04 電脳マモニズム
前回までのあらすじ
ボッチコミュ障の高校生・柴田は、電脳の女神エレクトラにだまされて契約を結ばれてしまう。
彼女の目的は、自分の神格を上げること。
そのためには有名人になり、お供えを捧げろと言われるが、柴田のレベルはたったの5だった……!
朝。
また朝が始まる。
正直言って、俺は朝が嫌いだ。
朝目を覚ますと何もかもが終わっていて、また最初から初めなければいけないような、落ち着かない気持ちになる。たぶんこんなこと言っても、誰も理解なんてできないだろうけど。
「ふぁーあ」
伸び一つして、カーテンを開ける。
「え」
俺の部屋のど真ん中に誰か、いや何かいる!!!!
「はっ……あっ……」
頭に薄汚れた袋を被った猿?が立っている。
毛むくじゃらなのだが全身びっしょりと濡れていて、壁に向かって立っているのだ。
「え? えぇ……」
なにか言っているようなんだが、声が小さいというか、すごい低い唸り声みたいなものでブツブツ言っている。猿じゃなく人……なのか?
俺は恐る恐るベッドから下りて、耳をそばだてる。
やっぱりよく分からないが──
ぼり……ごり……
言葉と一緒になにかを噛み砕く不気味な音がする。
ぼるり……きり……ご……り……
ていうか、知りたくないんだけど! 見たくないんだけど! でも間違いなく、その音、自分の歯を食べてる音だよねえぇぇ!!!
「はわわわわわわわ」
俺が腰を抜かしていると、スマホの着信音が鳴る。
「もしもしーエレクトラです。おはようございまーすっ」
「もしもしおはよう俺だけどこれ何ぃー!?」
「さっそく視てしまいましたか。カメラを向けてください」
俺が震える手でスマホのカメラを向けると、
「あ、大丈夫ですね。ほっといてあげてください」
「俺の部屋ぁ!」
「心配しなくても、2,3日でいなくなりますよ」
「え、これ2泊もしていくのっ!? ボリボリ言いながら!?」
「それが昨日申し上げた、穢れ──魔鬼です。刺激しなければ害はないですよー、たぶん」
「俺、朝っぱらからショック死しかけてるんだけどっ!」
「えー……」
明らかにめんどくさそうな声。
こいつ、ほんと頼りがいがない。
「ねえ神様でしょ、神様だよね!?」
「お供えがないと力が出ないです、トニー」
「トニーじゃないけどなんとかして! 俺朝一のトイレ行きたいの! するぞ! ここで!」
「では、お供えよろしくお願いいたしますっ」
ここだけ声音が高い。
電話に出るカーチャンかよ。
「金、金か! いくらだ!?」
「いくらなら出せます?」
俺は震えながら枕元の財布を覗く。
ああ、なんか既視感。
街の裏路地とか、学校の体育館裏とかで。
「さん……2000円ならっ!」
「3000円ですね、わかりました!」
「まって俺の昼飯」
「いきますよぉー! 拡張ーーーーっ!!!!」
スマホの画面から瑠璃色の炎が吹き出し、俺の身体を覆って形をなす。
「おおおっ……!」
昨日の変身か!
アレならやれる気がする。
オンラインゲームならこんな猿はザコ同然、俺は世界樹を蝕む邪竜から終末の獣まで、破滅級のバケモノを攻略してきた神タンクだからなぁ! ワンパンだよ、ワンパン!
「……あれ?」
期待に胸を膨らました俺のワクワクはあっさり裏切られた。
変身どころか、まったく変わってない。
「おい」
「なんです」
「昨日のアレ、早く」
「いや、ムリですよ。あれ見た目だけですし、体験版ですし、本来は全身フル拡張なので5分20万円です」
「たっか! たっか! お前ボッタクリかよ!」
しかも見た目だけって、それただのオシャレ装備じゃねえか!
