77 1192
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格を上げること。そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼を倒せというハードモード!
生徒会長選挙、ついに開始────!
「柴田獅子虎に一票を! みんなのために、あなたの一票を! よろしくお願いします!」
澄んだよく通る声を聞きながら、俺は手を振る。
昇降口からグラウンドに出て、各学年校舎の前へ来ると、廊下の窓に生徒たちが貼りついてこちらを指差したり、笑ってスマホで撮影したり。
今日はとくに反応がでかい。
それもそのはず。
俺はライオン着ぐるみを着ていた。顔だけ出るヤツで、しっかりタテガミと耳がついている。安物でペラペラなので、暑いが動きやすい。
「獅子のごとく勇敢に! 虎のごとく敏捷に! 柴田がこの学園を変えます!」
俺の背後を歩きながら、やたら熱のこもったアナウンスをしてくれているのは、演劇部の面々だ。
「月曜の立候補者討論会、ぜひとも柴田をご覧ください!」
さすがの演技力と声量なんだが……。
「能ある虎は爪隠す、壇上に獅子吼して、この学園の未来を作ります!」
「人の姿は仮の姿、怒れる猛獣が不正を断つべく牙を剥く!」
「学園、いや世界を揺るがすこの男、柴田獅子虎をお忘れなく!」
演出過剰じゃね?
演劇部の部長曰く、
「非日常の演出こそ観衆の求めるものだろうが!」
まあ、うん、まあ。
壮大でいいとは思うんだけどね……。
「いやー、柴田さん! 盛り上がりますねえ!」
エレクトラが横で面白がってきょろきょろしている。
少なくとも単純なこいつには効果があるみたいだが。
「この熱気、なんだか出征前のようですね!」
「死亡フラグじゃねえか! 正直、俺は恥ずかしい……」
「何言ってるんです! 自分を鼓舞してください! 奮い立たせるんです! 自信こそ最大の武器ですよ!」
「お前、珍しくいいこと言うじゃねえか」
「ふっふふー。……いいですか、自分を英雄だと信じるのです。これから聖地奪還に行かんやというぐらいの気概ですよ!」
「お、おうっ!」
「そうだ! いっそ柴田リチャード1世に改名されてはいかがでしょう?」
「ただの戦争狂じゃねえか!」
獅子心王こと、リチャード1世が在位10年でイギリスにいたのは、たった6か月。
城や領地、官職を売り払い、それでも軍資金が足りないとなると、家来になっていたスコットランド王に独立させてやるから金よこせと条約まで結んで、聖地奪還の戦いに明け暮れた。
まあ、血に飢えていたっていうより信仰心の厚さなんだろうが……その十字軍では仲間割れして、神聖ローマ皇帝に幽閉されてしまう。捕まったとき、リチャード1世は変装していたというが、まさかライオンの着ぐるみじゃないだろう。
「歴史といえば、柴田さん。偶然って、あるものですねえ」
「なにがだよ」
「いまちょうど、柴田さんの起点レベルが1192になったんですよ! すごい縁を感じませんか?」
「あー、源頼朝が征夷大将軍になった年か! たしかに縁起がいいな!」
「いえ、リチャード1世が幽閉された年ですよ」
「縁起でもねえ!!!」
ちなみに身代金は銀貨35トン。
最近、こいつの嫌がらせが巧妙になっていると思うのは気のせいか?
