回していた。
「『アルカディア』」
その瞬間、ローブの男が呟いた言葉に耳を疑った。動きを止め、思わず呆然とする。剣を落としたため高い音が足元で響いた。
「それは……セシアの……」
ローブの男を中心に、激しい光に包まれて俺は自覚した。
ああ、俺は死ぬんだと。
2019/09/06
今回で4章が終わり、次回で最終章です。
ここからはかなり重い展開になる予定ですが、よろしければ今後も読んでいただけると嬉しいです。
1話から順に改稿を進めていく予定ですので、投稿ペースも前ほど高くはないですが、お楽しみいただけるように最大限頑張りますのでよろしくお願いします!




