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今だから言えること

作者: 宮日まち

僕は、今までの人生を平凡に過ごしてきた。

平凡と言うと、あまり良い意味に捉えない人が多いかも知れないが

裕福でも貧しくも無い生活を、送らせてくれている親には感謝している。

だって、普通が一番。生まれてから死ぬまで酷い病気にならず、社会に出て恋人が出来て結婚し、老後を妻と過ごす。そんな、誰もが想像する一生を送れたらきっと死ぬときは満足できていると思う。

だって、平凡って幸せなことだと僕は思うから。

これは、僕の主観的な考えだから人に押し付けることはしないし、できない。

でも、知って欲しい事、気付いてほしい事が一つある。

そんな普通のことが出来ずに、終わる人生もあるんだってことを。


僕が、原因不明の病に倒れたのは高校3年の冬だった。

大学受験に向けて、勉強に励みセンター試験も近づいたある日のことだった。

いつも通り過ごし、授業を受けていた僕は突然息苦しさを感じる。緊張やストレスが原因だと考えた僕は落ち着く為に深呼吸を試みた。しかし、大きく息が吸えなかった。

身体の不調は、呼吸だけでは無く心臓に激痛が走った。内側からの痛みに対して人間は成す術がない。

僕は、あまりの激痛と呼吸困難に陥り、席から崩れ落ちた。

教室から、叫び声が聞こえて来たところで僕の意識は途切れた。


目が覚めたら、僕は病院のベッドで寝ていた。

意識は朧げで、自分がどうなったのかどうなっているのか分からなかった。

分かったことは、ドラマでよく見る酸素マスクと点滴を打たれていることくらい。

すると、声が聞こえて来た。何度も聞いた声だった。

両親が隣に立っていた。母さんは普段見ない姿で泣いていた。父さんがいるってことは、もう夜なのだろうか。考えるのが億劫で、目を再び閉じた。


気付けば、部屋は外の光が差し明るい。次の日を迎えたようだ。

母がまた隣にいた、昨日と違うのは椅子に座っていたことだろうか。

母は椅子から立ち上がりナースコールボタンを押す、しばらくすると男の人が入って来た。医者だろうか。

淡々と話が進む。僕は昨日より意識はしっかりしていたが体は思う様に動かなかった。

どこか不気味なほど、部屋が静まっていた。

先生から、告げられた話を僕はどこか他人事のように感じていた。それもその筈、僕に対して残り僅かの余命だと言って来たのだ。

理解出来ない。

普通に過ごして来て、大学に行くために勉強して、恋だってして、社会人になる。

そんなことを想像していた。それが、想像じゃなくて夢や理想になってしまうなんて考えられる訳が無い。

意味が分からない。

いや、余命と言う意味は分かる。だが、何故?何故、僕がこうなった?

そんな疑問がその日は、ずっと頭の中で繰り返された。

次の日の朝も、僕は病室のベッドで横たわっていただけだった。

病名は、心臓病の一つで詳しい名前は覚えていなかった。

心臓の機能が、徐々に弱まっていくらしい。

あくまで他人事だ。僕は、二日足らずで人生を放棄しかけていた。


心臓病の一種。僕は、ドナーと言う言葉を思い出していた。

だけど、簡単にドナーが見つかる筈も無い。それは、テレビで見た通りだと思う。

提供者が見つからず、海外へ申請するも莫大な費用がかかる。

そんなお金は無いだろうし、両親に負担を掛けたくないと僕自身が思っていた。

一つ、想像をした。

免許証のドナー遺志。不幸なことが起き、ある人物の人生が終わってしまった。

しかしドナーの遺志があり、心臓を提供してくれるそんな想像だ。

もう既に僕の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

正常なことが考えられない。そんな事は起きる筈も無いし、人の死を願うような真似をしている自分がいることに恐怖した。


「なあ、母さん。」

「どうしたの?」

「外の空気を吸いたいんだ。歩けないから、外に連れ出してくれない?」

「でも・・。」

母は戸惑っているようだった。それもそのはず、僕は動くこともままならないのだから。

少し悩み、決心したようにこちらに顔を向ける。

「分かったわ!看護師さん呼んでくる!」


少しして車いすを運びながら歩いてくる看護師の女性が視界の隅に入った。

車いすに乗り、母がそれを押してくれる。

病院の庭に出ると、患者らしき人たちが数人いて同じように外の空気を感じていた。


外の空気を吸い今までを振り返る。

僕は裕福な生活を求めたりはしていなかったし、現状に満足していた。

でも・・感謝は言葉にしていなかったかもしれない。

今更かもしれないけど、今だから言える。今しか言えないこと。

「母さん、短い間だったかもしれないけどさ。今まで育ててくれて、ありがとうございました。」

そう僕は伝えた。

言い忘れてたこと、最初で最後の感謝。

僕は、最高の笑顔でそう言ったんだ。

これで終わりだとしても。だって今まで僕は幸せな毎日を過ごせたから。



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