第90話:ノーゼルダム、嗤います。
初めに、リリーが片手剣を抜き、走り出した。
ノーゼルダムは魔術師であるため、魔法を主に使ってくるはずだ。そのため距離を詰める必要がある。ノーゼルダムは手のひらからセシアと同じ『バーン』を放ち、寄せ付けまいとするが、リリーは上手く躱し、正面に来た火球は剣で両断してかき消す。
「もらった!」
素早い身のこなしであっという間にリリーはノーゼルダムの目の前にたどり着き、剣を振り下ろし、ノーゼルダムを確実に捉える。
「いった!」
俺は声を上げたが、カキン、と金属同士がぶつかり合う音と共に弾かれた。
「えっ!?」
リリーはハッとして目を見開くと、間違いなくノーゼルダムは右腕を剣と交えている。だがその硬さは剣と同等ということだ。
「義手……?」
「いいや、簡単な話だ。腕に強化系のスキルを発動させている」
ノーゼルダムはそう答えると、腕にグッと力を入れ、剣を弾き返してリリーをノックバックさせる。
ズザザザと足で地面に着地し、後退の勢いを殺す。改めて前方を見て、リリーはハッとした。
ノーゼルダムは彼女に手のひらを向けて、スキルを発動している。反応したタイミングがあまりに遅かったため、避けきれない。
「『クラフト』!!」
俺はすかさず森の大木を素材でリリーの前に巨大な盾を生成する。炎が盾に防がれ弾ける。
「ナイス!」
「リリー、攻めろ!」
リリーは俺に礼を言うと、再び前進する。
「『連戟』!」
再びノーゼルダムに剣を振る。一撃目は軽々腕で弾き返される。しかし『連戟』の本命は二撃目だ。
リリーは弾かれた剣を引き戻し、二撃目を加える。しかし、一撃目よりは高い音だとはいえ、それさえも簡単に弾かれてしまった。ノーゼルダムにダメージはない。
「硬すぎる……」
リリーは悔しそうな顔をする。
「リリー、下がって」
セシアの言葉を合図にリリーは後ろに跳ぶ。地面に右手のひらを地面にペタリと付けたセシアはスキルを発動した。
「『フリーズ』」
宣言と同時に、地面が凍り、一直線にノーゼルダムの方へ向かっていく。それを避けるべくノーゼルダムは後方へジャンプし、過剰なまでに距離を取った。
すると彼が元々立っていた位置に氷が到達した瞬間、爆発的に氷が巨大化し、二メートルはある氷の山が現れる。
彼はそれを予期していたのか、今立っている位置はギリギリ氷によるダメージを受けない位置だ。
「……つまらないな」
ノーゼルダムはポツリと呟く。
「そうは言ったって、お前だって攻めあぐねてるじゃねーかよ」
俺は挑発のつもりで言ったが、彼はむしろフッと笑った。
「攻めあぐねている……ように見えるかね」
そのつぶやきを聞いた瞬間、俺は全身に凍りつくほどまでの殺気を感じた。これはまるでナイフだ。肌を刺すような殺気に襲われる。
「『バーン・メタ』」
ノーゼルダムは魔法スキルを発動する。俺が危険を叫ぼうとしたのと同時だった。そして既に事は終わっていた。
彼の手のひらから放たれた、『バーン』とは比較にならない、半径二メートルほどの巨大な火球にリリーは捉えられていた。
「しまっ……」
瞬間的に避けようとするが、当然躱しきれるはずもなく、火球を無防備に受けてしまう。
「リリー!!」
「少年よ、余所見が過ぎるな」
後ろから声がして振り返ると、いつの間に動いていたのか、ノーゼルダムが俺の後ろに立っていた。顔面に強烈な蹴りをくらい、俺は地面に転がった。
立ち上がろうとすると、視界が揺らぐ。足元がふらつき、起き上がることすらできない。脳の機能を狂わされたのか。
「くそっ! ニーナ! セシア! 逃げろ!」
ぼんやりと見える視界に入るふたりに声をあげる。
「さて、邪魔なふたりは片付いた」