「とにかくだ。起点レベルもついに4桁か」
「まさしく快進撃。おめでとうございます、と言祝ぎ申し上げます!」
「お祝いはいいから、女神らしく祝福とかよこせよ」
「それはそれ、これはこれですよ」
「ケチ」
2年校舎に差し掛かると、生徒たちのざわつきが大きくなる。
生徒の半分がこっちを見て、残り半分が向こう側を向いている。
「眉村尊! 眉村尊に清き一票をお願いします!」
向こうからやってきた一団は、眉村尊とサッカー部だった。名前の入ったのぼりを立て、黄色い歓声を浴びている。
「おっと」
俺が立ち止まると、眉村も止まった。
サッカー部の気配から、背後の演劇部がどんな視線をあちらに送っているのかが察せられる。俺は見なくても後ろで何が起こっているのか、だいたいはわかるのだ。
「眉村君。人気があるねえ!」
俺が校舎まで聞こえるように大きな声で言うと、眉村も作り笑顔を返した。
「お互い頑張ろうじゃないか!」
あちらもわざと声を張る。
2年生校舎の前だから、いわば互いのホームでもある。他の学年はともかく、注目度も高くなるだろう。
こうなることはわかっていて、わざと遭遇を狙った。エレクトラのハックで眉村と華子の動きは追跡していたからな。
「えーっと、何を頑張るんだろう?」
俺が耳をほじりながらふざけた態度をとると、眉村の目の奥で何かがギュッと凝縮された。
「生徒会長選挙をだよ」
「……俺はそうじゃないなあ」
俺はあえて声をトーンダウンさせ、1階の近い生徒たちぐらいしか聞こえないようにした。
「なんだって?」
「俺は生徒会長になるんじゃなくて、この学園の生徒のために頑張るんだよ。おめーとは違うつってんの」
腐っても王子様、さすがにこの場で顔色は変えないか。
「そうだそうだ!」
「一党独裁のくせに!」
「サッカー部は引っ込め!」
演劇部の援護射撃に、サッカー部から応射が飛んでくる。
「実績もないお遊びクラブが何言ってるんだ!」
「こっちはきつい練習して、目標があるんだよ!」
「お前らだって部費目当てだろ!」
眉村の頬が一瞬ピクリと動く。
俺は眉村の顔をじっと見つめて、笑みを浮かべた。
「お前らだって? 部費目当て? お前らだってってなんだよ? おい、そこの脳筋パリピサッカー部員。もう一回、言ってみろ!」
俺が煽るように指を差すと、言ったサッカー部員が反論しよう身を乗り出す。が、とっさに眉村が制して、後ろに下がらせた。
「眉村くぅ~ん。やっぱりさあ、俺とお前とじゃ頑張るところが違うんじゃないかなあ? サッカー部の部費が欲しいから、生徒会長になりたいのぉ? お金目当てなのかなぁ? ほかの生徒たちの学校生活なんてどうでもいいの~?」
思いっきり厭味ったらしくしたが、眉村はクールに肩をすくめて笑った。
「目立ちたいからって、そんな噛みつくなよ」
ふーん。
正解。
俺の魂胆もスルースキルも。
「こういうのは討論会ではっきりさせようじゃないか」
「今からでも俺はいいけどね。一点の曇りもなく、俺の考えはいつでもどこでも変わらない」
俺はそれから半身になって大きく腕を伸ばし、眉村に指先を向けた。
このあいだの朝礼でやった決めポーズだ。
死ぬほど恥ずかしいが、この際活用しよう。
「この卑怯者」
上の階のやじ馬の中から、やんやと喝采が上がる。
声は聞こえないが、ポーズは見えるからな。
「ああ、こんなことしてる場合じゃなかった」
俺は演劇部に向かって、「行こう」と手のひらを仰ぐ。
眉村たちサッカー部も歩き出したので、互いにすれ違った。
「覚悟しろ」
眉村がささやくように言った。
素早く俺はポケットに握っていたスマホを取り出すと、眉村を入れてピースサインで自画撮りする。
「なにを……」
あっけにとられる眉村に、右手を突き出してブルブル震える真似をしてからかった。スタンガンのことだと気付いて、眉村が不愉快そうに歯噛みする。
リアルでどんだけコミュ力高いか知らねえが、こっちも引き際のないネットやVRMMOで散々やりあってきたんだよな~。
コミュ障ボッチだから「嫌われないようにする方法」はわからないが、揚げ足取りはお手の物。
校舎の生徒たちはざわついて話し合ったり、スマホを引っ張り出していじっている。
俺は「眉村君と」とタイトルを入れ、選挙用ブログに自画撮りをアップする。
ついでにエレクトラがハックしている学校の裏SNSもチェックすると、さっそく今の一件が話題になっていた。
ほとんどが「柴田と眉村は何を話した?」って質問で、1階の聞こえていた生徒たちが口々に俺の言葉を書き込んでいく。さらにこのことを知らなかった生徒たちまでが参加してくる。
大声で注目を集める作戦でもよかったが、あいつの悪評を立てるには小声でこうやって話題にするほうがいいだろう。
相手の醜聞を大々的に言わないことで、俺の株も上がるだろうし。
「……さすが柴田さん、やることが汚い! と言いたいところですが。……その衣装が最高にマッチしていませんよっ! あはははははっ」
エレクトラが腹を抱えて笑いながら、ピタッと真顔になると俺のポーズをして、
「コノヒキョウモノ」
カッコつけていうと、また爆笑する。
自覚はしていたが、マネされると恥ずかしさがぶり返してくる。
「お前がやれっつったんだろが!」
思わず俺が叫ぶと、後ろの演劇部員たちがキョトンとした顔で俺を見ていた。