第95話:元村人A、再び旅立ちます。
「魔王を……」
「討伐?」
「ああ」
ノーゼルダムは魔王の抱えの魔術師だ。だったら魔王を討伐すればそのスキルも止まるかもしれない。
「そうすれば……いいんじゃないかと……」
が、やはり予想した通りこの不可能にも近いアイデアに対する皆の反応は微妙で、腕を組んで苦いものでも口に入れたような顔をしている。自信がなくなり口ごもってしまった。
「それってすごく非現実的なプランじゃない? 魔王を倒すって……」
リリーの言う通りだった。魔王より弱いノーゼルダムの使い魔にすら勝てないというのに、いきなり飛び級で魔王を、それも情報も無しに倒そうというのはあまりにも現実味のない考えだ。
だからこそ一度は口に出すのを憚った。しかし、その案の他に何をすればいいのか見当すらつかないのもまた事実だ。
俺は拳を強く握った。ここで諦めてしまえば世界は滅ぶだけだ。だからこそ引くわけにはいかない。
「でもこれしか無いと思うんだ」
「そんなこと言ったって……」
「ここで立ち止まれば確実に世界は滅ぶ。もう一刻だって猶予はない、そうだろ?」
「確かにそうだけどさ……」
こうして揉めている間にもタイムリミットは迫ってきている。ここはなんとか俺が皆の意志をまとめらければならない。
「でも私たちが魔王の元に向かって、負けたらそれこそ元も子もないことですよ?」
ニーナが挙手し、発言する。
「それはそうだ。だが仮にここから3時間準備に徹底して召喚されたモンスターを倒せたとして、ラクシュの皆はどうするんだ?」
アリシアを筆頭に、ほとんど瓦解したといってもいいほどの王都をなんとか復興しようとしている人々の存在があった。
圧倒的な絶望や、ぽっかりと空いた心の穴をなんとか埋めようと一筋の希望を抱えて頑張っている彼らは何も知らされることがないまま、また同じような思いをしたまま死ぬのだ。
「それはそうですけど……」
「それに、魔王のところに行けば奴が何故ノーゼルダムに死に際に魔物を放つよう指示したのか、ここで世界を滅ぼす規模の戦力を投入するのかわかる可能性もある。試してみる価値はあると思うんだ」
皆の心が少し揺れたのを感じる。あと一押しだ。なんとか説得しなければ。
「しかし、どのようにして戦うのです? 算段はあるのですか?」
今度はビビが訊く。
エンシェントドラゴン討伐によって消耗したカインたち国のトップランカーを動かすことはできない。兵も疲弊し、ビビたちも国防のために連れ出すことは出来ないだろう。
しかし、相手が魔王となれば話は別だ。こっちにはひとり、可能性を持った者がいる。
「リリー、お前だ」
「え!? ここで私!?」
完全に気を抜いていたのか、突然の指名にリリーは鳩が豆鉄砲を食らったような驚き方をする。
「そうか……リリー様は勇者……!」
ビビが言うように、リリーはもともと勇者として旅をしていたのだ。具体的なことは一切不明だが書物によれば「勇者の力」があると言うのも聞いたことがある。
つまり、魔王を倒せる力を持っている可能性がある。かなり望み薄な気はするが、賭けてみるだけの情報ではあるはずだ。
「そんなこと言われても……」
リリーは突然勇者として扱われてかゴニョゴニョと濁すように言う。今までほとんど忘れていたようなことを並べられれば受け止めきれないのもわからないでもないが、彼女の力を信じる他に今の段階で有効な方法はない。
「大丈夫だ。それにセシアのアルカディアだってある。どの程度魔王に通じるかはわからんが」
それから戦力はなるべく多い方がいい。それには船での所要時間と、最大人数を把握しなければならないな。
「運べる限りの兵を集めたい。最速で死界島にはどれくらいでいける?」
「魔道具のエンジン付きの小舟であれば2時間程度で到着します。しかし、武器の重量も考えると四人程度が無難でしょう」
よ、四人!? もはや少数精鋭じゃないか。せっかく上手くまとまりかけていたのにと頭を抱えそうになる。しかしそれしか手段がないというのなら最も効果的な四人を選抜するしかない。
「リリー、セシア、ニーナは確定として、あとひとりはビビが乗った方がいい。俺はここに残って、召喚されるモンスター対策の現場の指揮を手伝う」
「お言葉ですが、それはできません。アラン様」
「なんでだ?」
ここまで話を素直に聞いていたビビがここに来て初めて反論をする。
「アラン様はパーティの皆様をこれまで導いてきたと聞きます。あなたの存在は間違いなく必要不可欠です」
ビビの言葉に、俺はすぐに「そうだ」と返すことができなかった。
「俺は……」
続けることができず、俯く。行ける人数が限られている以上、ひとりでも戦闘向きの人間が入れば邪魔になりかねない。
「……ダメだ。俺じゃ。強い奴が行かなきゃ」
「それは違います。貴方がここまで皆を動かし続けてきたからこそ今の結果があるのです」
「そうですよご主人! 四人じゃないと意味ないですよ!」
「……アランじゃなきゃ、ダメ」
思わず耳を疑った。俺が必要不可欠? 違う。降りかかってきた問題をその場その場で解決しようとしてきただけだ。
「こんなところで尻尾巻こうったって無駄よ。ちゃんと付いてきなさい。あの時みたいに」
リリーの言葉を聞き、記憶が蘇る。そうだ、あの時村でリリーについていって、魔王を倒すって決めたんだった。
あの時の俺は強さとか、そんなことは微塵も考えてなかった。あの時の強さを忘れていた。
そしてどうやらパーティの三人からの信頼は予想外に厚かったらしい。皆の顔を順番に見て、覚悟を決めた。
「勝つぞ……! 魔王に!」
「「「「おーーー!」」」」
「……おー」
その場にいる全員が拳を挙げる。意思は固まった。あとは今すぐ行動するまでだ。
「よし、俺たちは船着場に向かうぞ! メイ、エマ、ビビの三人は周りの人に状況を伝えてくれ!」
「承知しました。迅速に対応します。それから……アラン様。剣が折れてしまっていますが、いかがいたしましょう?」
確かに先ほどの戦いで持っている剣は真っ二つに折れてしまっている。これでは使い物にはならないだろう。
「ああ、新しいのに変えてくるよ。今度は少し長いのにするか、今の長さにするか悩んでるんだ」
「左様ですか。出港前に兵士に声をかけていただければご用意できますので、ぜひご利用ください」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
この後武器を選び、船に乗り込むのにそう時間はかからなかった。4人乗りの小舟と聞いていたが、思った以上に大きかったその船は大きな不安感とやらなければならいという強い決意を乗せて、岸を出た。




