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第91話:セシアさん、覚悟します。

「アラン!!」


「ご主人!!」


「……っ!」


 俺は『バーン・メタ』を喰らって後方に転がる。雨を吸った泥が口の中で血と混ざって苦いのと、体に降り注ぐ液体だけが俺が生きている実感だった。


「アラン……どうして」


 セシアが駆け寄ってくる。心配そうにこちらを見る。


「どうしてってお前……」


 当たり前だろ、と言おうとして言葉が途切れる。ああ、頭に血が回ってないんだ。体に力が入らない。声も老人のようにか細くなっている。



 俺、死ぬかもな。このまま。



 漠然とそんな考えが浮かんできた。諦めにも近い気持ちだ。


「どうして人形の私なんか……」


 セシアが悲しげな顔を俺の体を半分地面から抱え上げ、俺の顔に近づけてくる。


 人形の私か。



「……君は人間の本質とはなんだと思う? 言い換えれば、何が人を人たらしめると思う?」



 セシアの実家で彼女の父、トマスに言われたことが走馬灯のようにしてフラッシュバックする。



「違う。セシアはもはやただの人形だ」



 ……セシアはただの人形。トマスはもちろん、セシア自身も認めている事実だ。ふたりにとってそれが真実ならばそれは絶対的な真実だ。

部外者の俺がどうこう言えることじゃない。



 ……でも、そんなのは嫌だ。



「アラン?」


 俺は倒れたままセシアの手を強く握った。セシアは突然の出来事にハッと驚く。


「冷てぇ……。はは、こんな雨だもんな……」


 セシアの手を握ると不思議と笑みが出てきた。


「手が冷たい人ってのは心があったかいっていうもんな……」


 この笑いの訳は多分、嬉しかったからだ。彼女に心があることを実感して。セシアは意味が分からずおどおどとしているが、それでもよかった。


 ……これでようやく、踏ん切りがついた。俺は大きく息を吸う。



「……お前はお前だろ! セシア!」



「違う、私は……」



「違くない!」



 頭から否定しようとするセシアに俺は体力の限り、半ば叫ぶように言った。


「どうして……」



「『どうして』か、さっきもそうだったな」



「だって、私なんて助ける必要はない」



「そんなわけないだろ。大事な仲間なんだから」



「仲間でも、人形として使えばいい」


 セシアから出た言葉にハッとした。人形として使う。それが彼女の本心なのだ。


 そもそも、彼女だけはこの旅に同行している理由が曖昧だった。トマスの言うようにそれは彼女に意志がないからだと思っていた。




 しかし、先ほどの言葉で確信した。彼女はあくまで『人形』としての使命を果たしているのだ。戦闘の時は戦い、危険な時には犠牲になる。感情を持たない戦闘兵器として、俺たちの旅に同行していたのだ。




