50 スクエア・バージニティ
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格ゴッドランクを上げること。そのためには有名人になり、お供えを捧げ、魔鬼を倒せというハードモード!
選挙戦の勝敗に賭けを提案してきた華子。
その内容とは──。
「まず第一、俺と和は付き合ってない。第二、お前の下僕になるつもりもない。第三、俺が勝ったらどうするんだよ」
「あら、それは柴田君に決めていただいてかまいませんよ? 私の持っているものなら、なんでも……」
ささやいて院華子は目を細めた。
妖しく光るその瞳で見つめられて平常心でいられる男はいるんだろうか。
「な、なんでもって言われても、お前に求めるもんなんてねえよ」
「お金、ステータス、それとも……」
華子は白い手を自分の腰へ這わせて、胸へとゆっくりなぞる。シャツが引っ張られて胸の形がはっきりわかった。
「私の大切な処女」
指先を唇に当て悩ましげに眉をひそめる。
黒い髪がはらはらと落ちて、それに隠れる目の下が赤く染まっていた。
俺は思わず生唾を飲み込んだ。
華子の艶めかしい裸体が脳裏に浮かぶ。
「おまえ、なに言って……」
「そのあとも。あなたの求めるまま。好きなときに。好きな場所で。好きなだけ」
自分で言いながら興奮しているのか、華子の口から吐息が漏れる。
「柴田さん、惑わされてはいけませんよ!」
エレクトラが俺の耳に喚き立てる。
「……好きな格好とかも?」
「ちょ、柴田さんっ!?」
俺の問いに、華子が蠱惑的な笑みを浮かべてリボンタイに指を絡める。
「この制服は嫌いですか?」
「い、いや、制服もいいんだけど……」
「ふふっ、どんなものでも。もしあなたがその姿で街を歩けと言うのなら、恥ずかしいですが従いましょう」
「……まじか」
「柴田さーんっ!!! なに言ってるんですか! そんなもの罠に決まってるじゃないですかっ! 和さんのことどうするんですか!」
エレクトラが両手をブンブン降りながら喚く。
和の哀しげな顔が浮かんだ。
思わずハッとする。
「こ、断る!」
俺が言うと、華子はギロリと目を動かして睨みつけた。
俺ではなく、エレクトラを。
「……っ!?」
エレクトラは射すくめられ怯えた顔で黙り込んだ。
それはほんの一瞬で、すぐ華子が俺を見つめる。
「……そうですか」
偶然か?
ふっと笑うと華子は髪をかきあげて俺の胸を突き飛ばす。
こいつ、やっぱ頭おかしい。
いや自分の勝ちを確信しているからこその挑発だ。
リスクが高すぎる。
こんなもんに乗るわけないだろ。
「惜しいことをしましたね」
そう言い捨てると華子は図書室を出ていった。
「……あっぶねぇ!」
俺が心臓の鼓動を抑えるように胸に手を当てると、エレクトラがぐるぐる回転しながら怒り出す。
「危ないどころじゃないですよっ! あっさり煩悩に負けてたじゃないですか!」
「あんなもん、すっぱり断れるヤツいねえだろ! いたらそいつは石かなんかだわ!」
「ほとほと見下げ果てましたよ、柴田さん!」
「うるせえ! だから突っぱねただろ!」
「面倒なんでさっさと和さんとくっついちゃってください! 柴田さんが注目されるようになると、こういうことがいずれ起こるやもと危惧していましたが、よりにもよって華子さんとか絶対ダメですよ! 悪影響しかありませんからねっ」
「くっつくとかどうとか、そんな話じゃねえ! だいたいあいつのは本気じゃない。てか、和だって……あんなもん、気の迷いだろ」
「柴田さ~ん……」
「冗談で妄想したりはするけど、俺は誰とも付き合わない。和ともいまの関係が一番いいんだよ」
「……まあ、それでいいなら私は構いませんが」
俺は華子の襲撃で取り落とした書類を拾い集める。
「それよりさっき、あいつおまえのこと見てなかったか?」
