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第96話:リリーさん、打ち明けます。

 甲板が20メートルほどあるその船は想像していたもの大きく、甲板下の荷物置き場で少し横になって休むことができるという快適なものだった。


 これだけの船に乗れているというのに、心は全く晴れることがなかった。空を見上げる。真っ黒な雲に押しつぶされそうだ。


 魔王と対峙する。いつか来るとわかっていたことだったが、相手の実力は未知数。不安に駆られないはずがなかった。


 船の上には俺、セシア、ニーナの三人がそれぞれ違う場所に立ち、静かに遠くを見ていた。閑談する気も起きないのは俺だけでないらしく、重い空気が流れるのみだ。


 リリーは少し前に下に降りて休んでいるようだ。なかなか上がってくる気配がないので寝ているのかもしれない。


「ご主人、ちょっといいですか?」


 ボーッと空を見上げていたため、近くにニーナが来ていたことに気づかなかった。深刻な表情をしないようにして振り返る。


「どうした?」


「リリ姉、1時間くらい上がってこないです。呼びに行ってあげてくれませんか?」


 もうそんなに経つのか。確かに長いとは思ってたが……。


「別に構わないけど、寝てるんじゃないか?」


 そう聞くと、ニーナは空を見上げて話し始めた。


「不安なんですよ、きっと。それこそ私の何倍も。だから声をかけてきて欲しいんです」


「わかった。ニーナも来るか?」


「いえ。ご主人が行ってあげてください。一緒に旅をしてる時間も一番長いわけですし」


 言われてみれば確かにその通りだ。だが、俺だけが行く必要があるのか? 不思議は残ったものの、ひとまずニーナの言う通り甲板から降りる階段へと向かう。


 荷物置き場は真っ暗で、武器や鎧、ビビたちが持たせてくれた食料が積まれていた。埃の臭いが鼻につき、思わずむせる。


「……アラン?」


 咳き込んだため俺の存在に気づいたのだろう。リリーは部屋の片隅で体育座りをしていた。


「何してるの? そんなところで」


「いや、それは全く俺のセリフなんだが」


 ポツリと座り込むリリーの隣に行き、あぐらをかく。なぜかリリーがすごく小さく見えた。


「お前を呼びにきたの。もう1時間くらいここにいるだろ」


「そんなに経ってた? 気づかなかった」


 それだけ集中していたってことか。ニーナの言葉が脳裏に浮かび、話をする必要があるなと確信する。


「不安なのか? お前」


「……当たり前じゃない」


 リリーは時々こうなる。普段は威勢が良く、どちらかといえば天真爛漫な振る舞いをするが、彼女は彼女なりによく考えて、悩むときはこうして少女らしくなる。


 普段のリリーと、目の前にいるリリー。どちらが本当の姿なのか、俺にはわからなかった。答えなんてないんだと思う。ただ、このリリーはなんだかやりづらい。元気付けてやれば元の五月蝿い彼女に戻るはずだ。


 とは言っても、何を言えば解決するのか全く思いつかないのでとりあえず世間話から始めてみる。


「えーと、俺さっき剣買ったんだよ」


「そういえば言ってたわよね。随分時間かかってたみたいだけど」


「ああ。前使ってたやつより長い剣にするか、同じくらいのにするかで悩んでさ。結局僅差で長い方にしたんだけど」


「何それ。そんなに悩むところ?」


「結構悩んだんだよ。ここの選択が凄い重要な気がしたっていうか……優柔不断なんだよ」


 変なの、とリリーが笑う。いつものくしゃっとした笑みではなく、頭では違うことを考えている、フッといった感じの笑い方だ。


 会話がひと段落してしまい、また沈黙が流れる。何か言い出しづらくなってしまった。


「ねえ、アランは怖くないの?」


 また世間話をするのもなんだか不自然だしな……と考えているとリリーが口火を切る。しかしまた答えに困る質問だ。


「怖くないわけじゃないさ。でも俺たちにしかこの状況は打破できない。あっちで待ってるビビやメイ、エマたちの気持ちも背負ってるからやるしかないよな、って感じかな」


 実際それはリリーを勇気づけるための嘘でもなんでもなかった。もともと村人として矜持も責任もなく暮らしてきた身だ。だからこそ誰かに頼られているというのは特別な体験だし、それに応えたいと思う。


「強いんだね、アランは……」


 俯くようにしてリリーは呟く。もしかしてダメな解答だったのだろうか。


「私ね、怖くてしょうがないの。都合のいい時だけ勇者なんて言ってたのに本当にバカよね。『私しかできる人がいない』、『誰にも頼れないかもしれない』って思ったら……怖くて」


 それは勇者の口から発されたとは思えないほどの弱々しく、いかにも少女らしいセリフだった。


「大丈夫だ。俺たちがいるだろ」


「アランが……?」


「俺だけじゃない。困ったらセシアやニーナにだって頼れるだろ。勇者だからってお前だけがしんどい思いする必要ないんだよ。仲間がいるんだから皆で協力しようぜ」


「皆で……」


 リリーは小さく繰り返すとうんと頷いた。


「ありがとう。嬉しい」


 その声を聞いて安心しかけたが、リリーの顔はまだ少し暗く、なにかが足りていないのだと感じる。


 しかし口下手な俺にこれ以上の話題はなく、手札は全て使い切ってしまった。どうすればいいか頭の中の全てのボキャブラリーを振り絞る。


 そうだ、今のことは一度置いておいて、明るく未来の話をしてみよう。


「えーと、この戦いが終わったらリリーの好きなところに行こう」


「私の好きなところ?」


「ああ。勇者としての使命を果たすわけだからな。どこに行きたい?」


 リリーは先ほどよりは少し明るい顔で上を見上げて考える。


「……また旅がしたい」


「旅?」


「うん。城に帰って、アランと出会った村に行って、ラクシュに行く。今までは冒険目的だったから、今度は観光するの」


 そういう考え方はなかった。確かに妹のメアリにも久しぶりに会いたいし、ラクシュにいる仲間たちと今度はゆっくり食事もしたい。よく考えたら俺はラクシュの名産品のひとつも知らなかった。


「それはいいな。こっちで出来た仲間たちも皆連れて行こう」


「うん。美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て、素敵な毎日を過ごしたい」


「そうしよう。きっと楽しいぞ」


 俺たちは船の甲板の下で、草原の上を走り、町の隙間を抜け、空へ飛んでいた。風は踊り、海は微笑み、太陽は生命を祝福していた。


 俺たちは、ふたりでひとりだった。


「ねえ、アラン」


「なんだ?」


「……好き」


 普段の俺だったら意表を突かれてどもっていただろうが、今は自然と言葉が出てくる。


「……俺もだ」


 愛している。それは言わなくてもいいのだと根拠はないが確かに感じた。その言葉を飲み込むと、食道を通ってほんのりと胃が暖かくなった気がした。

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