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ワールドアップデート! ~コミュ障ボッチの俺が神々を殺す話~  作者: 百里
-Phase.06- 大切な人を守ろう!
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57 曇天の下

前回までのあらすじ


 ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。

 彼女の目的は、自分の神格ゴッドランクを上げること。そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼フラクを倒せというハードモード!


 なぜか消極的になるエレクトラに疑念を持つ柴田。

 そんなとき、一件のメールが送られてくる──。

 俺はグラウンドを抜け、部室棟へ走った。


「エレクトラ、拡張オーグメンテーションの準備!」

「……」

「エレクトラっ!!!」

「……わかりました」


 エレクトラは嘘をついた。

 和は下校していると言った。

 なぜだ?


「今あるお供えパワーをすべて突っ込む。時間短縮も防具もなしだ!」

「……っ! ですが……」

「いいから、やれ!」

「たぶん……必要ありません」

「……どういう意味だ?」


 俺は部室棟に着くと、女子テニス部の部室を探す。

 1階にはない。

 2階へ上がり、「女子テニス部」を発見した。


 すりガラスの向こうに女子生徒の白い背中が見える。

 俺はドアを手荒に開けた。

 部室にいた女子生徒たちが驚いた顔で振り返る。


「……和っ!」


 部室の椅子に和が座っていた。

 他の生徒とは違い、俺が来るのを予想していたようにその顔は落ち着いている。


「柴田……」


 和の前に座っているのは、宮原さんだった。


「ここでなにしてるんだよ」


 俺が問うと、宮原さんが答える。


「……話を聞いていただけよ」

「話って……」

「本当です」


 和が言った。

 それはいつもの和の顔だったが、今まで俺に向けたことのないものだった。他人行儀な、静かに拒絶する視線。


「だ、だけどっ……」

「出ていってくれない?」


 和はなにも言わなかったが、それは無言の同意だった。


「……わかった」


 俺はドアを閉めると、部室棟から離れた。



☆★☆★



 部室棟からテニスコートを抜け、階段を登る。

 俺は池のベンチに座った。

 ここに来るのは久しぶりだ。

 スマホに耳を当てる。


「もう一度、確認するけど。……本当に柴田君じゃないのね?」

「……むしろ私のことを心配して、早く取り下げろと」


 宮原さんと和の声が聞こえる。


「……わかった。じゃあ、尊くんには私からも言っておく」

「お願いします」

「でも期待しないで。私の話なんか────」

「そんなことありません」

「……尊くんは誰よりもあなたのことを心配してる。それだけは本当だから」


 まだ会話は続いていたが、十分だ。


「……エレクトラ、もういい」

「はい」


 音声が切れる。

 俺はスマホをポケットに仕舞った。


「エレクトラ、どうしてさっき嘘をついた」

「……いまお聞きになったとおり、柴田さんが行かなくても大丈夫だと思ったからです」


 いつも俺の周囲をウロウロしているエレクトラだが、珍しく横に座った。

 

