第89話:カインさん、終わらせます。
数秒間の沈黙が流れる。エンシェントドラゴンとカインたちの騎空艦が相対する。
ある瞬間を境にして一気に周囲の空気が変わる。カインは鋭敏にそれを感じ取った。
「来るぞ!!」
その声を合図に、砲撃部隊は魔力大砲の砲尾部に手をかざす。大砲は青い光を放つ。
「『雷鳴撃槍』!!」
ヴィットリオはスキルを発動する。槍は最初の『雷撃槍』とは比較にならないほどの雷を纏う。
雷はヴィットリオの半身を覆うほど巨大化する。彼はその雷の痛みを感じ、顔を苦痛に歪める。
「『風林火山』!!」
次にシンゲンがスキルを発動させると、背後に白い虎、青い竜、黒い亀、朱い鳥のオーラが現れる。大きさはどれも三メートルほどで、エンシェントドラゴンを威嚇し、睨みつける。
「『インフィニティー・アロー』」
デルグレッソが両手のひらの指を組む。すると彼の背後から何百、何千の弓矢が出現する。それらは先をエンシェントドラゴンの方へ向ける。
カインは懐からセーナのネックレスを取り出し、ギュッと握りしめた。
セーナ。ありがとう。俺、まだまだだけど少しだけわかったような気がする。
お前のお陰で俺は今、ひとりじゃないことに気づけた。俺は、ひとりでじゃなく、皆と強くなる。
そっちに行くのはもう少し後になりそうだ。だから、そっちから俺のことをしっかり見ててくれよ。別に忙しいってわけじゃないだろ?
カインはそう心の中で、唱え、ネックレスを首からかける。
「『光明の剣ラスタバルタ』! 『宵闇の剣ダイアニクス』! 双剣を成せ!」
カインがスキルで剣を生成する。左手には神々しいまでの光を放つ長い黄金色の片手剣を、右手には世界の全ての光をも吸収してしまいそうな漆黒の剣を握る。
その瞬間、エンシェントドラゴンの『咆哮』が発動する。辺りが光で包まれる。
エンシェントドラゴンの咆哮は、火球の何十倍もの大きさの光線で、騎空艦をまるごと何十も飲み込む勢いだ。
三人のスキルは一斉にエンシェントドラゴンの咆哮へと向かっていく。
唯我で苛烈な槍。
獰猛で怒涛の四獣。
無限で唯一の弓矢。
それらが咆哮に立ち向かい、牙を剥く姿はまさに英雄たちのそれであった。
ふたつの力はぶつかり、もつれる。鍔迫り合いのようにジリジリと一進一退でぶつかり合い、その全力を散らそうとしている。
「魔力大砲、放て!」
砲撃部隊の一斉砲撃が行われ、50ほどの魔力のビームが放たれる。それは三人のスキルの力を後押しし、咆哮に対する力に加勢した。
「『コントラディクト・アンフィスバエナ』!」
カインは二本の剣を振り、斬り続ける。光と闇が交差する双剣は、その風圧で幾千もの斬撃を飛ばし、咆哮への最後の後押しとなった。
「いっけえええええええええ!!!」
カインは叫ぶ。咆哮の力と、人類の攻撃がぶつかり合い、真ん中で激しい音を立て、光を放つ。
次の瞬間、そこを中心に爆発が起きる。立っていることすらできないような暴風が起こり、騎空艦が大きく揺れ、乗員は皆バランスを崩し、地面に倒れる。
爆発の炎が消え、少しずつ辺りが見えるようになる。カインたちは風が止むと、急いで立ち上がり、エンシェントドラゴンの方を見た。
宙に浮いていたドラゴンはボロボロの姿でこちらを見つめている。人類の一撃は咆哮を跳ね除け、むしろダメージを与えたのだ。
こちらを見ているドラゴンに、不思議と誰も敵意は感じなかった。
「魔力大砲を撃ちますか?」
「よせ」
和ノ国の砲撃部隊をシンゲンは止めた。
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
エンシェントドラゴンはしばらくこちらを見た後、叫び声を上げ、翼をはためかせ、フラドミア火山の中へと飛び込んでいった。
その場でそれを見ていた人々は、しばし沈黙した。そして。
「カイン、勝利を」
ヴィットリオが言う。
「お、俺か?」
「当たり前だろ。さ、早くしな」
カインはデルグレッソに背中を叩かれ、照れながらも深呼吸をする。
「勝ったぞおおおおおおおお!!」
「うおおおおおおおおおお!!!」
カインの叫び声を合図に、騎空艦にいた全員が声を上げ、騒いだ。笑った。泣いた。
「エンシェントドラゴンを、乗り切ったわけですな!」
表情が厳つく、変化がないシンゲンだが、とても嬉しそうなのが感じ取れ、瞳は涙で濡れていた。
「皆、本当にありがとう!」
カインは涙ながらに三人に言った。
「俺たちはやることをやったまでだ。カイン、これはお前自身の成長だ」
皆で勝利を喜び合っていると、突然全員の視界が眩んだ。
「やべ」
「久しぶりに」
「魔力を」
「使いすぎたようですな……」
騎空艦の上で、前線に立った四人はバタリと倒れたのだった。
*
「……終わったみたいだな」
アランは空を見上げ、ポツリと呟いた。
「まだ、これからだけどね」
リリーは神妙な面持ちで言う。先ほどカインが倒れていた森の中でアランたち四人は沈黙し、静かに立っていた。
「……助けを呼ばなくていいのか?」
低い男の声が四人の後ろからする。ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのはローブを着たノーゼルダムだった。
「残念ながらあの被害じゃ無理だ。お前の目論見通り、な」
ノーゼルダムはこうなることをわかっていたのだ。エンシェントドラゴン討伐に人々がここまで疲弊して、誰も自分を倒すのに協力する者はいないと。
確実に勇者パーティー四人と戦えるようにタイミングを見計らっていたのだ。ノーゼルダムの口元がニヤリと緩む。
「聞くだけ無駄だろうが、降参するならまだ間に合うがどうするかね?」
「わかってるなら聞かない方がいいわよ」
「……これは愚問だったね」
ノーゼルダムはリリーの答えを聞いて、ローブのフードの部分を外した。
顔は中年男性そのもので、頬に切られた古傷がある。髪は老人のような白髪で、目はどこまでも深い青色だった。
「私はノーゼルダム。楽しい時間にしよう」
「だといいな。人形使い」
アランの皮肉を込めた一言が開戦を告げる。空は火山灰の影響で真っ暗になり、所々で雷が起こっている。