「……違う! お前はお前なんだ!」


「どうし……」




「『どうして』じゃない! 俺がそう思ったからだ!」




 セシアはその言葉を聞いて驚き、息を飲んだ。俺は痛む腹にありったけの息を溜めた。




「理由なんかどうだっていいだろ! お前が人形なのか、人間なのかなんてどうだっていい! 仲間として大事なんだよ!」




「……私は、アランの思うような生き方をしていない!」


 セシアが声を荒げたことに驚く。彼女のそんな様子は初めて見た。


「私は、これまで人形として生きてきた。戦力として利用されればそれで……」


「それでいいのかよ」


 彼女はどうも煮え切らず、そこまで言って口を閉じた。



「セシアがうけてきた痛みは知らない。でもな、過去にどう生きてきたかなんてどうだっていいだろ! 大事なのはお前が今、どうやって生きたいかだ!」



「それは……」


「周りを見ろ!」


 間髪を入れない俺の言葉をきっかけにセシアは俺の顔を見ていたのを、視線を辺りに向ける。




「お前がそんな大したことない奴なんだったら、ただの人形なんだったらお前の周りにいる俺は、リリーは、ニーナはなんだってんだよ!」




 セシアはそれを聞いて酷く動揺する。返答に詰まっているのだ。


「人間の証明とか、難しいことは俺には

わかんねえ! でもな、皆お前が大好きで、尊敬してるから仲間なんだ!」



「セシア、お前は誰だ!?」



「私は……私は……」




「お前は誰か、言えええええ!!」




「私は、セシア・ウィズド……! 皆の仲間で、私は……私!」




 ありったけの声を上げると、頬に暖かい粒が落ちる。



 それはセシアの目から流れた一粒の涙だった。彼女は今まで見たことないほど安らかな顔で、涙を一粒、また一粒と俺の体に流す。



「ありがとう……。私は、私だから」


「はは……涙、流せるんじゃん」




 トマスが言っていた、『感情があることこそが人間の条件』というのも彼女には当てはまらない。何故なら、彼女は人形ではなく、セシア自身だからだ。




 そう思い、ニッと笑った瞬間、視界が急激に眩んだ。


「やべっ……」


 よく考えたら俺、死にかけてたんだった。思い切り叫んだせいで酸欠気味だし、血液はどう考えても不足してるし。下手したらこのまま退場かも……。



「『マキシマイズ』!!」



 自分の死期を悟った瞬間、ニーナの声で回復魔法が発動される。眩んで徐々にフェードアウトし始めていた視界が、一気にひらけてくる。



「ナイス!! 絶対来ると思ってた!!」



 俺は急速に起き上がり、ニーナにサムズアップする。これこれ、これのおかげで安心して行動が出来ますわ!! 体の痛みもすっかり消えている。


「ま、間に合った……」


 ニーナは腰が抜けたように地べたに手をついて座り込んでいる。どうやら割と間一髪だったようだ。危なかった。


「聞こえてたわよ。さっきの会話」


 ニーナに手を貸してこちらに歩いてくるのはリリーだった。そうか、リリーを『マキシマイズ』範囲内に引きずって連れてきたために時間がかかっていたのか。


 回復魔法のおかげで俺の体はピンピンとしている。先ほどまでのダメージが嘘みたいだ。さすがは腹に穴が空いても治るだけの効果はある。


「……くだらない茶番だったな」


 四人が一箇所に固まると、ノーゼルダムが近くにあった岩から立ち上がり、吐き捨てた。どうやら鑑賞モードだったらしい。



「人形は人形だと言っているだろう。それを『俺が思うから』だったか? 幼稚な理論だ」



「どうかな。頭が固いやつにはわからんかもな」


 ノーゼルダムの主張を軽口で返す。さて、ここからが大変だな。


「で、どうするの? アンタ何か作戦あるんでしょ?」



「ねーよ。つーか困った時だけ俺に作戦出させるなよ」



「ええ!? こういう時のアランじゃないの!?」


「おい、セシア。さっきの無しだ。この暴力ゴリラは仲間の中から外せ……イタタタタタ!!!」


 リリーが無言で俺の腕を捻りあげる。ああ、さっきまでいい感じだったのに! 痛い痛い!!



「……私のスキルを使う」



 泣きそうになりながらギブアップを申請していると、セシアがポツリとつぶやいた。


「スキル……? 何かあるのか?」



「子供の頃に植え付けられたスキルがある。でも魔力が足りるかわからない」



 そうか、セシアが感情を失うキッカケになったっていうスキルがあったな。しかしその実態は全く把握していないし、魔力が足りなくて不発に終わってしまえば意味がない。



「私の魔力を使ってください!」



 ニーナが名乗り出る。


「出来るか、セシア?」


「……多分。でも、莫大な量を吸い上げることになる」




「大丈夫ですよセシア姉。あの時(・・・)貰ったもの、今度は私が返します!」




 ニーナの言っている言葉の意味は多分俺が知らないふたりだけの話なんだろうが、ニーナは任せろとばかりに言い、その様子を見てセシアは口元が緩む。


「よし! セシア、その魔法を使うにはどれくらい時間がかかる!?」


「……1分くらい」


「じゃあセシアとニーナは後方で魔法発動の準備、俺とリリーで時間を稼ぐぞ!」


「「ラジャ!!」」


 俺、リリー、ニーナは拳を挙げる。


「……ラジャ」


 セシアもやや小さくだが拳を上げた。


「「「おおー……」」」


 セシアがこの空気に乗るとは思わなかったので俺たちは少し驚いた。ま、まあ成長だ。

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