「私も思わずドキリとしましたが、見えるはずありません。でももしかすると、華子さんは私たちのような枠外の者を感じることぐらいはできるのかもしれませんね。巫女の素質といいますか」
「なんだそりゃ。あいつ色んな意味でイカれてるな……」
「くれぐれも注意してくださいよ」
「わかったわかった。調べ物するから、お前はそのへんで遊んどけ」
「はあ……」
☆★☆★
帰宅後。
俺は賞味期限切れの保存食をエレクトラにお供えしつつ、夕食を済ます。
明日は休みだし、試験前にMMORPGのイベントをこなすべくログインする。
ギルドハウスに入ると、二人の女キャラが俺を待ち構えていた。
「……あ、どうも」
いまだ怒り冷めやらぬと言った顔で待ち受けていたのは、言うまでもなく和とバニャである。
「ふ、二人とも元気そうだな。今日もレベル上げに行くのかな?」
「まあなぁ~」
バニャが腕組みして答える。
和はふくれっ面で黙ったままである。
「そ、そうか、頑張れよ! 俺はボス攻略にいくから……」
俺がそわそわとギルメンを探すと和が無言で俺にPT参加の要請を送ってくる。
「え? 俺も手伝えってこと?」
「……ボス攻略に行くということは、今日徹夜ですよね?」
ようやく和が口を開く。
「あ、ああ。明日は創立記念日で休みだし、もうすぐ期末だしな! もうちょっと回しておきたいんだが……」
うちの県の学校は、なぜか6月の同じ日に創立記念日のところが多い。べつにその日に学校が始まったってわけじゃなくて、あくまでも記念日って理屈らしいが、たぶん6月に祝日がないからって噂を聞いたことがある。
バニャが腕組みした指でとんとんと自分の腕を叩く。
「あ、うん、悪かった! ほんの出来心! いけない小悪魔が俺に囁いちゃったんだよ! だから録画も消したし、なにも残ってないから! な? 許して?」
「もうギルメンの皆さんはボス攻略に行きましたよ」
「はあ!? でも俺がいないと、盾役が……」
「そろそろぉボスの動きにも慣れてきたしなぁ~。前衛職がちゃんとやれば対応できっだろ?」
「ま、まあそうだけど。でも、そうすると俺は……?」
「明日は休みだろ。バイトも休み」
「お、おう」
「あたしも休み」
「私も予定はありません」
「……つまり、俺に徹夜でレベル上げを手伝えと?」
俺が冷や汗をかきながら首を傾げると、和とバニャがため息を付いて顔を見合わせる。
「ダメだこりゃ」
「……明日、先輩の選挙ポスターの撮影会をします」
「えぇっ! 明日? なんで!?」
「んまぁ、それは口実でネバネバはお前とデートしたいんだって」
バニャがニヤニヤ笑うと、和が慌てて手を振る。
「ち、違うから! バニャちゃんも来るっていったでしょ!」
「あ~? あたしぃ~そんな無粋ぶっこきたくないんだがぁ~?」
「だって! 先輩にご飯おごらせようって言ったのバニャちゃんじゃない!」
「方便に決まってんじゃん~」
「せ、先輩!」
「はい!」
「バニャちゃんも一緒にご飯おごってくれますよねっ!」
和が強引に迫ってくる。
「喜んで!」
「なんたるヘタレ」
「ヘタレとかじゃないから!」
「てわけでタイガー、今日はさっさと終わらせるぞ。このあとネバネバあたしん家来て作戦会議すっから」
「作戦会議?」
「バニャちゃん、ちょっと黙ってて! 先輩、行きますよ!」
和が怒りながら転移門の魔法を詠唱する。
「おお、もうそんなとこまでレベル上がってるのか!」
「そりゃ、誰かに追いつかないと一緒に遊びに行けないかんなぁ~」
バニャが意地悪そうな顔をする。
「さ、作戦会議ってなにすんの?」
「そりゃもちろん……」
「二人とも早く入って!」
和が恥ずかしそうに振り返って急かす。
ゲートの光に包まれながらバニャが笑った。
「まぁ? お楽しみ」




