06 アンデルセン・オブ・ザ・デッド
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格を上げること。
そのためには有名人になり、お供えを捧げろと言われるが、柴田のレベルはたったの5……!
学校に登校するも、やはりボッチな柴田だった。
「あの、柴田さん」
「なんだよ」
「その……本当にすみません」
「なにが」
「契約をしてしまったあとなので、もはやどうにもならないですが、これほど過酷だったとは思いもしませんでした」
「だからなにが」
「いや、想像以上に独尊の立場を貫いていらっしゃるというか、孤高を誇られているというか」
「……要するに?」
「超絶ぼっちですね。お昼までで柴田さんが声出したのって、クシャミだけでしたね……」
「……面白いだろ? 笑えよ」
「は、ははは……」
今、俺は学食でうどんを食いながらエレクトラとチャットで会話している。
もちろんスマホを介してだ。
エレクトラは気を遣ってなのか会話のあいだに自作スタンプを投げ込んでくるが、そのせいでよけい空虚感が強まる。
ちなみにエレクトラ<春バージョン>スタンプは550円。
微妙に高いのに、マウスで描いただろってレベルでガッタガタなんだが。
「ぜってえアリだって!」
「いやー、お前に言われてもなあ」
「マジマジマジマジ、マジだって!」
「お前テキトー言ってるだろ!」
「だよなあ」
「いや、本気だし。ぜってえ似合うから」
「ウッソばっか」
俺の背後のテーブルでは、サッカー部の連中がわいのわいのと集まって食事中だ。
「えー、わたしはけっこう似合うと思うけどなー」
「だよな、だよな」
「サイズ合わないとデザイン崩れるじゃん」
「足長いのにー?」
「モモ周りが通らないんだよ」
「あー、そっか! 脚の筋肉、スゴいもんねっ」
「なんか言い方エロいよ」
「触ってみる?」
「えー! きゃー!」
「はい、セクハラー」
さらにその男子連中に女子が混じってキャッキャウフフしている。合わせて二十人はいるだろうか。
俺ともなれば振り返らなくとも背後にいる大体の人数が分かる。
「コウモリか何かですか?」
「昼隠れて夜活動するしな!」
エレクトラのツッコミに自虐たっぷりで返したら、号泣しているエレクトラのスタンプだけが送られてきた……。
「ぎゃっはっはっは」
「やだー、カタい……」
「ありえねーわ、まじこいつ」
「筋トレしまくってるから、オレ」
「なにげに学校のトレーニング室って、器具揃ってるよなあ」
「えー、そうなんだ」
「来る? 使い方教えるよ」
都合のいいマンガならチャラいサッカー部員にギャルみたいな女子が集って調子こいてる絵面のはずだが、俺の背後で青春を謳歌しているサッカー部員の皆さん方はインターハイ出場するぐらい真面目に活動している好青年たちだし、群れ集っている女子生徒も学生らしく健全で可愛らしい良家のお嬢さんだ。
現実とは非情である。
むしろマンガなら彼ら彼女らが主人公で、俺はモブだ。
モブらしくモブに徹するよう、ドラマのエキストラになった妄想をしているとダークサイドに堕ちなくてすむ。カメラがどこから撮っているかとかいろいろ設定すると、ちょっと楽しくなるぞ!
食堂には男衾もいるが、あいつはあいつで同じ部の連中と一緒だ。
動画研究会という男子生徒率百パーセント、オタクの巣窟である。ときおり興奮してすごい早口になったりしているが、男衾を通して見る限りいい連中のようだ。
そこに混ぜてもらえばいいようなものだが、俺が加わるとみんな気を遣うのか、そろって曖昧な笑顔で黙ってしまうので気が引ける。
男衾は気にしていないようだが、あいつはそういうやつなので。
「私、泣いていいですかっ」
「なんでお前が泣くんだよ」
「だって柴田さんが泣かないから」
「そこまで悲惨じゃないだろ!」
「もし柴田さんが十九世紀のデンマーク生まれだったら、アンデルセンが童話にしていますよ」
「だいたい結末が悲しい!」
人の涙を誘うレベルなのか。
それはそれでショックなんだが。
「アンデルセンは晩年、枕元に『死んでいません』ってメモを置いて寝ていたそうです。間違って埋葬されないように」
「そっちのほうが悲しいよ!」
アンデルセンもぼっちだったのか……。
これからは心から同情して童話読もう。
「だから柴田さん、ムリはせず柴田さんらしく小さなことからコツコツとやっていきましょう。だいそれたことなんて柴田さんには似合わないですよ。頑張りましょう。私、応援しますから」
「そもそもはお前が原因だけどな」
「なんでですか! なんでそんなヒドイこと言うんですか! もはや一蓮托生、呉越同舟じゃないですか!」
「泥舟に」
「私、泣いていいですか!」
「人間なんてしょせん自分のためにしか泣けないんだよ」
「その後ろ向きに全力疾走するライフスタイル、改善するところから始めましょう!?」
「ていうか、お前こそしゃべりすぎだろ。ぼっち特有の話聞いてくれる相手見つけたら、テンション上がりすぎてマシンガントークしちゃうやつ?」
「なっ……ち、ちがいますよ。何を……言ってるんですか」
文面でも分かるぐらい、めっちゃ動揺してるんだが。
「あの真っ白いところで独りスマホぽちぽちしてんの?」
「同世代が集う学び舎で、誰とも会話せずスマホ握ってる人に言われたくないです! そもそもあれは柴田さんと意思疎通するために作った仮想空間ですから、今はいないですよ」
「え、じゃあお前どこにいんの?」
「そりゃ電脳世界ですよ」
あー、わかった。
だからこいつのメッセージはわざとらしいのか。
たぶん文字の打ち込みとかじゃなくて、会話と同じように即興で処理してるから動揺や怒りがそのまま言語化されているのだ。
超高性能な人工知能みたいだな。もしくはキャラ作りしてるオタク。
「やだ、居場所がない可哀想な子だった……?」
「可哀想じゃありませんから! 私は電脳世界に遍在するというか、領域はあっても『居場所』はないんです。相対的な関係性によって偏在はしますが」
遍在で偏在って矛盾してない?