ノーゼルダムは一歩一歩とふたりへ近づいていく。ニーナは足が震えているが、自分を奮い立たせようと目の前に近づく敵を睨みつける。
「そう怖い目をするなよ。私は君と話がしたかったんだよ。ウィズド家の人形」
セシアはその言葉を聞いて引きつったような表情になる。それとは対照的にノーゼルダムはニタっと、不敵な笑みを浮かべる。
「おっと、警戒しないでくれよ。一度君と話してみたかったんだ。それだけだよ」
「……話すことなんてない」
「じゃあ教えて欲しいな。人形の君から見た世界のことを」
「やめろ!」
俺は地べたに這いつくばりながら声をあげる。しかしノーゼルダムはそんなことは耳にも入れずセシアに話しかけ続ける。
「君はスキルと代償に感情を失った。ただ無味乾燥で、色を失った世界は、君の瞳にはどう写っているんだ? 何を思いここまで生きてきた? うん?」
ノーゼルダムはニヤニヤと笑いながらセシアに聞く。セシアは目の前の相手から目をそらす。
「セシア! そいつの言うことは聞くな!」
「さっきからうるさいなぁ君は」
目の前にまたノーゼルダムが歩いてきて、俺の腹を集中的に何発も蹴る。腹が熱く、抉られるように痛い。
「なあ人形。君が一番よくわかっているんじゃないのか? 自分には感情がない。自分の人生に意味なんてものはないってことを」
「私……は……」
「あなたの目的はなんなんですか……!」
ニーナが言う。天敵を威嚇する小動物のような眼差しだ。
「目的……か。無いよ。そこの人形から話を聞きたいと思っただけさ」
ノーゼルダムはそう言うと、語り始める。
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私は生まれてから既に二百年ほどが経過している。魔法や魔術を追求した結果、成長のスピードが一般的な人間のものよりも遅くなったのさ。
君は二百年生きるということの意味がわかるか? かつて永遠の命を求めた君主や賢者たちはいた。彼らは水を求める砂漠の冒険者のように永遠を求めていたさ。
私にはその気持ちはわからない。百年ほど経過した頃からだろうか。全てに退屈したんだよ。この世界の。
同じような景色、同じような毎日、時代が流れても人のやることなんて同じようなことさ。自らの愚かさを自覚せずに失敗し、残った人生をその埋め合わせに使う。そして死ぬ。
ただ、私の人生は贖罪に費やすには長すぎた。
魔王に頼まれてこうしていることも暇つぶしにすぎない。
そんな時にエンシェントドラゴンを覚醒させるのに予想以上に魔力を浪費しすぎたときたじゃ無いか。これでようやく君たちと対等に戦えるというわけだ。
これは願っても無いチャンスだよ。久しぶりに真剣に戦えるんだからね。心の底から歓喜したさ。これほどまでの感情の起伏は実に百年ぶりだよ。
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「それに、人形もいるわけだ。私と同じ、人生に意味を持たないものがね」
「私……は……」
「セシア姉! 乗っちゃダメです!」
ニーナの言葉ももう耳に入らず、セシアは躍起になってスキルの『バーン』をノーゼルダムに放つ。
「さっきそこの少年が私のことを『人形使い』と言っていたね」
そう言うとノーゼルダムはまたしても『バーン・メタ』を発動させる。
「人形が……人形使いに勝てるはずないだろう」
セシアが放ったバーンのサイズを軽々超える大きさの火球を見てセシアは圧倒される。もう動くことすらままならず、このままでは『バーン・メタ』に直撃する。
「危ない!」
その瞬間に何が起こったのかは覚えていない。自然と体が動き俺は走り出していた。
俺はセシアを押しのけ、火球を体に受けた。




