第92話:元村人A、阿吽の呼吸をします。
「くだらない茶番の後で少々気がひけるが……どうやら気を抜いてもいられないようなのでね」
再びノーゼルダムの体から邪悪なオーラが放たれる。息をするのも苦しくなるような、そんな空気だ。
「お前はセシアのスキルを恐れている。そうだろ?」
ノーゼルダムの様子を観察していて、気がついたことがあった。
「面白い。聞こうか」
「お前が早々に俺とリリーを片付けてセシアと対話したのは、セシアがスキルを使用できた場合、その一撃で倒される可能性がある。だから使用可能かを調べ、撃たれる前に防ぐ必要があった」
「ほう。その根拠は」
「ない。勘だ」
だが、俺のその勘は確信に近いものがあった。ノーゼルダムを睨みつけていると、彼はフッと笑った。
「……半分正解だよ。確かにウィズド一族の魔法を受ければ体は持たないだろう。ただ、半分は不正解だ」
ノーゼルダムはそこまで言うと急速に俺に接近して、拳を振り上げる。
「君たちはそのスキルを使うことはできない。何故ならそれより前に私に倒されるからね」
ノーゼルダムの奇襲に対応し、『マキシマイズ』の効果で上がった動体視力と身体能力を駆使して体を捩り、避ける。
武道家のような速さのその突きは二百歳を超えている人間から放たれるているとはおおよそ想像もできない。ジャージに風を感じる。あれを食らえば間違いなくノックダウンだ。
「避ける……か。少しはマシになったようだね」
次の瞬間、何故か俺の顔に蹴りが飛んでくる。ノーゼルダムは突きの時に出した足に体重をそのままかけ、強引に逆の足で蹴りを入れてきたのだ。
「そんなのありかよ!」
「『連戟』!」
蹴りが顔面にぶつかりそうになり俺が声を上げると、後方からリリーが剣を振り下ろす。ノーゼルダムはやむなく蹴りを止め、力の方向を剣に捻じ曲げて、足で弾き返す。
すかさずリリーが剣で二撃目を入れるが、ノーゼルダムが危険を察知する方が早く、後ろに飛び跳ねて下がられてしまった。空振りに終わる。
「助かった!」
「次、来るわよ!」
どうやら息をつく暇もない。今度はノーゼルダムは火、水、光、闇の様々な属性の魔法の球を放つ。弾幕というのがふさわしいほど夥しい数で、剣で斬り、体を動かして避ける。
「くそっ! やっぱ近づけねえ!」
魔法を使ってくる相手にはリーチを縮めなければならない。しかし俺たちにその距離を詰める手段はない。
「言うほど大したことはないなあ」
「言ってろ! 今に吠え面かかせてやる!」
俺は噛み付くように言うが、算段が整わない。必死に避けるので動きも少しずつ鈍くなってくる。対してノーゼルダムは一歩も動かない。このままではジリ貧だ。
「そろそろ時間が無いのでね……。退屈だし終わらせて貰おう」
ノーゼルダムがそう言うと、彼の周りに五つ、紫色の魔法陣が出現する。大きさは半径三十センチメートルほどで、それだけ強力な魔法スキルであることを表しているのだ。
「最後に……君たちの発言には論理が欠けている。愚か者よ。世界は論理によってのみ成り立っているのだ。それを教えてやる」
徐々に魔法陣が光を強め、そのオーラからか向かい風が吹く。あれを食らったら間違いなくお陀仏だ。時間もない。何か作戦はないか……。
……そうだ! リリーと協力してなら……これなら出来る!
俺は土壇場で作戦を思いついた。しかしそれをリリーに伝えているだけの時間はない。
「リリー! 行くぞ!」
「……奇遇ね、なんとなく貴方の考え、わかった気がするわ!」
俺の言葉に、リリーはそう返してニヤリと笑う。不思議と彼女は俺の作戦を理解している気がする。
「ノーゼルダム! 根拠なんて必要ねえってことをわからせてやるぜ!」
俺はノーゼルダムの方へ走り出す。強力な魔法を発動しようとしている奴には少しだけだが隙が出来ている。そこを逃すわけにはいかなかった。
「……小癪な真似を」
俺は腰に差した片手剣を引き抜き、地面を蹴り上げて派手に振り下ろす。
「無駄だ」
ノーゼルダムはそれを見切ったように剣が下された先に腕を出す。魔法によって強化された腕によって、片手剣と交わった腕は金属同士がぶつかったような音を立てる。
それと同時に剣と腕がぶつかったところに少しずつヒビが入り、俺の剣はポキリと折れた。スローモーションで剣の先が宙に浮く。
「残念だったな。少年」
「……そいつはどうかな」
「なっ……!」
俺はそのまま重力で地面に着地し、すかさず地べたに伏せた。
「『風刃』!」
リリーがスキルを発動する。設置型の風の剣の一撃である『風刃』は、俺の折れた剣先の地点で発動する。
すると、強い風に剣先の方向が変わり、宙を舞った後、不意をつかれたノーゼルダムの右目に刺さる。
「しまっ……」
右目から血が流れ、ノーゼルダムの周りにあった魔法陣は五つとも急速に光を失い、次第に薄くなった後に消えてしまった。
「準備出来てるわ!」
風刃設置からしばらくの間力を溜めておいたリリーはその魔力をスキルに注ぎ込み、剣による一撃の準備をしていた。
「いっけええええええ!!」
リリーが両手で剣を掲げると、真っ赤なオーラがそこに集まり、雷のように激しく揺れ、爆発的に光が大きくなる。
「『限界点の一閃』!!」
剣をそこから振り下ろすと、真っ赤なオーラが斬撃と共に地面を裂き、ノーゼルダムの方へと向かっていく。
目に一撃を喰らい大きく隙が出来たノーゼルダムはそれを避けることができず、体を両断される。後方に飛ばされ、なんとか着地するがダメージからか地面に足が崩れ、血が流れる目を手で抑える。
「……こんなガキに、私が!」
ノーゼルダムは悔しそうに言う。そして顔を上げて、ハッとした表情になる。
「もう、終わり。人形使い」
セシアが目を閉じながら言う。彼女の後ろには黄金の十字架が現れ、辺り一帯を照らすほどの強い光を放っていた。
「こ、これが……」
「セシアのスキル……」
俺とリリーはそのセシアの姿に見惚れるようにして呆気に取られた。それはまるで天使のようで、聖性すら感じるほどであった。
「……よもやこれまでとはな」
ノーゼルダムがそう言ったのを最後に、セシアは閉じていた目を見開く。
「『アルカディア』」
スキルを発動させると、光がさらに一際強くなり、女神の様な女性のオーラが現れる。
光はノーゼルダムを包み込む。俺にはその光や、女神の姿が優しく感じた。
「かっ……ああ……」
次の瞬間、空から大きな雷がノーゼルダムを中心に落ち、先ほどまでセシアの後ろにあった十字架は空高く浮かび上がっており、雷が落ちる様子を眺めている様だった。
「……『アルカディア』は光で正きを癒し、悪しきを罰する」
セシアがそう呟く。解説の通り天災とも言えるほどのその雷と、優しく包み込まれる様な光に俺たちが困惑していると、女神のオーラはこちらにニッコリと笑いかけ、スッと消えていった。
ひときわ光が強くなり、雨を降らせていた真っ黒な雲が少しずつ晴れていく。光と合わさり弾けるように雲が消え、空はみるみるうちに快晴になった。
それと同時に光が少しずつ収まり、十字架とともにそれらが消えると、そこには雷が落ちていた場所にはノーゼルダムが倒れているだけだった。