「理解はできんが、なんとなくもわからん」
「もう! 柴田さんはしょうがないですねえ~」
ニヤニヤと優越感丸出しの顔が目に浮かぶ。
「わかりやすくいいますと、ネットの海に起こるさざ波が私です。柴田さんが海に遊びに来たので、顔に波をかけてびっくりさせてやろうという感じです」
「悪意は伝わったぞ」
「ふっふふー……孤は衆に対するゆえ独になる」
「うるせえ二次元ぼっち」
俺はスマホを置いて、うどんをすする。
こいつに貢がされたせいで、今週の昼飯はずっと素うどんに決定してしまった。ゲームの課金もしたいのに。
こんな調子だと万年金欠になってしまう。
なにか考えないといけないが……。
そういえば、エレクトラが何か言っていたっけ。
『従来の神様みたいにお供えしてくれればいいんですけど』
ふーむ。
普通の神様にするお供えってなんだろうか。ミカンとか餅? それは正月か。
ちょっくら放課後にでも図書室で調べてみるか。
俺はうどんを食べ終えると誰も聞いていない「ごちそうさま」を小声で言って、トレイを持った。
立ち去り際に後ろを振り返ると、サッカー部員とファンクラブ女子生徒たちは変わらずわいわいとお昼を楽しんでいる。
何人かは1年で一緒だったり合同授業で顔ぐらいは知っているが、ほとんどはわからない。ただ一人の例外が眉村というヤツだ。野郎の容姿なんて説明したくないので、端的に言おう。
ハーフのイケメンな! サッカー部のエースだとか学内新聞で紹介されていた。
2年で人気者の女子といえば、朝方に校門で見た院華子。
男子といえばこの眉村だろう。
俺でも知っているくらいだからな。
「それ、一口食べさせてよ」
「えー、レンチンだよ~?」
「朝練きつくて足りないんだよね」
「そっか。じゃあ、お弁当作ってきてあげようか?」
「それ嬉しいなあ」
「眉村くんってカラアゲ好きだったよね」
「うん、大好きだよ」
「じゃ、じゃあ、ママに作り方聞いてみようっかな……えへへ」
「ぎゃー愛妻弁当か!」
愛妻弁当かっ!
そらね、あんなタレ目のイケメンに甘く言われりゃ、俺だって朝から揚げるわ!
るんるんで早起きして作るんだろうなあ。
桜でんぶと鶏そぼろでハートマークとか作って。
プチトマト添えて。
弁当のおかずが朝食に並んだりして、お父さんも「お、今日は娘ちゃんがごはん作ってくれたのか! 豪勢だな~」って内心では朝っぱらから油物はそろそろ歳だしキツイが、娘が作ってくれたんだし食べなくては!と喜ぶものの、母親から「男の子にお弁当あげるんですって。あなたはオマケ」とか聞いて凹むこと間違いないけど!
「でも先輩、毎朝作るの大変だし、私も作りますよ! カラアゲ得意なんで!」
「えっ?」
おっと、グイグイアピールする元気系後輩ちゃん登場。
「眉村センパイに私のカラアゲ食べてほしいです! ネギダレで皮もパリパリに揚げる油淋鶏風なんですよ!」
「それすごく美味しそうだね」
「あっ……」
眉村節操なさすぎ!
私のカラアゲより、愛妻弁当のほうだろ! 愛より食かよ、お前! あの悲しそうな顔見て平気なの? いらないなら俺にくれ! 今週うどんしか食えないんだから!
よく見たら愛妻弁当ちゃんて、俺のクラスだし。俺の席の斜め前の女子生徒。
眉村を見る横顔が完全に乙女だ。
女の子にあんな視線で見られるってどんな気分なんだろうか。
しかも一人じゃないぞ、確実に二人、潜在的にはもっとだ!
……少なくともあいつはレベル5じゃないだろう。
ポケットに入れたスマホが震える。
「なんだよ、もう」
トレイを返却口に置いて画面を見ると、またしてもエレクトラからだ。
「シバター! 上! 上!」
「はあ?」
見上げるとあの猿がいた。
食堂の天井に張り付いている。濡れているような毛皮から黒い液体を滴らせ、天井で逆さまに立っていた。被っている袋の顔の部分がもぞもぞと動いている。またあの気持ち悪い音を立てているのだろう。
誰も気づいていない。
いや、見えないのか。
「ふひぃ」
俺はそそくさと逃げ出した。
まじでなんとかしないと心臓と財布に優しくなさすぎる!