「……お前は俺を行かせたくなかったんだろ」

「いま柴田さんが和さんに関わっても逆効果になるだけです」

「逆効果って、なんだよっ? 俺は和を助ける、それ以外はどうでもいい。和が俺のことをどう思うかも関係ない」

「……本当に柴田さんは和さんを助けるおつもりですか?」

「お前、なに言ってるんだ?」


 エレクトラを見つめると、エレクトラはつらそうな顔をして目を背ける。


「……真実を知ったら、和さんはどう思うでしょうか」

「知らせるつもりはない。知らなくていい」


 自分も知らない願望が、人を傷つけたいだなんて和が知ってしまったら、いまより辛くなる。これ以上の痛みを感じる必要なんてない。


「和さんが柴田さんのやり方を望まないと分かっていて、このまま続けるのですか?」

「他に方法はない」


 俺は立ち上がると階段を降りた。

 下から和が登ってくるのが見えた。

 走ってきたのか、息を切らしている。


「先輩……!」

「……生徒会選挙。立候補するのか?」

「……はい」

「どうしてだ?」

「先輩が立候補したのと同じ理由です」

「……鳴子になにか吹き込まれたのか?」

「いいえ。私の考えです」

「取り消してくれないか? ────もう他のことはなにも言わない。変なことに巻き込んだりもしない。つきまとうのも辞める。俺のことを軽蔑してるだろうけど、お願いだ」


 俺を見つめる和の顔が崩れそうになる。

 それを耐えるように唇を噛みしめると、和は首を振った。


「……和。このままだと大変な事に巻き込まれてしまう」

「大変なことって……。あのときみたいなことですか?」

「次は和がああなるかもしれない」

「それを防ぐのが先輩の目的ですか?」

「……そうだ」

「エレクトラっていう人と?」

「……和、もう時間がない。俺よりキミが目立っちゃダメなんだ! 立候補を、取り消してくれ」

「……」

「頼む」

「……わかりました」


 よかった。

 これでなんとかなる。


「そのかわり、約束してください。私のためではなく、自分のために選挙を戦うと。そして……二度と私に関わらないでください」


 俺はすぐには答えられなかった。

 覚悟はできていたはずなのに。

 いや。これが俺の目的だ。始まりのゴール。

 他のものは捨てろ。すべてを捨てろ。なにかを得ようとするな。


「わかった」


 俺が言うと、和はしばらく黙っていた。

 真っ直ぐに俺を見て。


「ありがとうございます」


 そう言うと階段を引き返していった。

 俺はその背中を見るのが辛くて、天を仰ぐ。

 空は低く重く、薄曇りだった。



☆★☆★



 俺はATMで50万円を引き出した。

 その足でバイトへと向かう。


 バニャはあいかわらず俺に腹を立てていて、ろくに話そうとしない。今日もまたティッシュ配りを押し付けられた。

 俺は念の為、封筒に入った50万円を丸めてポケットに入れていた。

 これだけの金額だと、さすがにかさばる。

 ペットボトルを突っ込んだみたいに、ズボンが無様に膨らんでいた。今まで手にしたこともない大金だったが、俺のイメージする「札束」よりは少ない。縦にして立つほどの厚みもない。

 それでもこの金は力になる。


 俺はティッシュを配り続けた。


「……雨が降ってきました。柴田さん、戻りましょう?」


 横でエレクトラが言ったが、俺は無視した。

 これを配り終わるまで戻るつもりはない。


 傘の波の中で俺は配り続けた。

 雨だと言うのに人がこんなにも多い。みな傘を指している。

 どうして俺は天気予報を見なかったのだろう。みんなのできることが出来ないのだろう。

 ティッシュはちっとも減らなかった。


「くれよ」


 立ち止まった傘から手が出る。

 俺はその掌にティッシュを乗せた。

 それでも立ち去らないので顔を上げる。


「よお」


 山崎だった。


「……メール、ありがとうございました」

「見かけたもんで余計なことかもと思ったが、あんなことがあったしな」


 やはりあれは山崎だったのか。


「なにもありません。大丈夫ですよ」

「……そうか」

「……」

「明日から休んでた連中が登校してくる」

「……」

「頼める立場じゃないが、もう眉村妹にもお前にもちょっかいは出させないと約束する。だから勘弁してやってくれ」

「……できません」

「眉村妹は、そうは言わなかったが」

「俺とはもう関係ありません。縁を切りました」

「……このあいだ、俺のところにも話しに来た。お前と何かあったら、自分に言って欲しい。全部責任を取るから、お前を許して欲しいって」

「……」

「お前はなにか恐ろしい力を持ってるんだろ。詮索するつもりもないし、できれば関わり合いたくない。あんなおかしなこと、人生で2度も起これば十分だ。────こうやって、お前に頼むしかできないが」


 山崎はそう言うと、傘を置いて膝をついた。


「許してやってくれ。普通の学校生活に戻してやってくれ」


 手をついて頭をアスファルトにつける。

 通り過ぎる人が次々と振り返った。

 いままで土下座をされたことなんて無かったが、気分のいいもんじゃないな。バカバカしくて、滑稽で。


「じゃあ、選挙での協力をお願いします。空手部のです。それと和の立候補を仕組んだ張本人、教えてください」

「……協力はするが、そいつらにも手を出さないでくれないか? あんな目に遭ったら……とてもじゃないがまともでいられない」


 山崎は思い出したのか、呼吸が早くなって苦しげに肩を上下させている。


「虫のいい話ですね」

「それは分かってる。でも……でもな、俺たちはただの学生なんだよ。ただ楽しい学校生活を送りたい。ただ仲間を守りたいってだけで……」

「あのとき俺は山崎先輩にお願いしたけど、聞いてくれましたか?」

「悪かった……。この通りだ」


 いまさらガキだから許せと?

 ただ土下座をしたぐらいで、自分たちの世界が戻ってくると思っているのか?


 こいつを踏みつければ気が済むだろうか。

 蹴りつければいいのか。


 たぶん、そんなものは土下座と同じだ。

 なんの価値もない。

 もう俺には……。


「わかりました」

「助かる……」

「名前とアドレスをメールで送ってください」

「わ、わかった」


 山崎が立ち上がるとメールで二人の女子生徒の名前を送信してきた。

 俺は確認するとスマホを仕舞う。


「なにもしないと約束してくれるんだな?」

「手加減はしますよ。……殺さない程度に」


 山崎の顔は青ざめていた。


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