「でしたら、1回1000円のガチャもご用意してますっ! 1万円で11回引ける連続セットがお得ですよ! 大当たりでなんと100万円分の神クーポンが」
「当たり排出率はぁ!?」
「……0.03%デス」
つまり1万回やって3回しか当たらない。さらにその確率周辺に収束する試行回数は100万回以上……。
「お前、電脳の女神じゃなくて課金の女神になれよ! もしくは拝金主義の女神!」
「それぐらい拡張って大変なんですよ! どれだけ高性能なレア武器だって、素材がなければ作れないじゃないですか!」
「超納得だけど、なんとかしろ! してっ!」
「柴田さん、いいですか? 落ち着いて腰を見てください」
「なに?」
自分の腰を見ると、ジャージのゴムに赤い割り箸みたいなのが挟まっている。
いや、赤いというか見慣れた朱色。
オンラインゲーム内で俺のダークエルフが装備している大小の二刀──大の銘を虎頭殺鬼、小を獅嚙という。超レアってほどではないが、名前が気に入っている。
そのレプリカっていうか、ミニチュアっていうか。
1/12アクションフィギュアに持たせたら、ちょうどいいサイズ感。
「俺は一寸法師じゃねえぞ!」
「柴田さん、早くしないと消えますよー、あと10秒ぐらいです。9、8、7……」
「もうぅぅやだぁああ!」
俺は割り箸刀を引き抜くと、ヤケクソで斬りかかる。リーチが短すぎて斬りかかるって言うほどの動作でもないんだが。コラ! コツン! って感じでショボいことこの上ない。
猿は身動きしなかったので、あっさりと当たる。
ミニな刀だが、威力は抜群だった。
まさに一刀両断。
「……」
猿は無言のまま、黒い煙を上げてぱっと霧散する。
「こっえぇぇええ……」
握っていた割り箸刀も煙のように消えた。
同時にスマホからチャリーンとやけに明るい音がする。
「おめでとうございます柴田さん、魔鬼を祓ったので3神ポイントゲットです」
「なんだ神ポイントて」
響きがいかがわしい。
「昨日言ったじゃないですか。私の神格を上げるためのポイントですよ」
「ああ、歩きスマホとかのやつな」
「です!」
ん? そういえば。
俺にレベルがあるってことは。
「お前の神格とやらにも数値あるの?」
「え……?」
「あるの?」
「ええ、まあ……」
「……いくつ」
「だ、だめですよ。神を値踏みしてはいけません。不敬ですよ!」
「俺より上?」
「ま、まあ、いいじゃないですか」
なぜ隠す。
いくら新しい神といっても、ITな現代社会で「電脳を司る神」とか相当な影響力がありそうなもんだ。なのに信者とか氏子がいるわけでもなく、お供えも皆無とかおかしくないか?
初めの拡張こそ凄かったが、ハリボテだし。ボッタクリだし。胡散臭いし。
そういえば契約でモメたとき「眷属」だの「主神」だの言ってたから、もしかしたら電脳の女神ってこいつだけじゃないのか?
ほかにも眷属──つまり使い走りの女神がいるなら、こいつがド新人で低レベルだとしても不思議はない。
ここは脅すより──
「はははっ、なるほどね」
「なにがおもしろいんですか?」
「いや、人のことをゴミだのムシケラだの言ってさー、自分は氏子の一人もいなかったんだろ?」
「た、たしかにそうですけど、それは私のせいじゃなくて……」
「ご利益なし存在感なし魅力なし。まーさーにー、ペラペラの二次元だったわけだ」
「二次元じゃないですよ! むしろ神は多元です! 有史前より人々はその顕れを神来と呼んで──」
「でもお前パシリだよね?」
「ぱっ……!」
「雑な説明で誤魔化してやっと契約とっても即上司に手柄取り上げられて、えーんクーリングオフの権限は私にはないんです~って泣いてたじゃん」
俺があざ笑うと、エレクトラが必死な声を上げる。
「泣いてませんよ!」
「いや鼻汁垂らしてビービー泣いてただろ、ハハッウケル」
「垂らしてませんよ! 悪質なウソはやめてください! 分かりやすく人の形をとっているだけで──」
「雑用みたいな仕事で褒められもせず、さらっと獲物取られるって──お前、電脳の女神じゃなくて鵜の女神じゃねえの? 鵜飼いの鵜。ほら、ぺっしなさい、ぺっ」
「し、しししし失礼な! 許しませんよ! 罰を与えますからね!」
「うわーこわーい。鵜の女神だから、魚でも吐いてくるのかなー。生臭ーい」
「私はいい匂いですよ! フローラルなグッドスメルですよ!」
「グッドスルメ? たしかにイカ臭かったよ? 雑巾みたいな匂いもしたし。昨日は可哀想だから言わなかったけど、魚類の香りだよ? なんか説明も雑でさっぱりわからないし、魚臭いしでどうしようもねえな──あっ! なるほど! 雑で魚臭い、雑で魚、雑魚、ザコ? あー、なるほど! なるほどね! ザコ! 多次元のザコ!」
「ザコじゃないです! ザコじゃないです! いー! 謝ってください!」
「やーい、ザァーコ。クソザコナメクジヒモムシバッタランクいち~」
「私は7ですから! あっ」
「…………ふーん」
俺はジャージを脱いで制服に着替える。
「あ、あの柴田さん?」
「……そっか、ラッキーセブンか。5よりは上だなー」
「あの……」
「ポストよりも上だしなー」
「怒ってます?」
「んーん、怒ってないよぉ。たださぁ……」
「た、ただ?」
「7が5をあざ笑うって、ど~なのか~なあ~」
「ひっ」
ぷつ。
「あ」
通話切りやがった。
あいつ、発言の端々から大したことないとは思っていたが、やっぱりビギナーじゃねえか! ゲームで言えばチュートリアル終わったばっかだろ!
猿のバケモノ倒して3ポイントてことは、歩きスマホ注意で何ポイントもらえるんだか。
しかも、そのポイントが焼け石に水って言うなら、あいつのランクアップに何ポイントいるんだよっていう。
「はぁ……」